第16話 教会に「神器を返せ」と命じられたので、神器本人たちに答えてもらいました
教会との交渉は、北門を挟んで行われることになった。
村の中へ入れるつもりはないとハンネが言い張り、クレメンスも村人の側へ歩み寄ろうとしなかった結果だ。
門の内側には、村の集会所から運んできた古い長机。外側には、教会騎士が用意した白布付きの立派な机が置かれている。
「なんだか、こちらだけ貧乏に見えますね」
俺が呟くと、バルドが長机の傷を撫でた。
「見えるんじゃない。実際に貧乏なんだ」
「せめて交渉前くらい、否定してください」
「だが、こっちの机のほうが長持ちするぞ。脚の継ぎ方がいい。向こうの机は見栄えを優先して、板を薄く削りすぎだ」
「職人同士の会話は終わったかい?」
椅子に座っていたハンネが、杖で机の脚を叩いた。
「向こうが待ちくたびれて帰ってくれるなら、あと一時間くらい机の話をしてもいいですよ」
「残念ながら、待たされるのは慣れております」
門の外に座るクレメンスが、穏やかな笑みを浮かべた。
「道を誤った者が、自分から正しい答えへ辿り着くまで待つ。それも教会の慈悲ですから」
「人の村を杭で囲んでおいて、よく慈悲なんて言葉が出てくるね」
「封界杭は神器の汚染が拡大することを防ぐための措置です。皆様が適切な判断を下されれば、一度も起動せず撤去いたします」
「刃物を首へ当ててから、言うことを聞けば刺さないと説得するのは、交渉とは呼ばないよ」
「我々は刃物など向けておりません」
「言葉の例えまで分からない人間が、よく監察官をやっていられるね」
クレメンスの笑顔が、ほんの少し硬くなった。
彼の後ろには二十人ほどの教会騎士が並んでいる。残りは村を囲む封界杭のそばに配置されていた。
勇者ユリウスの姿はない。
マリエルとヴァレッタも天幕に残っているらしく、交渉の場へ来た勇者パーティーの一員はガルドだけだった。
昨夜のうちにラディアへ戻った彼は、ほとんど眠っていないのだろう。目の下に濃い隈ができていた。
「ユリウスはどうしたんです?」
小声で尋ねると、ガルドはクレメンスへ聞こえないよう声を落とした。
「部屋から出ようとしない。右手の紋章を鏡で見て、それから偽聖剣の柄を握ったまま、朝まで座っていた。声をかけると怒鳴るくせに、一人にすると物を壊す」
「放っておいて大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃない。だが、マリエルが見ている。ヴァレッタも、口では面倒だと言いながら残った。俺はこっちで、クレメンスが何を言うか見届ける」
「ガルド殿」
クレメンスに呼ばれ、ガルドは口を閉じた。
「私語は慎んでいただけますか。勇者一行の一員が、異端者と親しげに会話している様子を、騎士たちに見せるべきではありません」
「異端者と決まったのか?」
「調査を拒めば、そう判断せざるを得ないでしょう」
「つまり、お前たちの言うとおりにしなければ異端か。便利な調査だな」
「あなたも、昨夜から随分とラウルに影響されているようですね」
「俺は、昨日まで考えなさすぎただけだ」
クレメンスはそれ以上相手をせず、隣にいる書記官へ合図した。
羊皮紙が広げられる。
「それでは、聖務院より提示する条件をご説明いたします」
「条件ではなく、要求だろう」
ハンネが口を挟む。
「呼び方については、最後まで聞いたあとでご判断ください」
「呼び方くらい、最初に判断させな」
書記官は困ったようにクレメンスを見たが、監察官は続けろと目で命じた。
「第一に、フェルム村が保有する神造神器三体――聖剣セラフィナ、神盾アギス、神造炉ヘスティアを、損傷のない状態で聖務院へ返還すること」
「保有していません」
俺が言うと、書記官の朗読が止まった。
「ここにいる三人は、それぞれの意思で暮らしています。俺や村が所有しているわけではありません」
「神器に所有権は認められていないと、昨日も説明したはずです」
「神器の所有権ではなく、自分自身をどこへ置くかという意思の話です」
「道具に意思はありません」
「これだけ喋ってるのに?」
「禁術によって、人間の反応を模倣しているだけです」
「では、わたくしの発言を恐れる必要もありませんね」
セラが一歩前へ出た。
「今から、国中へ届くよう告知鏡で話してもよろしいでしょうか。意思のない道具の真似事なら、誰が聞いても問題はないはずです」
「許可できません」
「なぜです?」
「人々へ不要な混乱を与えるからです」
「わたくしに意思がないと断言する一方で、わたくしの言葉が人々を動かすことは恐れるのですね」
「聖剣セラフィナ。あなたは損傷により、正常な判断ができない状態にあります。教会へ戻れば、適切な修復と浄化を受けられるのです」
「その修復とは、再びわたくしの声を封じることですか?」
「不要な機能を停止させるだけです」
セラの顔から表情が消えた。
「わたくしにとって、声は不要な機能ではありません」
「剣の役割は、敵を斬ることです」
「いいえ。わたくしの役割は、わたくしが選びます」
「あなたは聖務院によって管理される神器です」
「管理されていた結果、折れました」
クレメンスは何も言い返さなかった。
代わりに書記官へ視線を向け、条件の続きを読ませる。
「第二に、異端修理師ラウルは、自発的に聖務院へ出頭し、禁術使用の有無について調査を受けること。調査期間中の身柄は教会が保護する」
「その調査は、どのくらいかかるんです?」
「疑いが晴れるまでです」
「一日ですか。一年ですか」
「それは調査の進展によります」
「俺が禁術を使っていないと、教会が認める可能性はありますか?」
「あなたが全面的に協力すれば」
「可能性があるかと聞いています」
「あります」
「では、過去に神器の窃盗容疑をかけられ、無罪になった人間は何人いますか?」
クレメンスは答えなかった。
俺は、自分がかなり腹を立てているのだと気づいた。
以前なら、ここまで食い下がらなかった。どうせ何を言っても無駄だと考え、自分だけで諦めていただろう。
「回答をお願いします」
「個別の審理記録を、今ここで開示する義務はありません」
「無罪になった人が一人でもいれば、人数くらい答えられるでしょう」
「ラウル。あなたのその態度が、話し合いを難しくしているのですよ」
「答えない人間より、聞く人間が悪いということですか」
「あなたは言葉尻ばかりを捉えている」
「俺の人生がかかっているんです。言葉尻まで確認しますよ」
門の内側に集まった村人たちの間から、小さな同意の声が漏れた。
書記官が気まずそうに羊皮紙へ目を落とす。
「第三に、フェルム村の住民は、神器から発せられた精神干渉の影響下にあったことを認め、今後、教会の指導へ従うと誓約すること。以上三点を受け入れた場合、聖務院は村の住民に対し、寛大な措置を――」
「また寛大な措置かい」
ハンネが手を差し出した。
「その紙を見せな」
書記官はためらったが、クレメンスに促されて羊皮紙を渡した。
ハンネは目を細め、時間をかけて内容を読む。
「村への処罰を行わないとは、どこにも書かれていないね」
「寛大な措置に含まれています」
「どの処罰をどれだけ軽くするかも書いていない。商人の出入りを認めるとも、病人が治療院を利用できるとも、封界杭を撤去するとも書いていないじゃないか」
「条件が履行されれば、当然――」
「当然なら、書きな。『神器とラウルを引き渡したあとは、村民を一切処罰せず、交易、移動、治療を制限しない』とね」
「今後、村で新たな違法行為が確認される可能性もあります。将来にわたる無条件の保証はできません」
「ほら、やっぱり何か見つけるつもりじゃないか」
農夫のデニスが、村人たちの中から声を上げた。
クレメンスが彼へ顔を向ける。
「あなたは、昨日の集会でも神器の引き渡しを求めていた方ですね」
「どうして知っている?」
「教会には、正しい判断をしようとする方々から情報が寄せられます」
村人たちが互いの顔を見た。
村の中に、教会へ集会の内容を伝えた者がいる。
不安と疑いが、一気に広がった。
「今、犯人探しをするんじゃないよ」
ハンネがすぐに釘を刺す。
「怖くなって教会へ話した者がいるなら、あとで名乗ればいい。今ここで互いを疑い始めたら、向こうの思うつぼだ」
デニスはクレメンスへ近づいた。
「俺は今も怖い。正直に言えば、神器たちに出ていってもらったほうが楽になるんじゃないかと、まだ考えている」
「でしたら、村の皆様を説得してください。あなたの勇気ある行動によって、ご家族も救われます」
「だから、そういう言い方をするな」
デニスは苛立った顔で羊皮紙を指差した。
「この紙には、俺の子供が薬を買えるようになるとは書いてない。村が助かるとも書いてない。あんたたちの言うことを聞いたあとで、まだ汚染が残ってるとか、ラウルに協力した罪があるとか、いくらでも理由をつけられる」
「教会を信用できないと?」
「できるように書いてくれと言ってるんだ。俺は怖がりだが、字が読めないわけじゃない」
「あなたの疑いも、神器による精神干渉の影響かもしれません」
「俺があんたを疑えば、それも神器のせいなのか?」
「その可能性があります」
「じゃあ、何を話し合うんだよ。賛成すれば正気で、反対すれば操られている。最初から、俺たちの答えなんか聞く気がないじゃないか」
デニスは村人たちの側へ戻った。
「俺は、神器を守るために命を懸けるとは約束できん。でも、この紙には署名しない。俺たちを助ける約束じゃないからだ」
すぐに大きな拍手が起きたわけではない。
デニスに同意する者もいれば、不満そうな者もいた。それでも、誰かが声を上げたから全員が同じ方向へ流されるような空気ではなかった。
迷いながら、それぞれが自分の答えを持とうとしている。
ハンネは羊皮紙を机へ戻した。
「村として、この条件には署名しないよ」
「神器の意向を、まだ確認しておりません」
クレメンスが言った。
ハンネは眉を上げる。
「道具に意思はないんじゃなかったのかい?」
「あなた方の納得のためです。本人へ尋ねた形を取れば、これ以上の無用な抵抗もなくなるでしょう」
「本人ではなく道具だと言ったり、都合のよいときだけ本人扱いしたり、忙しい男だね」
俺はセラたちを見た。
「三人とも、自分で答えてくれ」
最初に前へ出たのはセラだった。
「わたくしは、聖剣セラフィナ。教会の管理下へ戻ることを拒否します」
「戻れば再び、勇者ユリウスの聖剣として歴史に名を残せます」
「名を残すために、声を失うつもりはありません」
「あなたが戻らなければ、勇者の力が失われ、魔王軍によって多くの命が奪われるかもしれない」
「世界の全てを、わたくし一振りへ背負わせないでください。守るべきものがあるなら、人間も神器も互いに相談し、力を合わせるべきです」
「勇者を見捨てるのですか?」
「戻らないと告げることと、見捨てることは違います。わたくしは、彼がご自分の足で立つことを願っています」
次に、アギスが門の中央へ立った。
「アタシも断る」
「あなたは旧王国の守護神器です。本来であれば、王都の城壁を守るべき存在でしょう」
「その旧王国が滅びたとき、アタシを瓦礫の下へ放置したのは誰だ?」
「戦乱の中で所在が分からなくなっただけです」
「教会の神官が、アタシの紋章を削って村の壁に埋め込んだ記憶が残ってるぞ。民を守る力だけ使い、神器としての名前は消した。所在不明とは便利な言葉だな」
「過去の担当者が行ったことであり、現在の聖務院とは関係ありません」
「都合のよい過去は伝統として受け継ぎ、都合の悪い過去は昔の担当者の責任か。何百年経っても、人間の組織ってのは変わらんな」
アギスは村の壁を指差した。
「アタシは、ここを守ると決めた。王城でも教会でもなく、子供が泥だらけで走り回って、婆さんが不味い飯を作る、この村をな」
「一言多いよ」
ハンネが睨む。
「褒めてるんだ」
「褒め方を覚え直しな」
最後に、ヘスティアが前へ出た。
昨日までなら、ハンネかバルドの後ろへ隠れていただろう。今日は鍋を胸の前で抱き、一人で門の中央まで歩いた。
クレメンスは、彼女にだけ声を柔らかくした。
「ヘスティア。長い封印で怖い思いをしたのでしょう。ですが、あれはあなたを罰するためではありません。制御できない力から、あなた自身を守るための処置だったのです」
「嘘」
「あなたは記憶が混乱しているのです。教会へ戻れば、新しい工房を与えます。最高級の石炭も、望むだけ用意しましょう」
「武器を作れって言う?」
「魔王軍との戦いには、神器の助けが必要です。武器ではなく、人々を守るための聖なる道具だと考えてください」
「剣と槍を作るの?」
「必要に応じて」
「それを武器って言うんだよ」
ヘスティアは鍋を抱く腕へ力を込めた。
「わたし、昨日、自分から戻ろうとした」
「それは素晴らしい判断です。今からでも遅くありません」
「でも、戻りたかったんじゃない。わたしを渡せば村を助けるって書いてあったから、怖くて行こうとした。ラウルに、それは選んだことにならないって言われた」
「ラウルの言葉に惑わされているのです」
「違う。ラウルは、戻りたいなら止めないって言った。そのあとで、本当はどうしたいって聞いた」
ヘスティアはクレメンスの目を真っ直ぐ見た。
「教会の人は、一度も聞かなかったよね。武器を作りたいかも、箱から出たいかも、痛くないかも、何も聞かなかった」
「神器の用途を、神器自身が決めることはできません」
「じゃあ、どうして今、わたしを説得してるの?」
クレメンスが黙った。
「わたしに心がないなら、説明しなくていいよね。荷物みたいに運べばいい。でも、わたしが嫌って言って、抵抗するのを知ってるから、戻れって話してるんでしょう?」
「それは――」
「わたしは戻らない」
ヘスティアの声は震えていた。
それでも、言い直す必要がないほどはっきりしていた。
「武器も作らない。ここで鍋を直す。石炭は安いのでいい。最高級の石炭は、匂いが気取ってるから嫌い」
「石炭に気取った匂いなんてあるのか?」
バルドが小声で尋ねる。
「あるよ。バルドにはまだ分からない」
「神造炉に職人としての格付けをされた……」
「落ち込むのはあとにしてください」
三人の答えが揃った。
クレメンスは目を閉じ、残念そうに首を横へ振る。
「皆様が、正常な判断を下せない状態にあることは理解しました」
「正常な判断を下した場合、どんな答えになるんです?」
俺が尋ねる。
「教会へ戻るという答えです」
「なら、最初から聞く必要はなかったでしょう」
「これは最後の確認でした」
クレメンスは椅子から立ち上がった。
「フェルム村は、盗難神器の返還を拒否し、異端修理師を匿う道を選んだ。これより汚染拡大を防ぐため、保護措置を実行します」
「待て」
ガルドがクレメンスの腕を掴んだ。
「杭を起動すれば、村人まで魔力を奪われる。病人が倒れる可能性もあると、神官たちは言っていた」
「そのような事実はありません」
「俺は聞いた!」
「勇者パーティーの一員が、教会の正式な決定を妨害するのですか?」
「正式なら、何をしても正しいのか?」
「手を離しなさい、ガルド殿」
「嫌だと言ったら?」
教会騎士たちが一斉に剣の柄へ手をかける。
その中には、ガルドと顔見知りの者もいるのだろう。何人かは気まずそうに目を逸らしていた。
「やめろ、ガルド!」
騎士の一人が声を上げる。
「俺たちだって村人を傷つけたいわけじゃない。神器を渡せば済む話なんだ!」
「渡したくないと、今本人たちが言っただろう!」
「あれは神器だ。人間じゃない!」
「人間じゃなければ、嫌がる相手を連れていっていいのか!」
クレメンスが杖を地面へ突いた。
金色の光が走り、ガルドの身体を弾き飛ばす。
「ガルド!」
俺が門を越えようとすると、アギスに肩を掴まれた。
「行くな。起動するぞ!」
村を囲む十二本の封界杭が、一斉に黒い光を放った。
地面の下を魔力が走り、杭と杭の間を繋いでいく。
「全員、杭から離れろ!」
アギスが巨大な盾の姿へ変わり、北門を塞ぐ。
直後、目に見えない壁が村を包んだ。
空気が一瞬で重くなる。
肺へ入ってくるはずの息が、喉の途中で引っかかる。立っていた村人たちが、次々と膝をついた。
セラの銀髪から光が抜け落ち、身体が半透明になる。
「ラウル……身体を、保てません」
「無理に人の姿でいなくていい!」
セラは光となり、聖剣の姿へ戻った。俺が受け止めた刀身は、氷のように冷たかった。
ヘスティアも頭を押さえ、その場へしゃがみ込む。
「嫌……暗い。箱と同じ。力が外へ出ていく……」
バルドが彼女を抱き上げようとしたが、片腕では支えきれない。俺がセラを腰へ差し、二人を手伝う。
「大丈夫だ。ここは箱じゃない」
「同じだよ! 村ごと、大きな箱にされた!」
門の外では、ガルドが地面へ押さえつけられていた。
「クレメンス! 止めろ!」
「交渉を拒んだのは彼らです」
「こんなものは交渉じゃない!」
「日没まで猶予を与えます」
クレメンスの声が、黒い壁の向こうから響く。
「それまでに神器三体とラウルの身柄を引き渡せば、封界杭を停止しましょう。拒否した場合は、住民の安全を確保するため、教会騎士が村へ入ります」
「安全を確保するために、全員を苦しめてるのかい!」
ハンネが杖を支えに立ち上がろうとする。
「ハンネさん、無理をしないでください」
「無理でも立つんだよ。あいつに、年寄り一人倒せたくらいで勝った顔をさせたくない」
「意地を張って倒れたら、こっちの仕事が増えます」
「だったら、倒れる前に支えな」
「もう支えてます」
「そうかい。なら、もう少し腰の辺りを持ちな。そこだと脇腹が痛い」
こんなときでも注文が多い。
教会騎士たちがガルドを引きずり、天幕のほうへ連れていく。
クレメンスも北門から離れた。
黒い壁だけが残った。
「ラウル」
盾の姿になったアギスの声が、頭の中へ響く。
『このままでは、日没を待たずに人の姿を保てなくなる。アタシたちが器物へ戻れば、次は村人の魔力が吸われるぞ』
「分かってる」
『何か方法はあるか?』
俺は答えず、地面へ手をついた。
十二本の杭から、教会の命令が流れ込んでくる。
『奪え。閉じ込めろ。従わせろ』
しかし、その奥では、本来の声が叫び続けていた。
『分かち合え。逃げる者を守れ。弱い者へ力を渡せ』
二つの声が、互いを削り合っている。
教会は、杭そのものを作り替えたわけではない。
本来の術式の向きを逆にし、力を与える道具を、力を奪う道具として使っているだけだ。
「ラウル、どうするんだ?」
バルドが尋ねる。
俺は村を囲む黒い壁を見上げた。
「壊しません」
「この結界をか?」
「はい。壊せば、杭の中に蓄えられた魔力が村へ流れ込みます。今の状態で一気に戻れば、家も人も吹き飛ぶ」
「では、どうする」
「修理します」
教会が役目を歪めたというのなら、本来の形へ戻せばいい。
問題は、十二本全ての構造を理解し、日没までに修復しなければならないことだった。
そのとき、俺の手のひらの下で、最も近い杭が微かに震えた。
『原型へ――戻してくれ』
それは、助けを求める道具の声だった。




