第8話 光を贈る日
生後十二か月。ついに、一歳の誕生日を迎えた。
その日は朝から、屋敷の空気がいつもと違っていた。家族がそろい、普段は王都にいる父アリウスも戻っている。
「ユリウス、今日で一歳ね。早いものだわ……」
母に抱かれながら、ゆっくり口を動かす。
「……かあ……さま」
母の目がわずかに見開かれ、すぐにやわらかな笑みに変わった。
「ええ、母さまよ。よく言えたわね」
頬へ触れた指先から、声以上の喜びが伝わってきた。
◇
夕刻、大広間には家族と使用人たちが集まっていた。白布を掛けたテーブルには料理が並び、燭火が金の器を照らしている。
母に抱かれ、父の前へ運ばれる。
「あなた。ユリウスに、ひとこと」
父はしばらく僕を見つめた。
「……一年、よく生きてくれた」
低く、静かな声だった。
「お前がここにいることを……私は誇りに思う」
何かを成し遂げたからでも、役に立ったからでもない。ただここにいることを喜ばれている。
(こんなにも、温かいものだったのか)
母が頬へ口づけを落とし、セレーネとライナルトも嬉しそうにこちらを見ている。
受け取ってばかりではいたくない。
(何か、返したい)
言葉では、まだ十分に伝えられない。けれど、今の僕にもできることはある。
母の腕の中で、小さな手を前へ伸ばした。
「ユリウス?」
家族の視線が集まる。
体内を巡る魔力を一定に保ち、その流れを周囲へ広げる。空間の揺らぎが少しずつこちらへ応じたところで、光が生まれる位置をいくつも定めていく。
掌の上に淡い蒼の光が灯った。
ひとつ、またひとつと小さな光点が空中へ留まり、互いの位置を保ったまま輪郭を結んでいく。
やがて、幾重もの面を持つ結晶を思わせる光の造形が浮かび上がった。ゆっくり回転するたび、蒼と白の輝きが広間へ零れる。
「……なんだ、これは」
ライナルトが呟く。セレーネは胸元で両手を握り、母も息を呑んでいた。
これまで試してきたことを、少しだけ形を変えただけだ。
それでも今日は、実験のためではない。
光はしばらく静かに輝き、やがて一つずつほどけて消えていった。
「……ユリウス。なんて、きれいな……」
「すごいぞ、ユリウス!」
兄の声が響き、使用人たちの間にも小さなどよめきが広がる。
その中で、父だけは何も言わなかった。
アリウスは光の消えた空間をじっと見つめている。驚いている。けれど、それだけではないように見えた。
何かを言おうとした唇がわずかに動き、また閉じる。
やがて父は歩み寄り、大きな手を僕の頭へ置いた。
一度。少し間を置いて、もう一度。
ぎこちなく、それでも優しく髪を撫でる。
「……部屋へ戻る」
それだけを残し、父は踵を返した。
去っていく歩調は、来た時よりもわずかに速い。誰も、その背中を呼び止めなかった。
なぜ言葉を失ったのか。なぜ途中で席を立ったのか。
今の僕には分からない。
ただ、頭に残った手の感触だけは、確かに温かかった。
答えを急ぐには、まだ知らないことが多すぎる。
だから今は、その感触だけを覚えておくことにした。




