11.第三章 雄一さん エピソード1
木枯らし何号かが吹き荒れて、じわじわと寒さが忍び寄ってくる季節になってきた。何げなくつけていたテレビから、温かい団らんのときを過ごす家族の様子を描いたシチューのCMが流れ出し、ぽつり、またぽつりと、まるで夜空に星たちが輝き出すときのように、イルミネーションの眩い光が街を少しずつ彩り始める。
駅に降り立った人々はどこか浮き足立っていて、足早に私を追い抜いていくのは、その先に帰りを待っている人がいるからだろうか。
明るい光と賑やかな音楽が溢れる通りを、私は俯きながら歩いている。この先に待っているのは、誰もいない寒くて暗い部屋。私の帰りを待ってくれている人なんて、どこにもいない。
それでも少し前までは、まるが玄関で私を迎えてくれた。その優しい瞳は、「おかえり。待っていたよ」と言ってくれているみたいで、仕事で失敗しても、いつもの電車に乗り遅れたり昼食を食べ損ねてしまったりしていても、落ち込んだ私のことを慰めてくれた。
そのまるはと言うと、外に出ている時間が増えてきた。最近では、朝、私が仕事に行くときに、一緒に外に出ている。そのまま夜遅くに帰ってくることもあれば、そのまま一晩帰ってこないこともある。なんだか、まるが私のもとからどこか遠くに行ってしまいそうで、私の心は寂しさで圧し潰されそう。いや、もともと、私が飼っていた猫ではなかったし、もしかしたら前の飼い主のことを思い出して、慣れ親しんだ場所にこっそり帰っているのかも知れない。それならそれで仕方がないけど、それでも疲れた私の胸の中に飛び込んできて欲しい。いつもの優しい表情で、「大丈夫、何にも心配いらないよ」って言って欲しい。
帰りにスーパーで買ってきた半額の総菜弁当は、サラダをつけても三百円足らず。安くて夕食にありつけるのは、独り暮らしの身にはありがたかったけど、毎日こんな食事ばかり摂っていたら身体によくないことはわかっている。だけど、今さら自炊を始める気にはなれないし、仮に作ったとしても、一緒に食事を楽しむ人がいないのだ。
レンジでチンをすることなく食べたご飯は、喉を通るのも難しいくらい、硬かった。ペットボトルのお茶で、それを無理に流し込む。
気づまりなほど静かだったので、助けを求めるかのように、テレビのリモコンに手を伸ばす。
やっていたのは、年末のこの時期になると、各テレビ局がこぞって特番を組んで放送する歌番組。今、目の前で放送されている番組は、これまでに大ヒットした歌謡曲を、年代別に紹介しているようだった。
流れてきたのは、中学校時代に流行った、女性シンガーソングライターが歌う曲。大好きな人のもとに嫁いでいく花嫁の気持ちを歌った曲で、カラオケに行ったときに美里がよく歌っていたかな。
曲に耳を傾けていたら、さっきまでの気づまり感がどこかに消え去っていた。2015年ということは、私が中学三年生の頃だった。受験勉強は大変だったけど、今振り返れば、あの頃が一番楽しかったような気がする。自分の頑張り次第で、どんなことでも叶うような、そんな前向きな気持ちでいた。
続く2016年には、どんな曲が流行っていたかを思い巡らせていたとき、テレビの画面がCMに変わった。ドラマでもクイズ番組でも、いつもいいところでCMが入ってしまうから、もどかしい。まぁ、それがテレビ局の思惑でもあるのかなと思って、ぼんやりと見ていたとき、転職サイトのCMが流れた。お笑い芸人が真面目な顔をして、転職を勧めるCM。これまでに何度も見たことがあった。転職なんて、自分には関係ないと思っていた。だけど、コンビのうちの一人が、「今しか会えない自分を見つけに行こう」と語りかけるように言った言葉が、妙に私の心に留まった。
前にも考えたことだけど、理想の仕事なんて、そう簡単に見つからないことはわかっている。まわりの人たちは皆、自分らしく仕事をしているように見えて、実は見えないところで苦労したり悩んでいたり、何かを犠牲にしたり妥協したりして、今のそれぞれの姿があることも。
中学三年生のときの中年の担任の先生が、はなむけの言葉に、「一度限りの人生、悔いなく生きろ」と言っていた。そのときは、卒業式の日になってまでまたいつもの説教かと、美里と顔を見合わせて苦笑いをしていたけれど、その後に先生が打ち明けた身の上話は、十年が経った今でも私の心の中で強く印象に残っている。
もともと、トラックの運転手をしていたのだと言った。若い頃から運転をすることが好きだったから、天職だと思ってハンドルを握っていたのだが、あるとき、道でうずくまって泣いている一人の少年に出会った。通り過ぎようかと思ったが、気になって、道路わきにトラックを停めて、話を聞いた。学校でいじめられたのだという。少年の、自信のない喋り方が原因で。もともと血の気が盛んだった先生は、「めそめそしていないで、頑張れ」と、いつもの調子で言いかけたが、なぜかその少年には言えなかった。
仕事を終えて、営業所に帰るだけだった先生は、その少年を助手席に乗せて、ドライブに連れ出した。誘拐だと捉えられ兼ねない行為であることはわかっていたが、何かを必死に訴えかけるような少年の瞳を見ていたら、放ってはおけない気持ちになったのだという。
流れる景色に身を委ねているうちに、少年は徐々に口を開いた。それによると、両親が不仲で、離婚寸前までいっているのだという。どうやら今後の生活への不安から、少年は自分の気持ちを出せずにいるらしいことがわかった。
何を思ったのか、先生は少年を家に送り届けるときに、少年の両親に会った。そして、事情を説明するとともに、少年が両親の不和が原因で、もがき苦しんでいることを必死に訴えた。
今考えれば、無謀な行為だったと、先生は語った。だけど、そんな先生の思いが両親に伝わったのか、それからしばらくして同じ道を通りかかったときに、少年が両親とともにトラックに向かって手を振っているのが見えた。あの後、少年の両親がどんなことを話し合ったのかはわからなかったが、少なくとも手を振る少年の顔に、陰りはなかった。
そのときの経験で、先生は悩める少年たちの心の声に、耳を傾けることの大切さを知った。子供の行動には、学校での人間関係だけでなく、それぞれが育った家庭環境などの背景が大きく関係している。ただ、駄目なことを駄目と叱るのではなく、子供が抱えているものに目を向けなければ、問題は解決しない。そう思い至った先生は、悩める少年たちのために、教壇に立つことを決意したのであった。
とまぁ、テレビのドキュメンタリー番組のような展開だったけれど、先生は、それからトラックの仕事を続けながら、教師になるための免許を取ったのだという。働きながら勉強するのは、大変だっただろう。だけど、夢に近づくためだったら、どんな苦労でも楽しいことに変えられる。ある意味で、そんな哲学めいた信念と、何があっても折れない心があったからこそ、先生は数年の月日をかけて転職を果たし、夢を叶えることができたのだった。
「一度限りの人生、悔いなく生きろ」
そうだよね、私の人生って、一回限りだもん。どうせ同じ時間を生きるのなら、いつだって前を向いていたいし、困難にぶつかっても、先生がやったみたいに、苦しい日々を喜びに変えていきたい。
「転職かぁ。真剣に考えてみようかな。でも、知らない世界に飛び込んでいくのは怖いし、うまくいくかわからないよね……」
私の心の中で、天秤の針が、左右に激しく触れていた。




