第6話 空間のさざめき
初めて光を灯してから、同じ試行を何度も繰り返していた。
体内を巡る魔力を指先へ導き、空間へ触れさせる。淡い光が生まれる。そこまでは、もう安定して再現できるようになっていた。
問題は、その先だった。
光を維持しようとすると、数秒もしないうちに胸の奥が重くなる。無理に続ければ体内の魔力の流れまで乱れ、全身から力が抜けてしまう。
(……効率が悪い)
母が灯す光は、僕のものより大きく、長く続く。それでも、疲れている様子はほとんどない。
もちろん身体の大きさも、持っている魔力の量も違う。だが、それだけでこの差を説明していいのかは分からなかった。
もう一度、これまでの観察を思い返す。
母が魔術を使う時、まず体内の魔力が動く。指先へ流れ、その直後に空間の揺らぎが反応して、光が生まれる。
僕の時も同じだった。
(……僕の魔力だけで光を作っているのか?)
これまでは、体内の魔力が消費され、それが光へ変わっているものと考えていた。
けれど、それなら空間の揺らぎは何をしている。
光が生じる時には必ず反応するのに、現象そのものには関係がないのだろうか。
次の試行では、光を作ることをやめた。
乳母のマルタが少し離れた場所で洗濯物を畳んでいる。その目を盗みながら、意識だけを身体の外へ向ける。
空間には、以前から感じていた微かな揺らぎがある。
体内の魔力とは違う。身体の内側を巡る流れのような規則性もなければ、意識を向けたからといって素直に動くわけでもない。
ただ、そこに満ちている。
(これも、魔力なのかもしれない)
まだ断定はできない。
確かめるため、指先へごく少量の魔力を集めた。今度は光を思い描かず、そのまま外側の揺らぎへ触れさせる。
ぴり、と指先が痺れた。
(……っ)
反射的に魔力を引く。
外側の揺らぎが一瞬だけ乱れ、すぐに元へ戻っていく。光は生まれなかった。
失敗ではある。
けれど、何も起きなかったわけではない。
(反応した)
少し休んでから、もう一度試す。
今度は普段光を灯す時に近い流れを保ったまま、外側へ触れる。すると、指先の周囲に淡い光が散った。
一つの光にはならない。
白い火花のようなものが幾つか瞬き、そのまま消えた。
同時に、胸の奥へいつもの疲労が戻ってくる。
(……やっぱり、何かが違う)
何度か繰り返すうちに、少しずつ特徴が見えてきた。
体内の魔力は、自分の意思である程度流れを変えられる。対して外側の力には、決まった向きも流れもない。
こちらから強く働きかけるほど乱れ、ときには押し返されるような感覚さえあった。
力が足りないのではない。
むしろ、力任せに動かそうとしていること自体が間違っているのかもしれない。
(必要なのは、この揺らぎを術式へ応じる状態にすることだ)
どうすればいいのかは、まだ分からない。
自分の魔力を増やせば解決する、という問題でもなさそうだった。
それでも大きな違いが一つある。
空間には、最初から何かが存在している。
もしそれを利用できるなら、光を維持するたびに自分の魔力だけを使い続ける必要はなくなるかもしれない。
「坊ちゃま?」
マルタの声に、慌てて意識を戻す。
「どうされました? 難しいお顔をなさって」
抱き上げられ、頬をつつかれる。
答えられないので、何も知らない顔をして瞬きを返した。
「ふふ。眠たいのでしょうか」
そのまま胸元へ抱かれる。
光を長く灯す方法を探していただけだった。
それなのに、いつの間にか問いそのものが変わっている。
(……この力を、整えられれば)
マルタの肩越しに、何もない空間を見つめる。
答えはまだ見えない。
それでも、次に確かめるべきことだけは分かった。




