第8話 「片腕じゃ何もできない」と言う元鍛冶師の義手を、修理してみた
夜明けと同時に、フェルム村を包んでいた赤い光が消えた。
外壁に沿って流れていた光は、最初からそうなると決めていたように静かに薄れ、最後には朝靄へ紛れてしまった。直後、村のあちこちから不安そうな声が上がったが、地下の中枢を見てきた俺には、それが故障ではないと分かっている。
壊れた八つの中継点を、神盾アイギスが一晩だけ無理やり繋いでいただけだ。
むしろ、千年間も放置されていた設備が朝まで持ったことの方が驚きだった。
「それで、神盾様」
朝食の席で、ハンネが腕を組む。
「まさか一晩働いたくらいで、昼まで寝るつもりじゃないだろうね」
「一晩働いたくらいって、婆さん……あたしは村一つを覆ってたんだぞ」
アイギスは食卓へ突っ伏したまま、顔だけを横へ向けた。
昨日までの威勢はどこへ行ったのか、赤い髪は寝癖だらけで、目の下にはうっすらと隈まで浮かんでいる。神器が本当に寝不足になるのかは知らないが、少なくとも今の彼女は、三日三晩飲み続けた傭兵よりもひどい顔をしていた。
「しかも、このスープを飲んだせいで、残ってた力まで持っていかれた気がする」
「昨日より薄めたんだ。胃には優しいよ」
「味にも優しくしてやれよ。塩が喧嘩を売ってきてるぞ」
「食べなくても死なないんだろう? 文句があるなら残しな」
「出された飯を残すのは、守護者としての名が廃る」
「先ほどから、一口しか減っていません」
向かいに座るセラフィナが、木の匙を上品に動かしながら指摘した。
「お前こそ平然と食ってるが、うまいのか?」
「味の良し悪しを判断できるほど、私は人間の食事に精通していません。ただ、マスターが同じものを口にされていますので、摂取に危険はないかと」
「毒見に使ってるのか?」
「信頼です」
「物は言いようだな、銀ぴか」
俺は二人のやり取りを聞き流し、食卓の上へ村の見取り図を広げていた。
昨夜、アイギスの記憶と壁の声を頼りに書いたものだ。とはいえ、線は曲がり、何度も書き直した跡がある。絵心には自信がなかった。
「まず、外壁にある中継点を一つずつ確認する。地面に埋まってる部分もあるから、掘り返す人間が必要だ。それと、修復に使える石材を集めたい。崩れた家の石を勝手に使うわけにはいかないから、持ち主の確認も頼む」
「それはあたしがやるよ」
ハンネが見取り図を覗き込む。
「生きてる人間の家は分かる。死んだ者の家は、親類に話を通す。ただね、石を揃えたって、ここにはまともな作業場がないよ。金具が必要になったらどうする」
「鍛冶場はある」
そう言ったのは、食堂の入り口に立っていたバルドだった。
古びた工具袋を右肩へ掛けている。昨夜、井戸の修理を手伝うと約束したから来たのだろうが、表情を見る限り、朝になってから何度も後悔したようだった。
「村の東に一軒だけ残ってる。炉も金床も、屋根が潰れてなければそのままだ」
「他人事みたいに言うんじゃないよ。あんたの鍛冶場だろう」
ハンネが呆れた声を出した。
「もう六年も使ってねえ。俺のじゃないよ」
「使ってないからって、持ち主が変わるわけじゃない」
「変わらないから困るんだ」
バルドは誰とも目を合わせずに答えた。
「ラウル。使いたいなら勝手に使ってくれ。鍵は壊していい。俺は井戸の方を手伝う」
「先に鍛冶場を見せてくれ。どの道具が使えるか、俺には分からない」
「金床と炉がありゃ十分だろ」
「俺は武器を直せるが、鍛冶場を一から作った経験はない。炉の癖までは見ただけじゃ分からない」
「俺に頼るな」
バルドの声が急に強くなった。
「片腕の鍛冶師なんて、邪魔になるだけだ。火床へ炭を入れるにも、鉄を押さえるにも人の倍かかる。昔と同じようにできると思われたって困るんだよ」
「昔と同じようにできるとは言ってない」
「だったら、何をさせるつもりだ」
「それを確かめるために、来てほしいと言ってる」
しばらく、誰も口を挟まなかった。
バルドは工具袋の紐を強く握っている。腹が立っているというより、俺が次に何を言うのか怯えているように見えた。
励まされることに疲れた人間の顔だった。
「何でもできる、なんて言うつもりはない」
俺は見取り図を畳みながら続けた。
「できないことはある。片腕で両手と同じ仕事をしろと言うほど、俺は鍛冶を知らないわけじゃない。でも、全部できないと決めるのは、鍛冶場を見てからでも遅くないだろ」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃないから、あんたに聞いてる」
「もし行って、やっぱり何もできなかったらどうする」
「その時は、できなかった作業を一つ覚える」
「お前はいいよな。駄目でも次の方法を考えればいい。俺はそのたび、自分に腕がないって思い知らされるんだぞ」
バルドは吐き捨てるように言った。
「期待なんかしない方が楽なんだ。できるかもしれないと思って、結局できない時が一番きつい。周りは『残念だったな』『また頑張ろう』で終わるけど、俺はその後も、この体で暮らしていかなきゃならない」
「そうだな」
否定すると、余計に傷つける気がした。
「だから、期待しろとは言わない。鍛冶場を貸してくれ。俺ができないところだけ、文句を言ってくれればいい」
「文句?」
「ああ。炉の扱い方が違うとか、その鉄は叩く温度が低いとか。俺は修理のことしか知らないからな。たぶん、かなり間違える」
バルドは怪訝そうな顔で俺を見た。
「なんで俺が、お前の間違いを直さなきゃならない」
「一人で間違い続けるより早いからだ」
「ずうずうしい奴だな」
「昨日まで勇者パーティーにいたんだ。自分よりずうずうしい奴を三年も見てると、多少は移る」
バルドの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「分かったよ。ただし、鍛冶場までだ。働くとは言ってないからな」
「それでいい」
「よくないよ」
ハンネが口を挟む。
「あんた、昨日は手伝うって言っただろう」
「婆さんは少し黙ってろ。今、俺なりに一歩進んだところなんだよ」
「歩幅が小さすぎて見えなかったね」
「だから、そういうところだぞ!」
◇ ◇ ◇
村の東端にある鍛冶場は、想像していたより大きかった。
石造りの壁は煤で黒く変色しているが、屋根は崩れていない。分厚い扉には錆びた錠前がぶら下がっていた。
「鍵は?」
「六年前に捨てた」
「どこへ」
「覚えてない。たぶん川だ」
「どうして川へ捨てるんだ」
「二度と開けないつもりだったからだよ。当時の俺に聞け。今の俺だって、馬鹿なことをしたと思ってる」
「壊してもいいと言ってたな」
「ああ。扉ごと蹴破っても構わない」
俺は錠前へ触れた。
内部のばねは折れている。錆がひどく、鍵があったところで開かなかっただろう。革袋から小さな鉄片を取り出し、錠前の欠けた部分へ当てる。
「何をしてるんだ?」
「直してる」
「開けるために壊すんじゃないのか」
「壊すより直す方が早い」
「お前、時々おかしなことを言うな」
原型復元を使うと、錠前を覆っていた錆が粉となって落ちた。折れていたばねが元の形を取り戻し、内部の部品が小さな音を立てて噛み合う。
俺は近くに落ちていた針金を差し込み、何度か動かした。少し手間取ったものの、やがて錠前が音を立てて開く。
「泥棒もできそうだな」
「直した物を盗んでどうする」
「そういうところは妙に真面目なんだな」
扉を開けると、古い炭と鉄の臭いが流れ出した。
朝の光が、長年閉ざされていた鍛冶場へ差し込む。炉の前には叩きかけの鉄が置かれ、壁には何本もの金槌や火箸が掛かっている。どれも埃を被っているが、手入れをすれば使えそうだった。
セラフィナとアイギスも後から入ってくる。
「随分、散らかってんな」
アイギスが率直な感想を口にした。
「六年前の仕事場に、片づけを期待するな」
「俺が使っていた工房よりましだ。勇者ユリウスは、使った武器を全部床へ置くからな。暗い時に何度踏みかけたか分からない」
「マスターの作業場だった場所が、そのような扱いを受けていたのですか?」
「俺の作業場じゃない。馬車の隅を借りてただけだ」
「……今後、勇者ユリウスを斬る際の理由が一つ増えました」
「斬らなくていい」
「承知しました。必要になった際はお申し付けください」
「承知してないだろ、それ」
鍛冶場の奥を調べていた俺は、布を被せられた細長い物に気づいた。
そこから、微かな声が聞こえる。
痛い、ではない。
悔しい。
動きたかった。握りたかった。役に立ちたかった。
何度も同じ言葉を繰り返している。
布へ手を伸ばした瞬間、バルドが俺の腕を掴んだ。
「それは見るな」
「修理が必要だ」
「いらない。そいつは最初から壊れてる」
俺はバルドの手を振り払わなかった。
「何なんだ」
「ただの鉄くずだ」
「鉄くずは、役に立ちたかったなんて言わない」
「……本当に、物の声が聞こえるんだな」
「聞こえない方が楽な時もあるけどな」
バルドはしばらく黙っていたが、やがて自分から布を掴み、乱暴に引き剥がした。
その下から現れたのは、鉄製の義手だった。
義手と呼ぶには、あまりにも無骨だ。肘から先だけを鉄板で形作り、手首には三本の太い爪がついている。腕へ固定する革帯は黒ずみ、何箇所も血が染み込んだ跡があった。
「腕をなくした後、自分で作った」
バルドが目を逸らした。
「剣を振りたいなんて思わなかった。ただ、もう一度、火箸を持ちたかった。鉄を押さえて、右手で槌を振れれば、それでよかった」
「試したのか」
「何度もな。だが、重すぎた。革帯をきつく締めなきゃ動かないのに、締めれば傷口が裂ける。少し力を入れただけで向きがずれて、火箸ごと焼けた鉄を落とした。最後に試した時は、床へ落ちた鉄で足まで焼いた」
バルドは義手の傷を指先でなぞった。
「その夜、女房に泣かれたよ。もうやめてくれ、死ぬところを見たくないって。俺は腹を立てて、『邪魔をするなら出ていけ』って怒鳴った。本気で出ていけと思ったわけじゃなかった。でも、あいつは出ていった」
「それから帰っていないのか」
「ああ。借金まで半分持ってな。俺の親方だった父親に、随分世話になったからって。別れた女房に借金を背負わせて、自分は六年も炉を閉じてる。笑えるだろ」
「笑えないな」
「そこは、少しくらい愛想笑いをするところじゃないのか」
「面白くないことで笑うのは苦手なんだ」
「お前、女に好かれないだろ」
「それは今、関係あるか?」
「お前を巡って神器二人が朝から睨み合ってる理由が、俺にはまったく分からないって話だ」
「私とアイギスは、マスターを巡って睨み合っているわけではありません」
セラフィナが訂正する。
「私は、不用意に距離を詰める彼女を警戒しているだけです」
「同じじゃねえか」
アイギスは義手の隣へしゃがみ込み、鉄の爪を軽く叩いた。
「で、修理屋。こいつは直るのか?」
「壊れたところだけなら直る。でも、それだけじゃ使えない」
「ほらな」
バルドが自嘲するように笑った。
「最初から駄目なんだよ。お前の力は、壊れた物を元通りにする力なんだろ。元が失敗作なら、どうしようもない」
「原型復元で直せるのは、壊れる前の状態までだ」
俺は義手を持ち上げ、重さを確かめた。
「だから、原型復元を使った後で、作り直す」
「簡単に言うな。俺が何日かけたと思ってる」
「その割に、肩へ重さを逃がす部品がない」
「うるせえ。作った時は、そこまで頭が回らなかったんだよ」
「爪の開閉部分も逆だ。これだと、物を挟むほど手首が外側へ引かれる」
「分かってる。後から気づいた」
「固定具に鉄板を使う必要もない。何枚かの革を重ねた方が、腕の形に合わせられる」
「それも分かってる!」
バルドは怒鳴った後、苦い顔で口を閉じた。
「……全部、後から気づいた。けど、気づいた頃には、もう触りたくなかった」
「なら、今教えてくれ。あんたが後から気づいたことを、全部だ」
「俺に作らせるつもりか」
「一人じゃ無理だ。俺はあんたの腕が、どこへ当たると痛むのか分からない。それに、これはあんたが使う道具だ。本人が何も言わずに、合う物を作れるわけがない」
バルドは義手と俺を交互に見た。
「使えると約束できるか?」
「できない」
「即答かよ」
「俺は生き物を直せない。この義手を直すことはできても、あんたの腕や傷まで直せるわけじゃない。実際に着ければ、痛むかもしれない。前と同じ仕事量をこなすのも無理だと思う」
「それだけ聞くと、まったく希望がないな」
「前と同じ腕を作るんじゃない。火箸を押さえるための道具を作る。それだけなら、試す価値はある」
バルドが、失った左腕を見る。
「俺は壊れてないって、言わないのか」
「言ってほしいのか?」
「普通は、そういう綺麗事を言うところだろ。あなたは壊れてなんかいない、腕がなくてもあなたはあなたです、とかな」
「あんた自身が、それで納得するなら言う」
「しない」
「なら言わない。直すのはあんたじゃなくて、この義手だ」
「冷たい奴だな」
「よく言われる」
「嘘をつけ。たぶん、お前が余計な物まで拾ってくるのは、冷たくしきれないからだ」
「バルド。作るのか、作らないのか」
「話を逸らしたな」
「時間がない。今日中に壁の金具を一つ作りたい」
「人の義手を、ついでみたいに言うなよ」
「ついでじゃない。金具を作る人間が必要だから、先に義手を作る」
バルドは数秒ほど俺を睨んだ後、とうとう吹き出した。
「分かったよ。お前がどれだけ無茶な修理屋か、付き合って見てやる」
◇ ◇ ◇
義手の作り直しは、昼過ぎまでかかった。
まず原型復元で錆びた部品と壊れた爪を戻し、その後は俺とバルドが相談しながら不要な鉄板を外した。固定部には狼の革を何枚も重ね、肩と胸へ重さを分散させる帯をつける。
セラフィナは革を寸分違わず切り揃え、アイギスは鉄板を素手で曲げようとして、俺とバルドの両方に止められた。
「どうしてだよ。これくらい、手で曲げた方が早いだろ」
「鉄の性質が変わる。炉で熱してからやる」
「曲がりゃ同じじゃねえのか?」
「同じじゃない」
俺とバルドの声が揃った。
「お前ら、急に仲良くなったな」
「なってない」
また声が揃った。
途中、爪を動かす蝶番を取りつけたところで、バルドが険しい顔になった。
「ラウル」
「なんだ」
「それ、左右が逆だ」
「そんなはずはない」
「逆だよ。その向きじゃ、腕を上げた時に爪が開く。火箸を持ち上げた瞬間、焼けた鉄を落とすぞ」
改めて確認すると、本当に逆だった。
「……悪い」
「聖剣を直せる男でも、左右を間違えるのか」
「聖剣は左右対称だったからな」
「言い訳が子供みたいだぞ」
「人間は間違えるって、昨日ガルドにも言われた」
つい昔の仲間の名前を出してしまったが、不思議と胸は痛まなかった。
バルドは笑いながら蝶番を外す。その笑い方は、朝までの自嘲とは違っていた。
完成した義手を着ける段階になると、彼の顔から笑みが消えた。
「きつくないか」
「少しな」
「どこが痛む」
「腕の内側。いや……そこを緩めすぎると、爪が下を向く」
「じゃあ肩の帯を詰める」
「待て。自分でやる」
バルドは右手と歯を使い、不器用に帯を引いた。手伝えば早い。しかし、頼まれるまでは手を出さない方がいい気がした。
何度か調整した後、義手の先にある爪が火箸を挟む。
「持ち上げるぞ」
「ああ」
バルドがゆっくり左腕を上げる。
火箸は傾いたが、落ちなかった。
「まだ重いな」
「軽くしすぎれば、今度は熱で歪む」
「分かってる。文句を言っただけだ」
「もっと言ってくれ。使う人間が文句を言わないと、修理する方は完成したと勘違いする」
「だったら、握りが悪い。肩も引かれる。あと、見た目が不細工だ」
「最後のは作った本人の責任だろ」
「今は共同責任だ」
バルドは炉へ炭を入れた。
火打ち石を鳴らす右手が、わずかに震えている。六年間閉じられていた炉へ火が入り、黒い煙が煙突へ吸い込まれていった。
彼は何度も瞬きをしていた。
煙が目に入っただけなのかもしれない。
俺は、そういうことにしておいた。
火箸で鉄棒を挟み、赤くなるまで熱する。義手で金床へ押さえ、右手で槌を持ち上げた。
最初の一撃は、中心を外した。
二撃目も、少し浅い。
三撃目でようやく、鍛冶場に澄んだ音が響いた。
「どうだ」
俺が尋ねる。
「うるさい。今、話しかけるな」
そう答えたバルドの口元は、隠しようもなく笑っていた。
槌が落ちるたび、赤い鉄が少しずつ形を変えていく。それは外壁の中継点に使う、最初の接続金具になるはずだった。
鍛冶場の外には、いつの間にか村人たちが集まっていた。
「見世物じゃないよ!」
ハンネが全員を追い払う。
「仕事がある者は自分の仕事へ戻りな! バルドが明日も炉を開けるかは、バルドが決めることだ。今日一日働いただけで、元通りになったような顔をするんじゃないよ!」
その言葉を聞き、バルドの槌が一瞬だけ止まった。
だが、彼は外を見なかった。
「ハンネ婆さん」
「何だい」
「明日も炭を持ってこい」
「自分で取りに来な」
「少しくらい気を利かせろよ!」
「片腕だからって甘やかすなと、昔あんたが言ったんだろうが!」
「六年前の俺は、今より馬鹿だったんだ!」
「今も大して変わりゃしないよ!」
鍛冶場の外から笑い声が上がる。
バルドは不機嫌そうに鼻を鳴らし、また槌を振り下ろした。
◇ ◇ ◇
夕方には、鍛冶場の入り口に一枚の看板が掛けられた。
ニコが板切れへ炭で書いたものだ。
『こわれたもの なおします』
字は曲がり、一部は反対向きになっている。それでも、何が書かれているかは読めた。
「料金のことも書いた方がいいんじゃないか?」
俺が言うと、ハンネは首を横へ振った。
「値段は相手の顔を見て決める」
「それ、悪徳商人のやり方じゃないのか」
「金持ちからは多く、貧乏人からは働いた分だけ。それのどこが悪い。あんたみたいに何でも食事と寝床で引き受けてたら、こっちが干上がるんだよ」
「マスターの技術は、正当な対価を得るべきです」
セラフィナが同意する。
「まずは料金表を作成しましょう。剣、槍、盾、鎧、その他の順で――」
「神器はどうする」
アイギスが尋ねる。
「修理代を払える神器なんているのか?」
「体で払う」
「その言い方はやめろ」
俺が即座に止めた、その時だった。
村の入り口から、鐘を打ち鳴らす音が聞こえた。
見張り台に立っていたミラが叫ぶ。
「荷馬車が来る! 一台だけ! 車輪が壊れてるみたい!」
俺たちが門跡へ向かうと、傾いた荷馬車が街道から近づいてきていた。片方の車輪が外れかけ、御者台に座る小太りの男が、必死に手綱を操っている。
「すまん、助けてくれ!」
男は村へ入るなり、転がるように御者台から降りた。
「昨夜、山の向こうに赤い光が見えたから、人がいると思ってこっちへ来たんだ。車軸が割れちまって、もう一歩も動かせない。修理できる奴はいないか?」
ハンネが俺を見た。
セラフィナも俺を見る。
アイギスとバルドまで俺を見ている。
「いるにはいる」
俺は答えた。
「ただし、今日開いたばかりだ」
「直るなら何でもいい! 銀貨五枚出す!」
「十枚だね」
ハンネが即座に倍へ増やした。
「婆さん、あんたが直すわけじゃないだろう!」
「場所代と紹介料だよ」
「紹介する前から本人がいるじゃないか!」
二人が値段を巡って言い争っている間に、俺は荷馬車の車軸へ触れた。
完全に折れている。ただ、木材を交換し、金具を打ち直せば修復できる。鍛冶場に火も入っているし、バルドが作った義手の実地試験にもちょうどいい。
問題は、荷台の方だった。
厚い布を掛けられた荷台から、いくつもの声が聞こえる。
痛い。
暗い。
冷たい。
もう一度、動きたい。
「荷台には何が入ってる」
俺が尋ねると、男は肩をすくめた。
「王都で仕入れた廃品だよ。壊れた魔導具や、誰も使わなくなった武器だ。金属として潰せば、少しは値段がつくと思ってな」
「見せてくれ」
「構わんが、本当にゴミしか――」
男が布をめくった。
そこには、折れた槍、亀裂の入った魔導灯、片方だけの籠手、刃を失った斧などが、無造作に積み重ねられていた。
その一番下。
鎖を何重にも巻かれた黒い箱の中から、はっきりと声が聞こえた。
――修理屋。
幼い少女のような声だった。
――お願い。ここから出して。もう暗いのは嫌。
俺が黒い箱を見つめていると、ハンネが横から脇腹を小突いた。
「ラウル。欲しい物を見つけても、顔に出すんじゃないよ。値段をつり上げられる」
「いや、そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題だい」
箱の隙間から、青白い光が瞬いた。
男は気づいていない。
だが、セラフィナとアイギスは同時に表情を変えていた。
「マスター」
セラフィナが剣へ手を掛ける。
「あの箱から、神器の気配がします」
今日開いたばかりの辺境工房へ運び込まれた最初の荷物は、どうやら単なる鉄くずではないらしかった。




