第7話 揺らぎの律
一歳の誕生日が近づいていた。
このところ考えているのは、空間に満ちる揺らぎをどう扱うか、そればかりだった。
こちらの魔力には反応する。けれど、そのまま触れれば乱れ、強く押せば反発する。問題は量ではなく、扱える状態になっていないことにある。
「いいお天気でしたねえ、坊ちゃま」
庭から戻ると、乳母のマルタが僕を揺り籠へ寝かせた。ほどなく、聞き慣れた子守歌が始まる。
一定の調子で繰り返される旋律。心地よい声に意識を委ねていると、呼吸まで自然とそのリズムへ近づいていく。
(……揃える)
眠りかけていた意識が、一気に醒めた。
外側の揺らぎを力ずくで動かそうとするから乱れるのではないか。
こちらから一定の流れを与え続け、それに周囲が追随するかを確かめる。
前世でも、互いに影響を与えるものが次第に同じ調子へ揃っていく現象は珍しくなかった。魔力にも当てはまる保証はないが、試す価値はある。
やがて僕が眠ったと思ったのか、マルタは静かに部屋を出ていった。
扉が閉じるのを待ち、体内の魔力へ意識を向ける。
(……やってみよう)
まず、自分の魔力を一定の流れに保つ。
そこからごく細く身体の外へ広げ、周囲の揺らぎへ触れさせた。
最初は何も変わらない。外側の力は相変わらず、ばらばらに揺れている。
それでも押さえ込まず、自分の流れだけを崩さない。
しばらくすると、わずかな変化があった。
(……動いた)
近くの揺らぎの一部が、こちらへ寄るように変化している。
偶然かもしれない。さらに状態を保つ。
一つ。また一つ。
ばらばらだった揺らぎが、少しずつこちらの流れへ合わせるように動き始めた。
力で引っ張っている感覚とは違う。こちらが基準を示すことで、周囲の方が応じている。
(これなら……)
整い始めた揺らぎへ、いつも光を灯す時の魔力の動きを重ねる。
ふっ、と白い光が生まれた。
これまでより大きい。
それだけではない。数秒経っても消えず、胸の奥に感じる負担も明らかに小さかった。
(……維持できてる)
以前は光を保つほど、自分の魔力が削られていく感覚があった。今は違う。
体内から送り出している量は少ないのに、現象は続いている。
ならば、自分の魔力は光を生み出す力のすべてではないのかもしれない。
周囲にある力を、反応できる状態へ導く。そのための起点として働いている可能性がある。
(やっぱり、僕の魔力だけで光を作っていたんじゃない)
一つの仮説が、ようやく形を持ち始めた。
もちろん、まだ分からないことは多い。
なぜ周囲の揺らぎがこちらへ揃うのか。どの程度まで影響が広がるのか。そして、整った力がどう光という現象へ結びつくのか。
今の成功だけで答えを出すことはできない。
それでも、体内の魔力だけを使い続ける必要はない。その可能性が見えただけでも大きかった。
廊下から足音が近づいてくる。
すぐに意識を解くと、光がほどけるように消えた。
「……坊ちゃま?」
扉を開けたマルタが揺り籠を覗き込む。
目を閉じ、寝息を装う。
しばらく様子を見ていたマルタは、小さく首を傾げた。
「気のせい、かしら……」
扉が閉じる。
今度こそ身体の力を抜いた。
(まだ、始まりだ)
周囲の力は、条件を整えればこちらに応じる。
その仕組みを追えば、もっと先へ進める。
昨日までとは、世界の見え方が少しだけ変わっていた。




