10.第二章 まる エピソード4
その日、うちに帰った私は、私の帰りを待ってくれていたまるを抱きしめた。ふと、懐かしい感覚に襲われた。どこかで、感じたことのある温もりだと思った。いや、毎日、家に帰ってきては、こうやってまるを抱きしめているので、まるの体温の温もりに違いはなかったのだが、なんとなく昔、どこかで同じようなことをしたことがあったような、そんな不思議な感覚だった。
まるは、私が帰ってきたことに安心したかのように、今度はベランダの窓の前で首を高く伸ばしている。外に出して欲しいのだろう。いつもよりも時間は遅かったが、まるにとっては大切な散歩の時間。猫って、縄張りを作るとネットに書いてあったので、もしかしたらこれから自分の縄張りをパトロールしに行くのかも知れない。だから、そっと窓を開けてあげた。「いってらっしゃい」と、背中を押してあげるように。
それから私は、ベッドに横たわりながら、もの思いに耽っていた。お酒には強くない方だったが、一杯だけ飲んだビールのアルコールが適度にまわって、今は心地いい。
ぼんやりと天井を見つめる。天井についているソフトボールくらいの大きさの丸いシミは、ここに住む前からついていたもの。汚れたボールか何かを、前の住人が天井にぶつけたのだろうか。ふと、私の脳裏に、ある光景が蘇った。美里と飲んでいたときに、偶然思い出した中学校時代の光景。
鳴き声に惹かれて覗いた段ボール箱の中には、生まれて間もない仔猫が入っていた。白くて、背中に灰色の円い模様が入った仔猫。そのときは、猫っていろいろな模様があるんだな、くらいにしか思っていなかった。だけど、まるでコンパスで描いたようなあんなにきれいな円の模様の猫って、そう簡単に見つかる訳ではない。
今、私が飼っているまるにも、同じような円い模様がある。丸の部分だけ黒色のちょっと変わった白猫。人間だって、年を重ねるごとに髪の毛に白いものが目立ってくるように、猫の毛色だって変わるかも知れない。灰色の模様が、黒の模様に変わることだって……。
「もしかして、同じ猫?」
そう呟いてみるも、すぐに否定する。私がかつて子猫を見つけた場所と、今住んでいるアパートとは、距離が離れすぎている。気になって、スマホの検索サイトに『猫の移動距離』と入力してみると、飼い猫の場合、数百メートルから数キロメートル、野良猫の場合は日に数キロメートル移動する子もいると出てきた。
前に、猫の寿命について調べたことがあった。野良猫の場合は飼い猫とは違って、感染症などに罹るリスクが高く、それに交通事故に遭ってしまうケースもあるみたいで、平均寿命は三年から五年と、飼い猫に比べて圧倒的に短い。
まるは、明らかに人慣れしているし、首輪もついていたので、飼い猫だろう。寿命から考えて、今もどこかの家であの仔猫が生きているかも知れないが、移動距離で考えると、まるがあの公園から移動してきたあの仔猫だとは考えにくい。
それにしても、なんだか不思議。あの子猫を見なくなったのは、中学三年生のときの雨の日。まるを見つけたのも、雨が降りしきる中。しかも、どちらも季節は秋だった。
なんとなく、二匹の猫をつなぐ縁のようなものを感じつつ、私は、徐々に襲ってくる睡魔に身を任せて、まどろみ始めたのだった。




