第6話 壊れた神盾は、聖剣を許していない
「……おそらく、神盾アイギスです」
セラフィナが気まずそうに答えた途端、壁の中に埋まった黒い円盤から赤い光が強く放たれた。
『おそらく、だと?』
女性の声が、ラウルの頭の中に響く。
低く、よく通る声だった。
先ほどより明らかに機嫌が悪い。
『この薄情者。私の名前まで忘れたのか。魔王城へ攻め込んだとき、誰がお前の前に立って暗黒魔法を防いだと思っている。敵の攻撃は全部こちらへ押しつけて、自分だけ勇者と一緒に格好よく魔王を斬ったくせに』
「アイギス。わたしはあなたを忘れたわけではありません」
『だったら、なぜ「おそらく」と言った』
「記憶の一部を封じられているのです。あなたの名前は思い出しましたが、顔や声までは、まだ……」
『言い訳か?』
「事実です」
『お前は昔から、都合が悪くなると正しい言葉を使う』
「あなたは昔から、感情で話すので説明に時間がかかります」
『何だと、このお姫様剣』
「その呼び方はやめてください」
『勇者に選ばれて王都の神殿で大事に飾られていたんだから、お姫様だろう。私は辺境の壁に埋められて千年だ。少しくらい嫌味を言っても罰は当たらん』
「飾られていたのではありません。魔力回路を封じられ、歴代の勇者に使われていました」
『私は人間の街を守るため、昼も夜もこの壁へ魔力を流し続けていた』
「張り合わないでください。苦労の比べ合いをしても、何も得られません」
『先に修理された余裕か?』
「そうではありません」
『そこの煤だらけの男に抱かれて、ずいぶん幸せそうだったじゃないか』
「なぜそれを知っているのです」
『村の地下に私の魔力回路が残っている。この村で起きたことは、ある程度分かる。井戸のそばで水を飲んで泣いたことも、寝台を一緒に使おうとして断られたことも知っているぞ』
セラフィナの顔が赤くなった。
「ラウル。今すぐ、この盾を壁の奥へ戻しましょう」
「さっきまで知り合いかどうか曖昧だったのに、急に扱いがひどくなったな」
「思い出しました。アイギスは昔から、言わなくてもよいことを言う盾でした」
『そのおかげで助かったこともあっただろう』
「記憶にありません」
『また忘れたのか!』
「都合の悪いことだけ忘れているように見えますね」
ラウルは二人の言い争いを聞きながら、黒い金属板の表面を調べた。
直径は大人の身長ほどもある。単なる円形の板ではなく、中心から幾重にも金属を重ねた大盾らしい。
壁へ埋め込まれた部分から、細い魔力回路が四方へ伸びている。村を囲む防壁のほぼ全体へ繋がっているようだ。
「アイギス。少し触るぞ」
『勝手に触るな』
「状態を確認しないと直せない」
『誰が直せと言った』
「さっき、セラフィナばかり先に直してと言っていただろう」
『嫌味だ。本当に直せという意味ではない』
「ずいぶん面倒な盾だな」
『煤だらけの修理屋に言われたくない』
「煤は仕事をしている証拠だ」
『それで格好をつけているつもりか?』
「セラフィナ、こいつを壁の奥へ戻そう」
「賛成です」
『おい、待て。少しくらい冗談の通じる人間はいないのか』
声には力があったが、黒い大盾が放つ赤い光は弱々しい。
光が一度明滅するたび、中央の亀裂がわずかに広がっている。
ラウルは返事を待たず、アイギスへ手を当てた。
『触るなと言っただろう!』
「本気で嫌なら離す。だが、このままでは朝まで持たないぞ」
『……分かるのか』
「分かる。お前の魔力核はほとんど砕けている。壁へ繋がる回路も九割以上が切断され、残った回路だけで村全体を守ろうとしているな」
『守れていない。このざまだ』
「全部が壊れているわけじゃない。灰牙狼が今まで村へ近づかなかったのも、弱い魔物除けが残っていたからだろう」
『昨日まではな。井戸の回路が一部復旧して、一時的に魔力が流れ込んだ。そのせいで長い眠りから起こされた。目覚めたら聖剣は修理屋といちゃついているし、私が守っていた壁は崩れている。機嫌が悪くもなる』
「いちゃついてはいません」
セラフィナが反論する。
『腕に抱きついていただろう』
「あれは、修理していただいた直後で、ラウルが実在することを確認していたのです」
『食事の最中にも、そばにいてほしいと言っていたな』
「あれは会話の流れです」
『寝台へ誘った』
「休息の必要性を検証しようとしただけです」
『剣の姿になって抱いてもらおうともした』
「なぜ、そこまで詳しく知っているのです!」
『壁にも耳がある、ということだ』
「ラウル。修理する前に、口を塞いでください」
「盾の口がどこにあるのか分からない」
『亀裂へ泥でも詰めておけ』
「自分で言うのか」
アイギスは豪快に笑った。
しかし、その笑い声はすぐに途切れた。
大盾の赤い光が急激に暗くなる。
「アイギス?」
セラフィナが大盾へ近づいた。
先ほどまでの苛立ちは消え、声に不安が滲んでいる。
「どうしたのです。返事をしてください」
『……少し、疲れただけだ』
「嘘です。あなたは昔から、苦しいときほど大丈夫だと言うでしょう」
『昔のことを覚えているじゃないか』
「今、思い出しました」
『都合のよい記憶だな』
アイギスの声には、もう先ほどの力がなかった。
ラウルは亀裂の周囲へ指を当て、慎重に魔力を流す。
神盾の記憶が、断片となって伝わってきた。
炎に包まれた城。
逃げ惑う人々。
幼い子供を抱え、城門へ殺到する母親たち。
大盾を構え、たった一人で門の前に立つ赤髪の女性。
『先に民を逃がせ! 王族は最後だ!』
『だが、アイギス。お前一人では持たない!』
『私は盾だぞ。剣より前に立ち、最後まで残るのが仕事だ!』
彼女の背後には、若い王がいた。
王は最後の住民が城から逃げたことを確認したあと、アイギスを防壁の中枢へ接続した。
『必ず戻る。それまで、この地を守ってくれ』
『待っているぞ。約束を破ったら、盾の角で尻を殴るからな』
王は笑い、兵を率いて城を出た。
だが、戻らなかった。
アイギスは十二日間、一人で防壁を維持した。
敵軍の魔法を防ぎ、魔物の群れを退け、逃げた住民たちが遠くへ辿り着くまで、何度も自らの魔力核を削った。
十三日目、防壁は崩れた。
それでもアイギスは壊れた身体を壁へ繋ぎ、弱い魔物除けだけを残した。王との約束を守るために。
長い年月が流れ、城は土に埋もれ、その上へ小さな村が作られた。
村も捨てられた。
新しい人々が移り住んだ。
それでも彼女は眠りながら、壁を守り続けていた。
「もういい」
ラウルは魔力を止めた。
『何がだ』
「王は戻らない」
セラフィナが息を呑んだ。
「ラウル、今それを言う必要は――」
「ある。直すなら、壊れた原因と向き合わなければならない」
『王がどうなったのか、見たのか』
「ああ。お前の記憶の中で」
『なら、聞かせろ』
「敵軍の本隊へ突撃して、戦死した。お前を置き去りにしたわけじゃない。戻りたくても戻れなかった」
『そうか』
アイギスは、ひどく静かな声で答えた。
『あの馬鹿、約束を破ったな』
「そうだな」
『王のくせに、嘘をつきやがった』
「戻るつもりだったのは本当だ」
『分かっている!』
赤い光が激しく瞬いた。
『そんなことは、ずっと分かっていた! 十三日目に魔力契約が切れた。契約者が死ねば、盾には分かる。分かっていたが……戻ると約束したんだ。なら、待つしかないだろう!』
声が震えていた。
『私が先に諦めたら、あいつは帰る場所を失う。王が帰ってきたとき、城も民もなくなっていたら、あいつはどんな顔をする。だから守った。城が崩れても、村になっても、知らない人間が住み着いても守った。私は……ただ、王が帰ってきたときに、遅いと怒鳴りたかっただけだ』
セラフィナが大盾へ手を置いた。
「アイギス。長い間、一人にして申し訳ありません」
『謝るな。お前には、お前の戦いがあった』
「ですが、わたしはあなたのことを忘れていました」
『忘れたくて忘れたわけじゃないんだろう』
「はい」
『だったら、これから思い出せばいい。私も今までの嫌味は半分くらいにしてやる』
「半分は残すのですね」
『千年分あるからな。一度には無理だ』
セラフィナの口元に、かすかな笑みが戻った。
ラウルは大盾の状態をさらに調べた。
「アイギス。お前を直したい」
『必要ない』
「また強がるのか」
『違う。この盾を壁から外せば、残っている魔物除けも消える。私の魔力核を直すには、壁との接続を切る必要があるだろう』
「その通りだ」
『なら駄目だ。この村には、まともに戦える人間がいない。私が止まっている間に魔物が来れば、誰が守る』
「わたしが守ります」
セラフィナが言った。
『一人でか?』
「灰牙狼の群れと黒角狼を一撃で倒しました」
『誰に握られて?』
「ラウルです」
『あの煤だらけが?』
「煤だらけは余計です」
『剣の扱いを知っているのか』
「才能はありません」
「そこは少し濁してくれ」
ラウルが言うと、セラフィナは首を傾げた。
「事実ですが」
「本人を前に即答するな。傷つく」
『なるほど。腕は悪いが、剣が勝手に動くのか』
「腕が悪いとは言っていません」
『才能がないと言っただろう』
「戦闘経験が足りないだけです。ラウルには、わたしの声を聞く才能があります」
『それは認める』
「本人を置いて、評価を決めないでくれ」
二人はラウルの抗議を聞いていなかった。
『だが、聖剣一振りでは守れる範囲に限界がある。もし村の反対側から同時に襲われたら、どうする』
「俺が防壁を応急修理する」
『私を直しながらか?』
「お前の魔力核を取り外す前に、切断された回路を迂回させる。完全な防御障壁は無理でも、警報と魔物除けくらいなら維持できるはずだ」
『簡単に言うな』
「簡単ではない。かなり面倒だ」
『それなら、なぜやる』
「壊れているからだ」
『それだけか?』
「ほかに理由が必要か?」
アイギスは黙った。
しばらくして、低い笑い声が聞こえた。
『セラフィナ。面倒な男を選んだな』
「はい。ですが、気に入っています」
「本人の前で勝手に話を進めるな」
『私も少し気に入った。修理屋、好きにしろ』
「最初からそのつもりだ」
『ただし、村の守りを最優先にしろ。私の身体を直すために、住民を危険へさらしたら承知しない』
「分かった。作業は朝になってから始める。今夜は仮の魔力回路だけ繋ぐ」
『今すぐ直せないのか』
「ついさっきまで休めと言っていた本人を、夜中に起こしたのは誰だ」
『私は千年待ったんだぞ。一晩くらい短いだろう』
「それなら、もう一晩待てるな」
『性格が悪いな、修理屋』
「よく言われる」
ラウルは応急処置として、切断された回路を聖銀の細線で繋いだ。
大盾の赤い光が安定したことを確認し、鍛冶場へ戻る。
寝台へ入ろうとすると、セラフィナが当然のように隣へ腰を下ろした。
「何をしている」
「今夜は、わたしもここで休みます」
「椅子で休むという話だっただろう」
「アイギスが村を見ていますので、見張りは必要ありません」
「だからといって、同じ寝台で寝る理由にはならない」
「あります」
「どんな理由だ」
「アイギスに、寝台へ誘って断られたと知られてしまいました。このままでは、わたしが一方的に拒まれたことになります」
「実際、拒んだ」
「ラウルにも立場があるように、わたしにも聖剣としての面目があります」
「面目のために一緒に寝ようとするな」
「では、愛情のためにします」
「もっと悪い」
ラウルが断り続けても、セラフィナは動こうとしなかった。
結局、寝台の中央に板を一枚置き、それを境界線にすることで決着した。
「この板を越えるなよ」
「分かりました」
「絶対だぞ」
「ラウルがこちらへ来る分には構いません」
「俺も越えない」
「残念です」
「残念そうな顔をするな」
ラウルは背を向け、目を閉じた。
今度こそ眠れると思ったが、しばらくするとセラフィナの声がした。
「ラウル」
「何だ」
「眠れません」
「剣だからな」
「胸が温かくて、少し苦しいです」
「夕食を食べすぎたんじゃないか?」
「それとは違います。アイギスの声を、また聞けたことが嬉しいのです」
「そうか」
「わたしは、失ったものばかりだと思っていました。過去の所有者も、仲間も、自分の名前さえ失ったと。ですが、直していただいてから、少しずつ戻ってきます」
「全部が戻るとは限らない」
「はい。それでもよいのです。戻らないものがあっても、これから新しく作ればよいと、今は思えます」
ラウルは返事をしなかった。
セラフィナも、それ以上は何も言わなかった。
しばらくして、規則正しい寝息が聞こえ始める。
「眠れるんじゃないか」
小さく呟いて振り返る。
セラフィナは目を閉じ、安心した顔で眠っていた。
境界線の板を越え、彼女の手がラウルの服の裾をつかんでいる。
起こして離させようか迷ったが、そのままにした。
翌朝、ラウルは村人たちを防壁の前へ集めた。
壁の中から現れた巨大な神盾を見て、ハンナが目を見開く。
「まさか、本当に残っていたとはね」
「知っていたんですか?」
「昔話で聞いただけさ。フェルム村には、赤い盾の女神が眠っている。村が滅びそうになれば目を覚ます、とね。子供を怖がらせるための話だと思っていた」
『怖がらせるため?』
アイギスの声は、今のところラウルとセラフィナにしか聞こえない。
ラウルが代わりに尋ねる。
「どんなふうに怖がらせるんです?」
「悪いことをする子供は、盾の女神が夜中に連れていく、と」
『誰が連れていくか! 私は守る盾だぞ!』
「かなり怒っています」
「本当に喋るのかい?」
「喋ります。セラフィナより口が悪い」
『修理する前に壊してやろうか』
「修理屋を壊したら、困るのはそちらだぞ」
『それを言われると弱いな』
アイギスを壁から取り外すには、まず村人たちの協力が必要だった。
壁の周囲から土を掘り、魔力回路を傷つけないよう石を外していく。灰牙狼の骨を削って補強材を作り、黒角狼の角から魔力を取り出した。
片腕のバルドは、道具を腰へ固定して作業した。
何度か石を落とし、そのたびに顔を歪めたが、今度は苛立って作業をやめなかった。
「手を貸しましょうか」
ミラが尋ねる。
「いや。自分でできる」
「そう。では、危なくなったら言って」
「無理に手伝わないのか?」
「手伝えば怒るでしょう」
「怒るかもしれない」
「でも、誰も手伝わなければ、それも腹が立つ」
「その通りだ」
「本当に面倒ね」
「自覚はある」
「だったら、今は見ています。困ったら呼んで」
「……分かった」
ミラは少し離れた場所へ移った。
バルドはもう一度道具を持ち直し、片手と膝を使って石を外した。
今度は落とさなかった。
昼前になって、ようやく神盾を壁から取り外す準備が整った。
「アイギス。接続を切るぞ」
『待て』
「どうした」
『最後に、村を見せてくれ』
ラウルと村人たちで大盾をゆっくり傾ける。
壁の中へ向いていた表面が、初めて村の方角へ向いた。
井戸の周囲で働く人々。
壊れた家の屋根へ板を運ぶ者たち。
水桶を抱え、母親から離れないよう歩くニコ。
かつてアイギスが守っていた王も、兵士も、住民もいない。
見知らぬ者ばかりだった。
『あれが、今の住民か』
「ああ」
『私の王の民ではない』
「守らないのか?」
『馬鹿を言うな。盾が、守る相手の血筋を一人ずつ調べるものか』
赤い光が、わずかに強くなった。
『泣く子供も、それを叱る母親も、昔と変わらん。面倒な連中ばかりだ』
「同感だ」
『だから、守る価値がある』
「それも同感だ」
『接続を切れ、修理屋。今度は、もっと長く守れるように直せ』
「任せろ」
ラウルは神盾と防壁を繋ぐ魔力回路を切断した。
同時に、あらかじめ作っておいた迂回回路が赤く輝く。村全体を覆っていた魔物除けは弱まったものの、消えてはいない。
アイギスを鍛冶場まで運び、作業台へ置いた。
亀裂は表面だけではない。
内部の魔力核は粉々に砕け、魔力を通す骨格も歪んでいる。千年間、壊れたまま力を出し続けたせいで、金属そのものが限界を迎えていた。
「正直に言う。セラフィナより状態が悪い」
『直せないのか』
「直す。ただし、元とまったく同じにはできない」
『構わん。飾り物になるより、継ぎ接ぎでも盾でいたい』
「黒角狼の角と骨を使う。魔物の素材が混ざるから、以前とは性質が変わる可能性がある」
『どんなふうに?』
「魔法を防ぐだけでなく、受けた魔力を吸収して返せるようになるかもしれない。逆に、制御を誤れば自分へ返ってくる」
『面白い。やれ』
「怖くないのか?」
『怖いに決まっているだろう』
アイギスは即答した。
『千年待って、やっと誰かに声が届いた。その直後に修理へ失敗して消えたら、悔しくて化けて出る。だが、このままでも長くは持たない。だったら、お前を信じるしかない』
「失敗はしない」
『そういうことを簡単に言うな』
「簡単に言っていない。修理屋が絶対に直すと言うときは、直せると分かったときだけだ」
『なら、信じよう』
ラウルは炉へ火を入れた。
黒角狼の角を砕き、赤く熱した金属へ混ぜる。骨を細く削って魔力核の枠を作り、砕けた部分を一つずつ組み直した。
セラフィナは作業台の反対側に立ち、アイギスへ魔力を送り続けた。
「熱くありませんか?」
『少しな』
「痛ければ言ってください」
『お前まで修理屋のようなことを言うようになったな』
「大切なことです」
『痛いと言えば、作業を止めるのか』
「止めます」
『止めるな。続けろ』
「アイギス」
『我慢しているわけじゃない。今までの痛みと違う。これは直るための痛みだ』
ラウルが手を止める。
「直るためだから、我慢していいわけじゃない。少し休む」
『急いでくれ。壁のことが心配だ』
「焦って修理を失敗したら、壁へ戻れないぞ」
『それは困る』
「なら、言うことを聞け」
『主でもない人間に命令されるとはな』
「俺は修理中の武器には、王様より偉い」
『気に入った。その態度は嫌いじゃない』
休憩を挟みながら、作業は夕方まで続いた。
最後に、修復した魔力核を大盾の中央へ収める。
黒い表面を走っていた大亀裂が、赤い光に包まれた。完全に消えるのではなく、傷痕を残したまま繋がっていく。
「傷は残る」
『構わん』
「直した痕も目立つぞ」
『それも構わん』
「以前より、少し重くなる」
『細かい男だな。直してくれれば、それでいい』
「なら、仕上げるぞ」
ラウルは両手を神盾へ置いた。
「――【原型復元】」
赤い光が鍛冶場を満たした。
神盾の表面に刻まれた紋様が一つずつ目覚め、黒角狼の角から作った魔力核が激しく鼓動する。
光の中で、大盾の形が変わっていく。
円形の輪郭がほどけ、人の腕、足、身体へと組み変わる。
やがて光の中心から、赤い髪の女性が現れた。
セラフィナより頭一つ近く背が高い。引き締まった身体を黒と赤の軽鎧で包み、左腕には修復された神盾を装着している。
彼女は一歩踏み出した。
そのまま足をもつれさせ、ラウルへ倒れ込む。
「危ない!」
ラウルは両腕で受け止めた。
かなり重い衝撃が胸へ伝わり、二人まとめて床へ倒れそうになる。
「おい、大丈夫か?」
「千年ぶりに足を使ったんだ。歩き方を忘れた」
「最初に言え」
「自分でも今、気づいた」
アイギスはラウルの胸へ顔を押しつけたまま、大きく息を吐いた。
「煤臭いな、修理屋」
「助けてもらって最初に言うことがそれか」
「だが、悪くない匂いだ」
すぐ横から、冷たい声がした。
「アイギス。いつまでラウルに抱きついているのですか」
「嫉妬か、セラフィナ」
「違います。修理したばかりの身体で、ラウルを下敷きにしないでください」
「そう言いながら、私の肩を引っ張るな。まだ足に力が入らん」
「でしたら、わたしが支えます」
「お前より修理屋の方が安定している」
「離れてください」
「嫌だ」
「アイギス」
「千年待ったんだ。少しくらい修理してくれた男に甘えてもいいだろう」
「ラウルに甘えてよいのは、最初に修理されたわたしです」
「そんな順番を決めた覚えはないぞ」
ラウルの抗議は、二人に無視された。
聖剣と神盾。
世界でもっとも尊ばれる二つの神器が、どちらが先に修理屋へ甘える権利を持つかで言い争っている。
「今からでも、壁へ戻していいか?」
ラウルが尋ねると、アイギスは顔を上げた。
「それは困る」
「なら、自分で立て」
「もう少しこのままがいい」
「アイギス!」
セラフィナの声が鍛冶場に響いた。
その外では、修復された神盾と呼応するように、崩れた防壁の魔力回路が赤く輝き始めていた。




