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第31話 地下から「助けないで」と救難信号が届きました

『私たちは、病人ではありません。病そのものです』


 通信の向こうで、巨大な扉を叩く音が続いていた。


 一度、二度。


 最初は不規則だった音が、やがて一定の間隔を刻み始める。誰かが意思を持って叩いているようにも聞こえた。


「エイル。今の音は何だ?」


『答える必要はありません』


「中にいる誰かが扉を叩いているんじゃないのか?」


『第六収容区画を開放しなければ、地上に危険はありません。通信を終了してください』


「待ってくれ。二百八十七人が生きていると言ったな?」


『正確には、生命活動を維持しています』


「どう違うんだ?」


『眠っている者は、四百十二年前から一度も目を覚ましていません。食事も、会話も、自分の意思で呼吸することさえしていない。それを生きていると呼ぶかどうかは、あなたが決めてください』


 また扉が叩かれた。


 ネフェルが背中の弦へ指を置く。


「あなたは目を覚ましているのでしょう?」


『はい』


「四百十二年間、ずっと?」


『はい』


「一人で、二百八十七人を見ていたの?」


『私は医療区画管理神器です。それが私の役目です』


「役目だから平気だったとは言わないで」


 ネフェルの声が少し強くなる。


『平気だったとは申し上げていません』


「では、助けてほしくないのではなく、助けた結果を怖がっているの?」


 通信が途切れたかと思うほど、長い沈黙があった。


『その違いに、意味がありますか』


「あるわ。私は助けてほしいのに、助けに来てほしくないと言った。それを面倒だと言いながら、話を聞いてくれた人たちがいるから」


『風雨琴ネフェル』


 エイルが初めてネフェルの名を呼んだ。


『あなたの調律波を確認しています。十二弦しか残っていないのですね』


「元は二十四本だったわ。でも、今はこれでいいと思っている」


『修復されたのですか』


「ええ。水門からも外れた」


『そうですか』


 エイルの声が、ほんの少しだけ柔らかくなった。


『あなたの雨の曲を覚えています。フェルムの北塔で、避難路へ降る雨を弱めていましたね』


「私を知っているの?」


『同じ城塞で稼働していましたから。ただし、直接会話した記録は三度だけです』


「三度も話したなら、知り合いでしょう?」


『当時の私は、それを知り合いとは定義していませんでした』


「今は?」


『わかりません』


「なら、これから考えればいいわ」


『これからはありません』


 冷たい言葉だった。


 しかし、突き放すために言っているようには聞こえなかった。


『第六収容区画の生命維持機能は限界へ近づいています。私の治療核も、遠からず停止します。ですが、扉を開けなければ、危険は区画内だけで終わります』


「停止まで、どれくらいだ?」


 俺が尋ねる。


『その質問には回答しません』


「どうして?」


『期限を伝えれば、あなたは間に合わせようとするでしょう』


「当たり前だ」


『だからです』


「エイル。救難信号は、助けてほしいから出したんじゃないのか?」


『違います』


「なら、なぜ四百年ぶりに信号を再開した?」


『風雨琴ネフェルの調律波によって、フェルム内部の旧式通信網が一部復旧しました。第六区画から外部へ警告を送れる状態になったため、送信しました』


「助けを呼んだわけじゃない?」


『扉を開けないでほしいと伝えるためです』


「それでも、信号の分類は救難要請になっている」


 アリアが言った。


「警告専用信号ではなく、最上位の人命救助要請です。送信形式を誤ったのですか?」


『誤っていません』


「説明してください」


『できません』


「矛盾しています」


『理解しています』


「それでは記録できません」


『記録しなくて構いません』


「私は案内人格です。受信した救難信号を無視することはできません」


『だから、あなたには届いてほしくなかった』


 アリアの表情が固まる。


『アリアドネ。あなたは規則に従って扉を開けようとする。四百十二年前も、そうでした』


「私が……扉を?」


『これ以上は話しません』


「待ってください。四百十二年前、私は第六区画に何をしたのですか」


 返事はなかった。


「エイル」


『通信を終了します』


「エイル!」


 赤く点滅していた光が消える。


 地下から響いていた扉を叩く音も、通信が切れた途端に聞こえなくなった。


 残ったのは、重い沈黙だけだった。


「もう一度繋げないのか?」


 ガルドが尋ねる。


「第六区画側から、通信経路が閉鎖されました。強制接続を行う場合、内部管理機構への侵入が必要です」


「それをやったら?」


「エイルの許可なく、区画の制御へ干渉することになります」


「やめておこう」


 俺が答えると、アリアがこちらを見る。


「しかし、私は確認しなければなりません」


「何を?」


「四百十二年前に、私が第六区画へ何をしたのかを」


「記録が欠けているんだろ?」


「失われているのは人格記憶の一部です。城塞内部には、独立した運用記録が残っている可能性があります」


「なら、まず記録を探す。それなら扉を開けずにできる」


「ラウル」


 ハンネ村長の声が飛んできた。


「今すぐ地下へ降りるつもりじゃないだろうね?」


「調べるだけだ」


「あんたは昨日まで、七日間ほとんど寝ずに水門を直してたんだよ。ほかの連中も同じだ。疲れた頭で、四百年閉じていた区画に手を出すんじゃない」


「でも、生命維持機能が限界だと言っていた」


「限界が一時間後なのか、一月後なのかも聞けなかっただろ。だったら今夜くらい休みな」


「その今夜に止まったら?」


「そういうことを言うから、あんたは寝られないんだよ」


 ハンネ村長は、珍しく言葉を選ぶように一度口を閉じた。


「助けたい気持ちはわかる。でもね、今度は扉の向こうだけの話じゃない。病が外へ出れば、この村にも広がるかもしれない。疲れているから仕方なかったでは済まないよ」


「……わかった」


「本当に?」


「今夜は扉に近づかない。既存の記録を読むだけにする」


「それは休むと言わない」


「アリアに探してもらって、俺は横で見る」


「横で寝な」


「努力する」


「約束しな」


「寝ると約束するのは難しくないか?」


「目を閉じて横になると約束しな。それで寝られなくても、今夜だけは責めない」


「わかった」


「ネフェルとセラもだよ」


「私は元気です」


 セラが答える。


「その台詞は、もう信用しないことにしたよ」


「契約環を外した直後よりは回復しています」


「回復した人間は、立ったまま壁へ寄りかからない」


 セラが何も言わず、壁から身体を離す。


「今さら姿勢だけ直しても遅いよ。ネフェルも風呂へ入ったら寝な」


「まだ風呂へ入っていないわ」


「だから今から入って寝るんだよ」


「地下に二百八十七人もいるのに?」


「風呂へ入らずに考えれば、二百八十七人が増えるのかい?」


「増えないけれど……」


「なら入りな。四百年ぶりに見つかった相手なら、もう一晩くらい待ってもらうよ」


 乱暴な言い方だが、ハンネ村長が正しい。


 今すぐ走り出したい気持ちは、冷静な判断とは限らない。それは水門へ向かう途中、目の前の四人を助けるか迷ったときにも思い知らされた。


「アリア。今夜は区画の扉や制御機構に触れない。外部記録だけ探してくれ」


「承知しました」


「それから、アリアも一人で抱え込むなよ」


「私は一人ではありません。中央管理機構の複数の補助人格を——」


「そういう意味じゃない」


 アリアは、しばらく俺を見つめた。


「四百十二年前、私が第六区画を封鎖した可能性があります」


「まだ決まってない」


「エイルは、私が規則に従って扉を開けようとしたと言いました。その結果として病が広がり、外部封鎖が必要になったのかもしれません」


「何もわかってないうちから、自分に都合の悪い話だけ決めるな」


「しかし——」


「エイルの言葉だけでは、何があったか判断できない。それに、今のアリアには当時の記憶がない」


「記憶がなければ、責任もないのですか?」


「そうは言ってない」


「では、私は何に対して責任を負えばよいのでしょう」


 アリアの問いに、すぐには答えられなかった。


 四百年前の彼女と、今ここにいる彼女は同じなのか。


 記憶が欠けていても、同じ人格だと言えるのか。


「俺には決められない」


「ラウルにも、わからないのですか」


「ああ。ただ、記憶が戻る前から自分を罰する必要はないと思う」


「それは、私を安心させるための言葉ですか?」


「半分はそうだ」


「残りの半分は?」


「今のアリアが自分を責めても、扉の向こうにいる人は助からないからだ。責任を考えるなら、まず何が起きたのか知ろう」


「……合理的です」


「気に入らないか?」


「いいえ。安心させる言葉と、合理的な理由を両方提示されると、受け入れやすいと学習しました」


「それはよかった」


「ただし、過去の私に過失があった場合は、記録から除外しないでください」


「わかった」


「皆様も、聞きましたね?」


 アリアが周囲を見回す。


「私は責任を曖昧にしてほしいと求めていません」


「聞いたよ」


 ハンネ村長が答える。


「でも、責任を取るってのは、自分を壊すことじゃない。それも覚えておきな」


「努力します」


「そこは約束しないんだね」


「実行可能性を確認できませんので」


「ラウルより慎重だよ、この子は」


     ◇


 結局、俺は地下管制室に用意された長椅子で横になった。


 目を閉じていた時間は覚えているが、眠れた時間はほとんど覚えていない。


 朝になってセラから「三時間ほど眠っていました」と聞かされたので、完全な徹夜ではなかったらしい。


 ネフェルは初めて入った風呂が気に入り、長く浸かりすぎてのぼせた。


「湯に浸かると、力が抜けるのね」


 朝食の席で、彼女は冷たい水を飲んでいた。


「それが目的です」


 セラが答える。


「力が抜けたら危ないでしょう?」


「眠る前なら問題ありません」


「眠っている間に何かあったら?」


「毎晩その心配をしていたら、誰も眠れません」


「四百年、眠ったことがないから、まだ慣れないの」


「昨日は眠れたのか?」


 俺が尋ねると、ネフェルは少しだけ目を逸らした。


「一度だけ目を閉じたわ」


「どれくらい?」


「朝まで」


「それは眠ったんじゃないか」


「眠ると決めたわけではなく、目を閉じたら朝になっていたの」


「人間は、それを眠ったと言います」


 アリアが記録するような口調で告げた。


「では、私は初めて眠ったの?」


「そうなります」


「……何も覚えていないわ」


「普通だよ」


「少しくらい、初めてらしいことがあってもいいでしょう?」


「いびきをかいていました」


 セラが言う。


「嘘」


「小さな音でしたが」


「どうして起こしてくれなかったの?」


「眠っていたからです」


「二度と同じ部屋では寝ない」


「そうおっしゃると思い、音声記録は残していません」


「残そうと考えたの?」


「少しだけ」


「聖剣というのは、思っていたより意地が悪いのね」


「ネフェルほどではありません」


 二人が言い合っているところへ、デニスが入ってきた。


 表情は険しい。


「朝から悪い。村の連中が集会所に集まってる」


「第六区画の話か?」


「ああ。地下に病人が二百八十七人いるって、もう広まってる」


「誰から聞いたんだ?」


「昨夜の警告音は村中に響いたんだぞ。隠せると思うほうがおかしい」


 デニスは椅子へ座らず、俺の前へ立った。


「先に言っておく。俺は、扉を開けることに反対だ」


「まだ開けるとは決めてない」


「でも、助ける方法を探すつもりなんだろ?」


「ああ」


「その方法を探しているうちに、扉を開けなければ助けられないとわかったら?」


「そのときは——」


「ほら。そのとき考える、だろ」


 いつもの俺の答えを先に言われた。


「ラウル。今度は、助けたい気持ちだけで決めるな」


「そのつもりはない」


「本当に?」


 デニスは俺を睨んだ。


「水門のときも、あんたは知らない神器を助けるために走車を直した。途中で四人を見つけたら、時間がないのに止まった。結果的には助けられたし、水門も直った。だから今度も何とかなると思ってないか?」


「思ってない」


「少しも?」


「……少しは思ってるかもしれない」


「それが怖いんだよ」


 デニスの声が震えた。


「成功した経験ってのは、人を勇敢にするだけじゃない。無茶を無茶だと思わなくさせる。今度も間に合う。今度も別の方法がある。そう考えて一歩ずつ進んで、気づいたときには扉の前にいるんじゃないのか?」


 反論できなかった。


 調べるだけ。


 通信するだけ。


 外側から設備を直すだけ。


 その一つ一つが安全でも、最後に扉を開けるための道になっている可能性はある。


「俺には子供が二人いる」


 デニスが続ける。


「扉の向こうの二百八十七人にも家族がいるかもしれない。助けたいと思う。でも、その病が村へ広がって、自分の子供が死んだら、俺は絶対に耐えられない。正しいことをしたんだから仕方ないなんて、思えない」


「デニスの言うことは正しい」


「なら、扉を開けないと約束できるか?」


 俺は口を閉ざした。


 約束できない。


 まだ何も知らないのに、永遠に開けないと決めることもできなかった。


「ほらな」


「でも、勝手には開けない」


「何が違う?」


「調査と修理を進めても、実際に扉を開く前には、もう一度みんなで話す。村の安全を守る方法が用意できなければ開けない」


「助ける期限が迫っていても?」


「それでもだ」


「ラウル一人で決めない?」


「決めない」


「アリアが、すぐに開けなければ全員死ぬと言っても?」


「……決めない」


「今、迷っただろ」


「迷うくらいは許してくれ」


 デニスは長く息を吐いた。


「わかった。俺も調査には参加する」


「反対なんじゃなかったのか?」


「反対するなら、何をしているのか見ておきたい。安全だと言われるたびに、本当に安全なのか聞く奴が必要だろ」


「嫌な役を任せることになるぞ」


「知ってる。みんなが助けようって盛り上がってる中で、子供が危ないと言い続ければ、臆病者だと思われる」


「俺は思わない」


「あんたが思わなくても、ほかの奴は思うかもしれない。俺自身、そう思われるのが嫌で、途中で黙るかもしれない」


「そのときは?」


「あとで、どうして黙ったんだって責めるな」


「わかった」


「それから、俺が怖がってるからって、全部従う必要もない」


「どっちなんだよ」


「俺の意見は聞け。でも、俺に責任を押しつけるなって言ってる」


 デニスは自分でも面倒なことを言っていると思ったのか、気まずそうに鼻をこすった。


「うまく言えないんだよ。俺は村を危険にしたくない。でも、二百八十七人が死んだあとで、あのとき何かできたかもしれないって考えるのも嫌なんだ」


「十分伝わった」


「本当か?」


「ああ。俺も似たようなものだから」


「一緒にするな。あんたは怖がる方向がおかしい」


「そこまで言うか?」


「言う。だから俺が見張る」


     ◇


 朝食後、俺たちは中央管制室へ集まった。


 村人全員を地下へ入れるわけにはいかないため、ハンネ村長、デニス、ミラが地上側の代表として参加する。神器側からはセラ、アギス、ヘスティア、ネフェル。バルドとガルド、そしてマティアス司祭も同席した。


 マティアスはまだ監視下に置かれている。


「私まで参加してよいのですか?」


 彼が尋ねると、ネフェルが答えた。


「病に関する教会の記録を知っているかもしれないでしょう。信用はしていないけれど、知識まで捨てる必要はないわ」


「ありがとうございます」


「礼を言われると、許したみたいで嫌」


「では、感謝は心の中だけにします」


「そうして」


 アリアが夜のうちに発見した記録を投影する。


「第六収容区画は、フェルム内部に設けられた独立型医療区画です。収容定員は三百名。外部と空気、水、魔力経路を完全に分離できます」


「病名は?」


「《灰紋病》と記録されています。ただし、病原体に関する詳細情報は欠損しています」


 マティアス司祭の顔が強張った。


「聞いたことがあるのか?」


「名前だけです。教会の禁書目録に、古代の高位呪詛として記されています。感染した者の皮膚に灰色の紋様が現れ、やがて魔力経路と人格を侵食すると」


「感染経路は?」


「記録では、血液、体液、呼気、魔力接触。ですが、文献ごとに内容が異なります。実在しなかった病を、異端者への恐怖を煽るために使ったという説もあります」


「二百八十七人が実際に隔離されてるんだ。何かはあったんだろ」


「はい。ただ、それが教会の記録どおりの病だったかは、わかりません」


 アリアが次の情報を表示する。


「第六区画の生命維持装置は、患者を低活動状態へ固定しています。心拍、呼吸、魔力消費はいずれも通常の一パーセント未満。エイルが治療核から魔力を供給し、機能を維持しています」


「あとどれくらい持つ?」


「区画内部から情報が遮断されているため、正確な推定はできません。ただし、昨夜の通信に含まれた魔力消費量から、長くても二十一日以内に停止する可能性が高いと判断します」


「最短は?」


 デニスが尋ねる。


「即時停止の可能性を除外できません」


「結局、いつ止まってもおかしくないってことか」


「はい」


「生命維持が止まれば、全員死ぬのか?」


「現在の状態から急に覚醒した場合、身体が耐えられない患者もいるでしょう。全員が即死するとは限りません」


「生き残った者は病を持ったまま目覚める」


 デニスの言葉に、アリアが頷く。


「可能性があります」


「外へ出さなければ、村には広がらないんだな?」


「第六区画の隔離扉が維持されている限りは」


「扉の耐久状態は?」


「外扉八十二パーセント。内扉六十七パーセント。内部から強い衝撃が継続した場合、内扉が先に破損します」


「昨夜、誰かが叩いていた」


 ネフェルが言った。


「眠っている人たちではないのでしょう?」


「エイルが叩いた可能性は?」


 ガルドが尋ねる。


「音の発生地点は、エイルの管理室と異なります」


「では、誰かが起きてる」


 管制室の空気が重くなる。


「患者名簿はないのか?」


「暗号化されています。解除には第六区画の管理権限が必要です」


「エイルともう一度話すしかないな」


 俺が言うと、デニスがすぐに口を開いた。


「通信するだけだな?」


「ああ。扉も制御機構も触らない」


「約束したからな」


「わかってる」


 アリアが、第六区画へ向けて通信を送る。


 一度目には応答がなかった。


 二度目も同じ。


 三度目の呼び出しを始めたところで、立体図に表示されていた生命反応の一つが消えた。


「今のは何だ?」


 ガルドが身を乗り出す。


「生命反応数が変化しました」


 アリアの声が硬くなる。


「二百八十七名から、二百八十六名へ減少」


「一人、死んだのか?」


「判定できません。死亡時に発生する生命活動の低下を検出していません。反応が突然、途絶しました」


「どういう意味だ?」


「生命維持装置から外れ、区画内の検知範囲を離れた可能性があります」


 そのとき、通信が繋がった。


『呼び出さないでください』


 エイルの声は、昨夜よりも切迫していた。


「一人の反応が消えた。何が起きた?」


『何も起きていません』


「嘘だ」


『扉を開けなければ問題ありません』


「誰かが起きたんだろ」


『違います』


 彼女の返答と同時に、通信の向こうから足音が聞こえた。


 ゆっくりと床を引きずるような、重い足音。


 それに続いて、若い男の声がした。


『エイル』


『来ないで!』


『外に、誰かいるのか』


 エイルが通信を切ろうとする。


「待ってくれ!」


『忘れてください。反応が消えた者などいません』


「今、声がした!」


『聞かなかったことにしてください!』


 最後に、何かが倒れる大きな音が響いた。


 通信は一方的に切断された。


 立体図には、二百八十六個の生命反応だけが残っている。


 消えた一人は、死んだのではない。


 四百十二年の眠りから目を覚まし、検知されない場所で動き始めていた。

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