第15話 勇者パーティーの大剣使いが、壊れた偽聖剣を持って謝りに来ました
日が沈んでも、教会騎士たちは作業をやめなかった。
村を囲むように天幕を張り、一定の間隔を空けて封界杭を打ち込んでいる。杭を地面へ叩き込む音は、腹に響くほど重かった。
一本打たれるたび、俺の耳には二つの声が届く。
『逃がすな。閉じ込めろ。力を奪え』
表面へ刻まれた、教会の命令。
その奥には、今にも消えそうな古い声が残っていた。
『逃げる者を守れ。力を分かち、命を繋げ』
どうして一つの道具に、正反対の役割が刻まれているのか。
詳しく調べたいところだが、杭は村の外側へ設置され、周囲には教会騎士が立っている。近づけば、妨害行為として捕らえられるだろう。
「北に三本、東に四本。南側でも作業が始まった」
村の見張り台から戻ってきたアギスが、地面へ簡単な地図を描く。
「西側だけは森と崖があるせいで、まだ一本も打たれていない。ただし朝までには、そっちも囲むつもりだろうな」
「全部で何本くらい必要なんだ?」
「荷車に積まれていた数を考えれば、十二本。神器三体の力を押さえるだけなら、八本でも足りる。残りは村人が境界を越えられないようにするためだろう」
「神器だけでなく、人間まで閉じ込められるのですか?」
セラが尋ねる。
「足で越えることはできるかもしれん。しかし、境界を通った瞬間に魔力を吸われる。子供や年寄りには危険だ」
「保護区域とは、よく言ったものだね」
ハンネが吐き捨てた。
「檻を作っておいて、あんたたちの安全のためだと言う。押し売りよりたちが悪いよ。押し売りなら、せいぜい鍋や布を置いていくだけだからね」
「ハンネさんが鍋を売りつけられたら、村の安全性は上がるかもしれません」
「どういう意味だい、ラウル」
「料理の選択肢が増えるという意味です」
「今、一瞬だけ死を覚悟して言いましたね」
セラの指摘どおりだった。
ハンネは杖を振り上げかけたものの、村の西側から響いた馬の嘶きに動きを止めた。
アギスがすぐに立ち上がる。
「一騎、森を抜けてくる。かなり急いでいるな。馬の足音が乱れてる」
「教会の使者か?」
「いや、この重い鎧の音は知っている」
アギスは不愉快そうに顔をしかめた。
「勇者パーティーの大剣使いだ」
◇
ガルドは、馬から降りると同時に地面へ片膝をついた。
本人が負傷しているわけではない。馬を急がせすぎたせいで、鞍から降りた途端に足が縺れたらしい。
「水を……先に、馬へやってくれ。俺は井戸水でも泥水でも構わん」
「泥水は腹を壊すぞ」
バルドが呆れながら、馬の手綱を受け取る。
「ラディアから休まず走ってきたのか?」
「教会の本隊が昨日のうちに動いていたと知って、近道を使った。あいつら、聖剣の授与式が成功しても失敗しても、神器の回収を始めるつもりだったんだ」
「つまり、式典は最初から関係なかったのですね」
セラの表情が冷たくなる。
「私たちがどのような意思を示しても、回収することだけは決まっていた」
「そういうことだ」
ガルドは立ち上がり、大きな布包みを背中から下ろした。
彼を村へ入れるかどうかで、門の周囲に集まった村人たちは揉めた。
「罠じゃないのか」
「教会の騎士を呼び込むためかもしれない」
「一人だろうが、勇者の仲間だぞ」
疑われても、ガルドは反論しなかった。
背負っていた大剣を鞘ごと外し、腰の短剣も地面へ置く。アギスに言われる前に、外套の内側から小さな投げナイフまで取り出した。
「まだ持ってるな」
アギスが言った。
「もうない」
「右の長靴だ」
ガルドは気まずそうな顔で、長靴から細身の刃物を抜いた。
「これは果物を切るためのナイフだ」
「人間の形をした果物でも切るのか?」
「野営では便利なんだ。別に隠していたわけじゃない」
「長靴の中に入れておいて、その言い訳は苦しいですね」
俺が言うと、ガルドは不満そうに眉を寄せた。
「勇者パーティーの人間が、何の備えもなく敵地へ入れるか」
「ここは敵地なのかい?」
ハンネが尋ねる。
「……今のは言い方を間違えた」
「勇者一行では、その言葉が流行ってるのかね」
セラが俺を見た。
俺も何度か使った記憶があるので、黙って視線を逸らした。
ひとまず武器を全て預かり、ガルドを工房へ通す。教会側の人間が村にいると知られないよう、馬は西側の納屋へ隠した。
工房へ入るなり、ガルドは布包みを作業台へ載せた。
「ラウル。これを預かってほしい」
布を開く。
中に入っていたのは、壇上で真っ二つに折れた偽聖剣だった。
柄の残った下半分と、魔鋼の柱へぶつかった上半分。さらに、刀身から剥がれた小さな神銀の欠片まで、革袋へ集められている。
ヘスティアが作業台へ駆け寄った。
「どうして持ってきたの?」
「式典のあと、教会は全部溶かすつもりだった。証拠として残せば、最初から亀裂があったと分かるからな」
「盗んだんですか?」
俺が尋ねると、ガルドは少し考えた。
「ヴァレッタが保管庫の鍵を開けた。俺が運び出した。あいつは『私は鍵を閉め忘れただけだから、盗んだのはあなた一人よ』と言っていた」
「共犯になる覚悟はないけれど、手助けはする。実にヴァレッタ様らしいですね」
「それでいて、失敗したら俺の不注意だったことにするつもりだ。あいつは昔から、逃げ道を三つくらい用意しないと動かん」
「マリエルは知っているのか?」
「たぶん気づいている。俺が馬を借りるとき、何も聞かずに治癒薬を持たせてくれた。ただ、戻ってきてほしいとも言われた」
ガルドは自分の大きな両手を見下ろした。
「俺にも、まだ戻る資格があるのか分からんがな」
「戻るつもりなのかい?」
ハンネが鋭く尋ねる。
「今夜中にはラディアへ戻る。ユリウスを一人にすれば、クレメンスの言うことを何でも聞くようになる。マリエルも、あの調子じゃ教会へ逆らえない。俺までいなくなれば、余計に悪くなる」
「それは仲間を見捨てない立派な理由なのか、それとも慣れた場所から離れられないだけなのか、どっちだろうね」
「分からん」
ガルドは正直に答えた。
「たぶん、両方だ。ユリウスには腹が立っている。それでも一緒に旅をした時間まで、全部嘘だったとは思えない。昔のあいつに戻るかもしれないとも考えている。そんな期待をしている時点で、俺もまだ駄目なんだろう」
「期待すること自体は、悪いことではありません」
セラが口を開いた。
「ただし、その期待のために誰かが傷つくことを、仕方がないと考え始めれば、同じことの繰り返しになります」
「ああ。分かってる。いや、分かったつもりになるのはやめたほうがいいな。今度は見て見ぬふりをしないようにする」
ガルドは俺のほうへ身体を向けた。
「それと、ラウル。今さらだとは分かっているが、謝らせてくれ」
「今さらですね」
「……少しくらい前置きをさせろ」
「前置きを長くされると、こっちが許す準備をしているみたいで嫌なんです。言うなら、そのまま言ってください」
ガルドは一度口を閉じ、大きく息を吐いた。
「お前が追放されたとき、俺はユリウスが聖剣を無理に使ったと知っていた。お前が何度も修理を求めたことも知っていた。それなのに黙っていた。ユリウスと揉めるのが面倒だったからだ。それに……お前がいなくなれば、パーティーの報酬を四人で分けられるとも思った」
「ヴァレッタと同じですか」
「途中から違うと気づいた。お前がいなくなった翌日、俺の大剣の柄が緩んだ。直せる奴がいないから、次の町まで布を巻いて使った。そのとき、初めてお前がやっていた仕事の量を考えた」
「俺の価値に気づいた理由が、大剣の柄ですか」
「仕方ないだろ。俺は武器以外のことを考えるのが苦手なんだ」
「そこはもう少し格好のよい理由を作ってもよかったと思います」
「嘘をつかないほうがいいと思ったんだが」
「正直なら何でも気持ちよく聞けるわけじゃありません」
「面倒だな、謝罪って」
「謝られるほうも面倒なんですよ」
自分の中に、いくつもの感情があった。
今になって何を言っているのかという怒り。あのとき一言でも反対してくれればという悔しさ。危険を冒して偽聖剣を運んできたことへの感謝。
そのどれか一つだけを選んで答えることはできなかった。
「俺は、あなたが黙っていたことをまだ許せません」
「ああ」
「でも、今日ここへ来てくれたことには感謝します」
「ああ」
「一度に二つ言われて、返事はそれだけですか?」
「どう答えても間違えそうだからな」
「賢明ですね」
ガルドは、ほんの少しだけ笑った。
今度はセラの前へ立ち、深く頭を下げる。
「セラフィナ。お前にも謝る。いや、これまで剣に謝る必要なんてないと思っていた。人の姿で喋っているのを見たあとでさえ、どこかでラウルに操られていると思おうとしていた。そのほうが、自分のやったことを認めずに済んだからだ」
「わたくしは、まだガルド様を許すことができません」
「分かってる」
「ですが、謝罪は受け取りました。許すかどうかは、時間をいただきます」
「それでいい。謝ったから許せと言い出したら、またハンネ婆さんに叱られそうだ」
「その呼び方をするなら、謝罪の前に一発叩いておこうかね」
「王都では、親しみを込めた呼び方なんだ」
「嘘をつくな」
「……言い方を間違えた」
どうやら本当に流行っているらしい。
◇
ガルドから聞かされた教会の計画は、予想よりも悪かった。
「明日の朝、クレメンスが正式な交渉に来る。条件は、セラフィナ、アギス、ヘスティアの三体を引き渡すこと。それにラウル、お前も教会の調査へ出頭しろと言われる」
「拒んだら?」
「封界杭を起動する。村の中にある魔力を杭へ吸い上げ、神器を人の姿でいられなくする。そのあと騎士を入れ、器物の状態へ戻った神器を回収するつもりだ」
「村人はどうなる」
バルドが尋ねる。
「魔力の少ない人間は、少し身体が重くなる程度だと説明していた」
「教会の説明を信じてるのか?」
「いや。だから来た。設置を指揮していた神官は、住民に病人が出ても数日なら問題ないと言っていた」
「問題があるかどうかを、病人になる本人に聞く気はないんですね」
俺が言うと、ガルドは苦々しく頷いた。
「奴らは、魔王討伐のためなら必要な犠牲だと言う。昨日までの俺なら、それで納得したかもしれん」
「なぜ杭が起動する前に、村を攻めないのでしょう」
セラが尋ねる。
「アギスの力を警戒している。それに、告知鏡で失敗を見られた直後だ。村を力ずくで攻撃したと知られれば、教会を疑う者が増える。最初に慈悲深い条件を出し、拒んだ村が悪いという形を作りたいらしい」
「相変わらず、戦う前から言い訳だけは用意がいいね」
ハンネが吐き捨てた。
俺は作業台に置かれた偽聖剣へ触れ、《原型復元》を使った。
熱。
最初に流れ込んできたのは、息苦しいほどの熱だった。
神銀が炉の中で溶かされ、型へ流し込まれる。まだ内部の熱が抜けないうちに、表面だけを魔術で冷却され、何人もの神官が祝福術式を刻んでいく。
『あと三日は休ませる必要があります』
見知らぬ鍛冶師の声。
『明日の式典に間に合わせろ』
答えたのはクレメンスだった。
『この状態で勇者の魔力を流せば、折れます』
『式典では軽く魔鋼へ当てるだけだ。勇者には力を抑えるよう伝える』
『もし、勇者が力を抑えなかった場合は?』
『そのときは、遠隔魔術による破壊ということにする。どちらにせよ、異端修理師を回収する理由になる』
そこで記憶は途切れた。
俺が手を離すと、指先が小さく震えていた。
「最初から、折れる可能性を知っていた」
「やはり、そうでしたか」
セラが目を伏せる。
「折れなければ勇者の権威を取り戻せる。折れればラウルを罪人にできる。教会にとっては、どちらでもよかったのですね」
「この剣にとっては、どちらでもよくなかった」
ヘスティアが作業台へ両手を置いた。
「中に熱が残ってる。割れたところをくっつけるだけだと、また壊れる。全部温め直して、ゆっくり休ませないと駄目」
「武器は作らないんじゃなかったのか?」
バルドが尋ねる。
「作らない。でも、この子はもう作られた。今は怪我をしてるから、治す」
「直したら、誰かを斬るために使われるかもしれないぞ」
ヘスティアは少し迷った。
「それなら、剣じゃないものにする。鍋とか」
「神銀で鍋を作る気か?」
「すごく長持ちするよ」
「国一つ買える鍋になるな」
「ハンネには使わせないほうがいいですね」
「ラウル。今日は随分と勇気があるね」
「教会騎士に囲まれて感覚が麻痺しているのかもしれません」
実際、冗談を言わなければ息が詰まりそうだった。
俺とバルドは、ヘスティアの指示に従って炉を準備した。
偽聖剣の二つの刀身を、すぐには繋がない。まずは低い温度からゆっくり熱を入れ、内部に残っている歪みを逃がしていく。
ガルドも手伝おうとしたが、小さな金槌を持たせると、指先の力加減ができず、作業台を大きく叩いた。
「お前は向こうで石炭を運べ」
バルドが金槌を取り上げる。
「俺は大剣使いだぞ。金槌くらい扱える」
「大きいものを力任せに振るのと、金属の声を聞きながら叩くのは別の仕事だ」
「石炭袋は軽すぎて持ちにくい」
「職人の工房で力自慢が役に立つと思うな。邪魔にならないのも技術のうちだ」
「俺は謝罪をしに来たのであって、ここまで馬鹿にされるとは聞いていない」
「謝罪のついでに、自分が不器用だと学べたなら得しただろ」
ガルドは不満そうだったが、言われたとおり石炭を運び始めた。
武器を振るう以外の仕事に慣れていないらしく、一度に持てるだけ持とうとして袋を破り、床を石炭だらけにした。
「……これは、黙っていれば分からないか?」
「全員見ています」
セラが答える。
「ラウル。修復できるか?」
「今夜中には無理です。欠片は揃っていますが、教会の術式を全部抜かなければ、繋いでもまた同じ場所から折れる」
「そうか」
「どうして残念そうなんです?」
「直った剣を持ち帰れば、教会もラウルの技術を認めるかと思った」
「認めませんよ。俺が直したと知られた瞬間、禁術で作り替えられたと言い始めます」
「……そうだったな」
「それに、直った剣をユリウスへ渡すつもりもありません。少なくとも、今のままでは」
「それでいい。俺も、あいつに三本目を壊させたいわけじゃない」
炉の熱を受けながら、ガルドはしばらく黙っていた。
「ラウル。俺が戻って、ユリウスへ剣を振るなと言ったら、あいつは聞くと思うか?」
「聞かないでしょうね」
「即答か」
「聞く人間なら、二本目は折れていません」
「それでも言い続けるしかないか」
「たぶん。相手が聞かないから黙っていい、という話ではないので」
ガルドは大きな身体を丸め、床へ落とした石炭を一つずつ拾った。
「お前は、ずっとそうしていたんだな」
「何がです?」
「聞かれなくても、壊れると言い続けていた。俺は面倒だと思っていたが、本当に面倒だったのは、聞かない側だった」
「今さら気づきましたか」
「ああ。今さらだ」
ガルドは言い訳をしなかった。
◇
夜明け前、ガルドは村を出ることになった。
西側の封界杭も、あと二本で完成する。今を逃せば、馬で外へ出られなくなる。
「交渉の場には、俺も同行する」
預けていた大剣を背負いながら、ガルドが言った。
「クレメンスが昨日の式典について嘘をついたら、俺が否定する。ただし、あいつが俺を交渉に参加させるかは分からん」
「十分です」
「また物分かりのよい顔をしているぞ」
「では、来なかったら腹を立てます」
「そうしてくれ。そのほうが戻る理由になる」
セラもガルドの前へ立った。
「ユリウス様へ、一つだけお伝えください」
「戻ってこいという話なら、断るぞ」
「違います。わたくしは、彼が勇者でなくなったことを望んでいるわけではありません。ただ、勇者という言葉のために自分も周囲も壊すことを、もうやめてほしいのです」
「伝える。あいつが怒鳴っても、最後まで言う」
「お願いいたします」
ガルドは馬へ乗り、西の森へ入っていった。
その背中が見えなくなるころ、村の外から最後の杭を打つ音が響いた。
十二本。
これでフェルム村は完全に囲まれた。
工房へ戻ると、炉の中で温めていた偽聖剣の刀身が、淡い銀色の光を放っていた。
その光に反応するように、村を囲む封界杭が低く唸る。
「同じ神銀が使われているから、共鳴しているのか?」
「違う」
ヘスティアが、杭のある方角へ顔を向けた。
「似てるけど、杭のほうが古い。ずっと昔に、わたしの炉で作られたものだと思う」
俺は温められた刀身へ触れ、《原型復元》をもう一度使った。
今度は偽聖剣の記憶ではない。
共鳴した神銀を通して、十二本の杭が持つ古い記憶が流れ込んでくる。
炎に包まれた町。
魔物から逃げる人々。
倒れた者へ魔力を分け与え、道を照らす十二本の柱。
その中心で、誰かが叫んでいる。
『この柱は檻ではない! 逃げる民を守り、皆の力を分かち合うための《共助杭》だ!』
映像が途切れる。
次に見えたのは、杭の術式を削り、向きを逆に刻み直す教会の神官たちだった。
「ラウル?」
セラに呼ばれ、俺は意識を現実へ戻した。
「分かったことがあります」
村を閉じ込めるために運ばれてきた封界杭。
だが、あれは最初から、人を閉じ込めるために作られたものではなかった。
「教会は、杭を壊していない」
俺は炉の中で光る神銀を見つめた。
「役目だけを、正反対に作り替えたんです」
夜が明ける。
教会との交渉が始まるまで、残された時間は、もうほとんどなかった。




