第23話 「私を直さないで」と神器に頼まれたので、先に壊れた水門を直します
「わかった。あんたは直さない」
俺が答えると、案内端末の向こうでネフェルが息を呑んだ。
水門を越えようとする濁流が轟いている。雨脚も次第に強まり、救難走車の屋根を叩く音は、いつの間にか普通の声をかき消すほどになっていた。
『……ずいぶん簡単に答えるのね』
「簡単じゃない。あんたの身体には亀裂が入ってるし、弦も残り三本だ。このまま放っておけばどうなるか、俺にだって想像はつく」
『なら、直したほうがいいでしょう? 私は直せば使える。使えるなら水門に繋いでおけばいい。人間なら、そう考えるわ』
「あんたが嫌だと言った」
『それだけ?』
「それだけで十分だろ」
ネフェルは黙った。
信じてもらえたとは思わない。むしろ、これほどあっさり承諾したことを疑っているようだった。
「ただし、水門は直す。俺たちは水門の修理に来た。そのために近づくのはいいんだな?」
『……北側の斜面から降りて。途中に古い整備路があるわ。崩れているけれど、あなたたちなら通れるはずよ』
「それと、作業中にあんたの身体へ触れなくちゃならないかもしれない。その場合も、先に声をかける」
『忙しいときでも?』
「忙しいときほど勝手なことをしやすいからな」
小さな笑い声が聞こえた。
楽しくて笑ったのではない。理解できないものを見たときの、乾いた笑いだった。
『四百年前に、あなたみたいな修理屋が来てくれていたらよかったのに』
「四百年前の俺は生まれてない」
『知っているわよ。そういうところだけ真面目に返さないで』
「では、作業手順を確認します」
アリアの声が割り込んだ。
「まず、持参した鉄製楔十本を水門北側の基部五か所へ二本ずつ打ち込みます。その後、三本の鎖で破断した開閉板を固定。水圧を分散した状態で、中央駆動部を修復します」
『中央駆動部は直せないわ』
ネフェルが即座に言った。
「理由を提示してください」
『主歯車がないから。百十七年前に来た教会の修理師が持っていったのよ。私の天候核を取り外せなかった腹いせに、水門の部品を抜いていったの』
「腹いせで水門の主歯車を持ち去ったのか?」
ガルドが眉をひそめる。
『彼は違うと言っていたわ。水門を直すには、一度持ち帰って正確な寸法を測る必要があると。でも、その人は二度と戻ってこなかった。だから、たぶん腹いせ。そう思っておいたほうが、待たずに済むでしょう?』
「持ち帰った途中で死んだ可能性もあるんじゃねえか」
『あなた、その人をかばうの?』
「かばってるわけじゃねえ。ただ、百年以上も前のことなら、何があったかわからないだろ」
『わからないから、待ち続けろと言うの?』
「そうは言ってねえよ」
「ガルド」
セラが止めるように名を呼んだが、彼は不満そうに口を結んだ。
ネフェルの言い方も極端だが、ガルドも妙なところで引っかかっている。元勇者パーティーとして教会と行動していた自分まで、一緒に責められている気分になったのかもしれない。
「どちらでも同じだ」
俺は二人の間へ言葉を挟んだ。
「持ち帰った男が戻れなかったのか、戻る気がなかったのかは、今ここで考えても答えが出ない。主歯車がないなら、代わりになる素材を探す」
「必要となる主歯車の推定直径は一・四メートル。素材は神銀を含む耐魔合金です」
アリアの端末から、水門内部の推定図が投影された。
「現在の携行資材だけでは不足しています」
「おい。だったら来る前に言えよ」
「主歯車の欠損は、到着後のネフェルの証言によって判明しました。私は全知ではありません」
「それはわかってるが……ほかに使えそうなものはないのか?」
ガルドが車内を見回す。
鉄の楔。鎖。縄。工具。いずれも水門の仮止めに必要なものばかりで、主歯車へ加工できるほどの神銀はない。
俺は救難走車から降り、右前の導力輪へ手を置いた。
偽聖剣の刀身を使って復元した、青銀色の輪だった。
「これなら、素材も大きさも近い」
「待て」
ガルドが慌てて降りてきた。
「それを外したら、帰れなくなるだろ」
「歩けば帰れる」
「来るときに徒歩で二日って言われたのを忘れたのか? 帰りは大雨のあとだぞ。道だって残ってるかわからねえ」
「水門が壊れれば、この走車に乗っていても逃げ切れない。直せれば、急いで帰る必要はなくなる」
「そういう理屈を聞いてるんじゃねえよ」
ガルドは苛立ったように導力輪を叩いた。
「アギスと約束しただろ。助けられなくても帰るって。行きの車輪を水門に突っ込んで、帰りは歩けばいいなんて、あいつが納得すると思うか?」
「しないだろうな」
「だったら——」
「でも、ほかに使える素材がない」
「すぐに諦めるな。周りを探せば、昔の部品が残ってるかもしれねえだろ。主歯車そのものだって、どこかに——」
「百十七年前に持ち去られたんだ。今から探している時間はない」
「だからって、帰る手段から壊す奴があるか!」
ガルドの声が、谷へ響いた。
言いたいことはわかる。俺だって、帰り道を失いたいわけではない。
「ガルドはどうしたい?」
「そんなの、別の部品を見つけて水門を直して、走車で全員帰りたいに決まってるだろ」
「それが無理な場合の話だ」
「無理かどうか、まだ決まってねえ!」
「残り時間は決まってる」
「だったら俺が探す! お前たちは先に楔を打て。三十分探して何もなかったら、そのとき改めて考えればいい!」
「三十分を無駄にしたら、また間に合わなくなるかもしれない」
「また人数の計算か?」
「そうじゃない!」
思わず声を荒らげた。
「俺だって全員で帰りたい! でも、欲しい結果を全部並べて、それ以外は認めないと言っても、壊れたものは直らないんだよ!」
「なら最初から、俺にどうしたいかなんて聞くな! 結局、お前の中では答えが決まってるんだろ!」
言い返せなかった。
話し合っているつもりで、俺はガルドを納得させようとしていただけなのかもしれない。車輪を使う以外に方法がないと、自分ではすでに決めている。それなのに一人で決めた責任を負いたくなくて、彼にも同意してほしかったのだ。
「二人とも、もう少し静かに喧嘩をしていただけますか」
セラが走車から降りてきた。
「静かな喧嘩って何だよ」
「少なくとも、互いの声を聞き取れる程度です。今のお二人は、自分の言い分を相手へ投げつけているだけです」
「セラは、どっちが正しいと思う?」
「その聞き方をする時点で、私を味方につけたいだけでしょう」
セラは俺を睨んだ。
怒っている。しかも、珍しく本気で怒っているらしい。
「ラウルは、使えるものをすぐに差し出そうとします。ご自身も含めてです。それを合理的な判断だと説明しますが、実際には、ほかの者が犠牲になるより自分の物を失うほうが気楽なのではありませんか?」
「そんなつもりは——」
「ないと言い切れますか?」
言葉が詰まる。
セラは次に、ガルドへ顔を向けた。
「ガルドも同じです。探すと言いながら、ご自分一人で危険な場所へ行くつもりでしょう。三十分後に戻れなくなれば、ラウルが車輪を使う決断をできなくなると、わかっているはずです」
「……そこまでは考えてねえ」
「なら、なおさら悪いです」
「二人とも、わたしを直さないという話はどこへ行ったの?」
端末から、ネフェルの呆れた声がした。
『来た途端に仲間割れを始めるなんて、やっぱり助けを求める相手を間違えたかしら』
「普段から、こんな感じです」
セラが答える。
『大変ね、あなたも』
「お気遣いありがとうございます。ただし、私は自分の意思でラウルと共にいます」
『自分の意思、ね』
ネフェルの声に、引っかかるものがあった。
『あなたは聖剣なのでしょう? 剣なのに、人間を守ることを自分で選んだと思っているの?』
「選んでいます」
『持ち主に選ばされたのではなく?』
セラの表情が変わった。
「ラウルは私の持ち主ではありません」
『でも、彼のために戦い、彼が行く場所へついていき、彼が危険なら自分が傷つく。人間がそれを忠誠と呼べば、自由になるの?』
「何がおっしゃりたいのですか」
『私も最初は、自分で選んだと思っていたわ』
ネフェルの声から、先ほどまでの皮肉が消えていた。
『水門が壊れたとき、下流には逃げ遅れた人が大勢いた。たった七日でいいと言われたの。新しい水門を作るまで、私の弦で水を支えてほしいと頼まれた。私は自分で引き受けたわ。助けを求められて、嬉しかったから』
雨の中、巨大な水の壁が揺らめいている。
『七日が過ぎたら、今度はあと一月と言われた。一月後には、冬が終わるまで。春には戦が始まって、人手がないと言われた。そのうち、私を水門から外そうとする人はいなくなった。私が水を支えている状態が、最初からそうだったみたいに扱われるようになった』
「それと、私たちは違います」
『そうでしょうね。みんな、最初はそう言うのよ』
セラが一歩踏み出した。
「あなたが何を経験したのか、私はすべてを知りません。ですが、ご自分の過去を私へ重ね、私の選択まで偽物だと決めないでください」
『怒ったの?』
「怒っています」
『どうして? 本当に自分で選んでいるなら、私が何を言っても気にならないでしょう』
「気になります。自分で選んだものだからです」
セラは胸元へ手を当てた。
「私はかつて、声と記憶を封じられ、契約を強制されていました。ですから、命令と選択の違いくらい理解しています。ラウルと共にいるのは、私が選んだことです。ただ……その選択が、依存ではないかと迷うことはあります」
「セラ?」
「黙っていてください。今は私とネフェルの話です」
「はい」
俺が素直に引き下がると、ガルドが横を向いて笑いをこらえた。後で覚えておこう。
「自由とは、誰にも頼らず一人でいることではないと思います。私はラウルを必要としています。ラウルにも私を必要としてほしい。それを不自由だと言われるなら、私は不自由でも構いません。ただし、嫌になったときに離れる権利は、誰にも渡しません」
長い沈黙のあと、ネフェルが囁くように尋ねた。
『嫌になったら、本当に離れられる?』
「離れます。ラウルが泣いて縋っても」
「そこまで情けない別れ方をする前提なのか?」
「黙っていてください」
「はい」
『……そう』
ネフェルの返事は、どこか寂しそうだった。
だが、次の瞬間、水門から甲高い音が響いた。
亀裂の入っていた一本の弦が、弾けるように切れた。
「ネフェル!」
『近づかないで!』
二本になった弦が激しく震える。
水の壁が一気に前へ傾き、砕けた水門を越えて大量の濁流が噴き出した。谷底を走っていた古い整備路が、瞬く間に水へ呑み込まれていく。
「水圧が急激に上昇。残存する二本の弦へ、耐久限界の百四十二パーセントに相当する負荷が発生しています」
「時間は?」
「同じ状態が継続した場合、次の一本が切れるまで推定一時間三十分。ただし、誤差が大きく、数分以内に切断する可能性もあります」
「探してる時間はなくなったな」
ガルドが濡れた顔を手で拭った。
彼は救難走車の導力輪を見つめたあと、大きく息を吐く。
「使おう」
「いいのか?」
「よくねえよ。歩いて帰るのも嫌だし、アギスに殴られるのも嫌だ。でも、ほかにないなら使う」
「さっき俺が同意を求めたことに、腹を立ててたんじゃないのか?」
「同意を求められたことじゃねえ。決めたあとで、俺に選ばせたような顔をされたことに腹が立ったんだ。今度は俺も自分で決めた。だから、あとで『ガルドも賛成した』なんて逃げるなよ」
「ああ。車輪を使うと決めたのは俺だ」
「俺は、その決断についていくと決めた。帰り道で文句は言うけどな」
「言うのかよ」
「二日歩くんだぞ。言わないほうがおかしいだろ」
俺たちは車体を持ち上げ、右前の導力輪を取り外した。
青銀色の輪を荷台へ載せると、ガルドが固定用の縄を締める。その横で、アリアが淡々と告げた。
「右前輪の喪失により、カリオン三号は走行不能となりました」
「お前まで念を押さなくていい」
「事実を記録しただけです」
「アリア」
「はい」
「怖いか?」
少しの沈黙があった。
「……帰還手段の喪失を、怖いと感じます。それでも、水門修復へ転用する判断を支持します」
「ありがとう」
「ただし、帰還後はカリオン三号を必ず再修復してください。この機体には、まだ救助可能な者がいます」
取り外した導力輪へ触れる。
カリオンの古い記憶が、指先から伝わってきた。
炎の街から避難民を運び、最後の一人を乗せるために壊れた車。その車輪は今度もまた、誰かを助けるために車体を離れようとしている。
「わかってる。また走れるようにする」
俺たちは資材を背負い、北側斜面の整備路を下った。
雨で石段は滑りやすくなり、足を踏み外せば濁流まで一直線だった。ガルドが鎖を二巻き、俺とセラが残りの資材を分けて運ぶ。
ネフェルへ近づくにつれて、弦の音が身体の奥まで響くようになった。
音楽とは呼べなかった。
二本の弦が奏でているのは、水の重みと、折れそうな身体の悲鳴だった。
一つ目の基部へ鉄の楔を打ち込み、鎖を通す。ガルドが鎚を振るうたび、水門全体から軋む音が返ってくる。
「次は、どこだ?」
『そこから九歩南。崩れた柱の下に、固定環があるわ』
「見えねえぞ」
『四百年も掃除をしていないもの。当たり前でしょう』
「お前が掃除してなかったみたいな言い方だな」
『手が空いていれば、やったわよ』
「悪かった」
ガルドが泥を掻き出すと、錆びた固定環が姿を現した。俺が形を戻し、二組目の楔を打つ。
五か所の基部を固定し終えた頃には、水は俺たちの膝まで達していた。
「残り二本の鎖を開閉板へ回します。先端部までの距離は二十三メートルです」
「この流れの中を行くのか?」
「ほかに経路はありません」
「言うと思ったよ」
ガルドが一本目の鎖を自分の腰へ巻きつけた。
「俺が行く」
「私が行きます」
セラが前へ出る。
「お前は軽すぎる。流れに足を取られたら、そのまま持っていかれるぞ」
「ガルドよりは、流れを読むことができます」
「剣が水の流れを読むのか?」
「少なくとも、大きな身体で耐えればよいと考えている方よりは」
「二人で行け」
俺が鎖の反対側を固定環へ繋いだ。
「どちらかが足を取られたら、もう一人が支える。無理ならすぐ戻れ」
「ラウルは?」
「中央駆動部を見る。導力輪を使えるか確認する」
『待って』
ネフェルの声がした。
『中央へ行くなら、私のすぐ下を通ることになる』
「ああ」
『触らないで』
「わかってる」
『本当に? あなたは修理屋でしょう。壊れたものを見れば、直したくなるんじゃないの?』
「直したいよ」
正直に答えた。
「今も、あんたの弦がどこから切れて、身体のどこへ負担がかかっているのか見たいと思ってる。でも、直せることと、直していいことは別だ」
『……それなら、来て』
俺は腰へ縄を結び、水門中央へ進んだ。
近くで見るネフェルの身体は、想像していた以上に傷んでいた。青緑色の髪は濡れて肌へ張りつき、腕から肩へ伸びる金属部分には、無数の亀裂が走っている。背後の竪琴状の骨組みは、錆びた拘束具で水門へ固定されていた。
彼女自身の部品と、後から取りつけられた部品が入り混じっている。
「ネフェル。その左側の枠へ触れてもいいか?」
『何をするの?』
「水門との接続部分を調べる。あんたの身体には触れない」
『……枠だけなら』
許可を得てから、金属枠へ手を添えた。
流れ込んできた記憶に、思わず息を止める。
ネフェルは最初から水門だったわけではない。
移動城塞フェルムの高い塔で、美しい旋律を奏でている。彼女の音に合わせて雲が分かれ、避難民が進む道から嵐が逸れていく。
彼女は天候を支配する兵器ではなかった。
雨や風の流れを読み、城塞が安全に進める道を作るための、航路調律神器だった。
次の記憶では、彼女は壊れた水門へ運ばれていた。
『七日だけお願いします』
頭を下げる人々へ、ネフェルは笑って答えた。
『いいわ。雨が止んで、水が引くまでね』
その背中へ仮設の固定枠が打ち込まれる。
七日だけのはずだった枠へ、後から何重もの拘束具が追加された。逃げられないように。役目を拒めないように。弦が切れても、自分で身体を外せないように。
これが、彼女の原型ではない。
「ネフェル」
『何?』
「あんたを水門へ繋いでいる枠は、後から取りつけられたものだ。あんたの本来の原型じゃない」
『そんなこと、知っているわ』
「俺の《原型復元》で戻すなら、水門だった頃の姿にはならない。フェルムで天候を読んでいた頃の、あんた自身の姿に戻せる可能性がある」
ネフェルの顔から、表情が消えた。
『嘘』
「嘘じゃない」
『やめて』
「ネフェル?」
『希望を持たせないで!』
二本の弦が激しく鳴った。
水の壁が揺れ、頭上から大量の水が降り注ぐ。俺は固定枠へ掴まり、どうにか流されずに耐えた。
『前の修理師も言ったわ。自由にしてやるって。元の美しい姿へ戻してやるって。だから私、信じたの。胸を開くことを許した。そしたら、あの人が欲しかったのは天候核だけだった!』
「俺は核を取らない」
『今はそう言うでしょうね!』
「だったら信じなくていい!」
俺も声を張り上げた。
「今すぐ決めなくていい。水門を直したあと、俺が何をする人間なのか見てから決めろ。それでも嫌なら、俺はあんたを直さない」
『直さなければ、私は壊れるわ』
「ああ」
『それでも放っておくの?』
「放ってはおかない。直していいと言われるまで、壊れない方法を探す」
『そんな都合のいい方法があると思う?』
「ないかもしれない。でも、あんたに黙って直すよりは探す価値がある」
ネフェルは俺を見つめた。
疑いと怒りの奥に、ほんの少しだけ、期待が浮かんでいる。
彼女はその期待を恥じるように目を逸らした。
『……先に、水門を直して』
「ああ。そのために来た」
中央駆動部の蓋を開く。
主歯車が抜かれた空洞へ、カリオンの導力輪を当てた。直径は近いが、厚みも歯の形も違う。このままでは噛み合わない。
ヘスティアから預かった火種を取り出す。
小さな赤い火は、俺の掌の上で目を覚ますように揺れた。
「腹が減ってるところ悪い。もう一仕事頼む」
火種を導力輪へ近づけると、青銀色の金属が内側から赤く輝き始めた。
失われた主歯車の痕跡を読み、形を重ねる。
「——《原型復元》」
導力輪の外環がゆっくりと変形し、水門の記憶に残された歯車へ近づいていく。
だが、半分まで形を変えたところで、復元が止まった。
「素材が足りない……?」
「ラウル!」
離れた場所から、セラが叫んだ。
彼女とガルドは開閉板まで到達し、一本目の鎖を回していた。その足元で石床が崩れ、ガルドの身体が大きく傾く。
「この野郎!」
ガルドが鎖へしがみつき、濁流へ片脚を取られる。セラが彼の腕を掴んだが、二人まとめて引きずられ始めた。
『弦が、もうもたない!』
ネフェルの悲鳴が重なる。
二本のうち、一本が中央からほつれ始めていた。
「アリア! 主歯車を完成させるのに、あとどれくらい必要だ!」
「神銀換算で一・一キロ不足しています!」
「持ってきた神銀は全部使ったぞ!」
「周辺に代替可能な素材反応があります」
「どこだ!」
答えを聞くより早く、アリアの端末から赤い光が伸びた。
光が示したのは、ネフェルの胸だった。
正確には、その胸の奥に埋め込まれた天候核を囲う神銀の保護環。
「当該部品を使用すれば、主歯車を完成できます」
『やっぱり』
ネフェルが、ひどく静かな声で呟いた。
『結局、私の核が欲しかったのね』
「違う!」
「しかし、ほかに適合する素材はありません。残存する弦の切断予測まで二分四十秒。判断してください」
水門を直すためには、ネフェルの胸を開き、核を守る部品を取らなければならない。
だが、それをすれば、百十七年前の教会の修理師と同じになる。
濁流の中では、ガルドとセラが必死に鎖を支えている。一本目の鎖さえ、まだ固定し終えていない。
残された弦は二本。
そのうち一本が、今にも切れようとしている。
『取りなさいよ』
ネフェルが俺を睨んだ。
『千人を助けるためなら、私一人くらい壊しても仕方がないでしょう?』
「ネフェル……」
『ほら、修理屋。今度はあなたが選ぶ番よ』




