14.第三章 雄一さん エピソード4
「夜分にすみません。この子のことで、お伝えしたいことがありまして……」
そう言った男の人の腕の中から、見慣れた猫が顔を覗かせていた。
「えっ、まる、まるなの?」
男性の腕の中にいたのは、紛れもなくまるだった。その姿を見て、私は思わず声を上げた。
男の人は、眉をひそめて、困ったような顔をしているが、私の視線はまるに釘付づけになっている。
私はとっさに思った。そうだ、私が貼ったポスターを見て、この人がまるを見つけて、わざわざ連れて来てくれたんだわ。なんて、親切な人なんだろう。この人に、なんてお礼を伝えたらいいのかしら。
そんなことをあれこれ考えていると、男の人はなんだか申し訳なさそうに口を開いた。
「実は、この猫は僕が飼っていた猫なのです」
「えっ、飼っていたって?」
瞬時に、私の目が点になる。どうも、話がわからない。飼っていた猫って、どういうことなんだろう。あっ、そうか、この男の人は、まるの元々の飼い主の人なんだ。ということは、まるは飼い主の元に戻っていたんだ。そんなことをあれこれ思い巡らせているうちに、突然まるが男性の腕の中からするりと抜け出すと、勝手を知っていると言わんばかりに、部屋の中へと入って行く。
「あっ、クロ、どこ行くんだ?」
「えっ、クロ?」
私は、男性と顔を見合わせてしまった。
部屋の外は凍えるような寒さだった。まるが部屋の中に入ってしまったので、私はとりあえず呆然と立ち尽くしている男性を、部屋の中に入れた。
「うわぁ、美味しそうですね」
炬燵机の上に並んだ手料理を見て、男性が思わず声を上げた。
「えっ、あっ、すみません。まるが帰ってくるのを、一人で待っていたものですから……」
私は、なんだか急に恥ずかしくなって、とっさにそう言い繕ってみせる。ちょうどそのとき、グーッと男性のお腹が鳴って、私は男性と再び目を合わせてしまった。
「あっ、ごめんなさい。夕飯、これから作ろうと思っていたので……」
男性は、片手を頭の後ろにやって、照れ笑いをして見せる。その姿を見て、何を思ったのか、私は、
「あのう、よかったら、食べて行きませんか。実は、私、一人暮らしなのに、自分でも食べきれないくらい作ってしまって……」
と、頬を赤らめながら言った。
「えっ、いいんですか。嬉しいなぁ。僕も、独り暮らしなので、クリスマスイブも一人で寂しく、インスタントラーメンでも作って食べようかと、思っていたところなのです。嬉しいなぁ」
そう、男性が目の色を変えて答えるのを聞いて、私は男性を炬燵机の向かい側に座るように促した。
「ワインを冷やしているのですが、飲めますか?」
「はい、いただきます」
冷蔵庫から冷えたワインを取り出して、抽斗を開けてコルク抜きを探し出す。なんだかわからないけど、流れでこうなってしまった。どうせ、一人で寂しく食べるつもりだったし、なんだか人当たりのよさそうな人だから、まぁいいか。
男性は、私が用意したワイングラスに、ワインを優しく注いでくれた。
「乾杯しませんか?」
と、男性がグラスを差し出す。
「えっ、あっ、はい」
そう答えて、私もグラスを持ち上げる。
「では、クリスマスイブに乾杯」
「あっ、はい、乾杯」
カチンと、グラスが合わさる音が部屋に響き渡る。
「あっ、申し遅れました。僕、曽根と言います。曽根雄一」
「曽根さんですか……私は、山内真理です」
「真理さんかぁ。素敵な名前ですね」
雄一と名乗る男性は、ワインをひと口飲むと、音を立てずにグラスをテーブルに戻す。さっきから感じていたことだったが、一つ一つの動作がとても落ち着いていて、温和な性格が伝わってくるようだった。
アルコールが入ったせいか、自分でも不思議なほど、会話が弾んだ。訊けば、雄一さんは私の一つ上で、銀行で営業の仕事をしているのだという。今は私と同じようにこの近くのアパートで一人で暮らしているようだが、出身中学が同じと聞いて、私は驚いてしまった。
中学時代はサッカーをやっていたと話したが、なるほど長身で筋の通った目鼻立ちは、イケメンというよりも好青年といった言葉がよく似合う。さぞや、女子たちに人気があったことだろう。
まるの話題になった。やはり、まるはもともと雄一さんに飼われていた猫だった。そのまるが、というか、雄一さんにとってはクロだが、今年の秋ごろに突然、行方をくらましたのだという。過去にも同じようなことがあったので、そのうちひょっこり帰ってくると気長に待っていたのだが、最近になってクロがときどき顔を見せるようになった。長い間、外を出歩いていたにしては健康そうな身体に、首を傾げた。首輪はそのままついていたが、よく見るとそこには名前と住所が書かれていた。そう、私が、まるが迷子になったときに備えて書き込んだもの。
それからしばらく経ったある日、仕事帰りに道路を歩いていると、クロによく似た、というよりもクロの写真が貼られていることに気づいた。読んでみると、迷い猫のポスターだった。だけど、なぜかそこには連絡先が書かれていなかった。猫がいなくなって、よほど慌てて書いたのだろうかと思った。
それを見た雄一さんはピンときた。もしかしたら、クロが姿をくらましている間に、誰かがクロの世話をしてくれていたのかも知れない。その誰かが、クロを探しているのだ。だけど、クロはもともと自分が飼っていた猫なので、そのことを相手にきちんと伝えないといけないと思った。そこで、クロの首輪に書かれた連絡先を辿って、私のもとを訪ねてきたという次第だった。
「私ったら、まるが帰ってこないから、頭の中が真っ白になってしまって、ポスターに連絡先を書くのを忘れてしまっていました」
自分の迂闊さが嫌になりそうだったが、雄一さんはそんな私に対して、どこまでも優しく接してくれる。
「いえ、飼い猫がいなくなったら、慌てるのは当然ですよ。猫は気ままですからね。ひょっこりいなくなったかと思うと、思い出したかのように戻ってくる。でも、こうして、真理さんがちゃんとクロの首輪に連絡先を書いていてくれたおかげで、僕は真理さんと再会することができました」
「えっ、再開?」
雄一さんが漏らした言葉が引っかかってしまい、私は思わず訊き返してしまった。




