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転生博士の魔術原論 ~魔術適性ゼロの子爵家に生まれた少年は魔術を再定義する~  作者: 式部 夜未
第六章 雷の固有解を求めて

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第29話 白穿

 お前だけの雷。


 ジークフリートの言葉が、訓練場に残った熱の中へ響いていた。


 その言葉を胸の内で繰り返しながら、焼け焦げた木人へ目を向ける。金属の胸当ては黒く歪み、土壁には枝分かれした雷の跡が残っていた。


 これをそのまま再現することはできない。


 ジークフリートの雷は、血統固有の魔力特性と身体感覚、受け継がれてきた詠唱、そして長年の鍛錬が一体になったものだ。一度見ただけで、その成立過程をすべて理解できるはずがない。


 けれど、同じものを作る必要もない。


「標的を替えろ」


 ジークフリートの声に、近衛たちが動き出した。焼けた木人が撤去され、代わりに三体の新しい標的が運び込まれる。革で補強された木人に金属製の胸当てと兜。中央の一体だけは、胸元へさらに厚い金属板が重ねられていた。


 周囲では近衛の魔術師たちが防護術式を張り直している。


 一度、目を閉じた。


 ジークフリートの雷は強かった。


 広い範囲へ枝分かれし、複数の標的を巻き込みながら戦場を制圧する。あれは何代にもわたって磨かれ、さらに彼自身が実戦の中で完成させた雷だ。


 なら、僕の雷は。


 自分がこれまでやってきたことを思い返す。


 現象を見る。


 何が起きたのかを分ける。


 条件を変え、結果を比べる。


 分からないものは分からないまま残し、それでも確かめられる部分から組み上げる。


 僕にできるのは、それだ。


 目を開く。


「少し、距離を取っていただけますか」


 ジークフリートの菫色の瞳が愉快そうに細められた。


「言うじゃねえか」


 彼が下がると、レオニス殿下も近衛へ視線を送り、観覧位置がさらに後ろへ移された。


 僕は訓練場の中央へ進む。


 木人までの距離。風向き。空気の湿り気。床と壁面に設けられた金属部。防護術式の位置。そして、標的の中央に取り付けられた金属板。


 一つずつ確認する。


 雷は、ただ強い電気を放てば狙った場所へ届くわけではない。


 空気は本来、電気を通しにくい。


 大きな電位差を作ったとしても、途中で別の経路が通りやすければ放電はそちらへ逸れる。狙った一点へ届かせたいなら、発生させる電位差と、そこへ至る経路の両方を整える必要がある。


 右手を上げる。


 まず、体内魔力を一定の状態へ整えた。


 それを起点に、周囲の魔力が応答し始める。


 すべてを支配する必要はない。僕が制御するのは、右手の先から標的までの細い領域だけだ。


 まず、指先からわずかに離れた空間へ、放電の始点となる狭い領域を作る。そこから標的の金属板まで、魔力を介して電荷分布へ干渉し、両者の間に差を作った。


 まだ放電は起こさない。


 先に、道を作る。


 標的へ至る細い領域だけ、空気が絶縁を破りやすい状態へ近づける。完全に導体へ変えるわけではない。他の場所より、ほんの少し電気が流れやすければいい。


 前にエルヴィーラと試した時は、ここまでで十分だった。


 今回は、さらに先へ進む。


 目的は広い範囲を焼くことではない。中央の金属板、その一点へできる限り流れを集中させることだ。


「条件設定」


 小さく呟く。


 詠唱そのものが必要なわけではない。それでも、言葉にすることで、自分が何を操作するのかを切り分けやすくなる。


 作用範囲、放電経路、電位差、着弾点。そして、着弾後の逃げ道。


 標的へ届いた電流が周囲へ無秩序に散れば、余計な場所まで焼く。だから金属板へ達した後は、その奥を抜け、最終的に床へ流れる経路まで含めて組んだ。


 逃げる力をなくすのではない。逃げる場所を決める。


 体内魔力を制御の起点として、周囲の魔力の応答を揃えていく。右手の少し先と標的との間で電荷の偏りが大きくなり、髪の先がわずかに持ち上がった。金属板の表面にも細かな白い火花が生まれ、すぐに消える。


 このままでは、途中で枝分かれする。


 経路をさらに絞った。


 僕の雷は、ジークフリートのように広がる必要はない。一つの標的へ、確実に届けばいい。


 周囲の魔力の応答を強めるほど、こちらの制御にも負荷が返ってくる。額に汗が滲む。それでも、制御できる範囲を越えてはいけない。


 大きくすることが目的ではない。


 必要なところへ、必要なだけ。


 右手の少し先で白青い火花が弾け、細い光が一点へまとまって何度か短く明滅した。ジークフリートの雷と比べれば、あまりにも小さい。


 けれど、それでいい。


「一点へ」


 息を吐く。


 標的までの経路が、一つに繋がった。


 右手を振り下ろす。


「――行け」


 白青い閃光が走った。


 光が見えたと思った時には、すでに標的へ到達していた。枝分かれすることなく、一本の細い線が右手の先から中央の金属板へ突き刺さる。


 直後、轟音が来た。


 耳栓越しにも空気を叩く音が伝わり、金属板の中心が白く輝く。狭い場所へ集中した電流によって金属の一部が赤熱し、その奥の木材から破裂音が響いた。


 木人の胸元が後方へ弾ける。


 金属板には丸い穴が開き、その縁が赤く焼けていた。背後の木材も一直線に裂け、破片が土壁へ飛び散っている。


 左右の木人は、立ったままだった。


 表面へ細かな火花が走った跡こそあるが、大きな損傷はない。


 中央だけ。


 狙った一点だけに、結果が集中している。


 遅れて焦げた匂いが届いた。


 防護術式の表面には淡い波紋が残っていたが、ジークフリートの雷を受けた時ほど大きく揺れてはいない。


 右手を下ろす。


 指先がわずかに震えていた。


 体内魔力の消耗も大きい。周囲の魔力を長く同調させ、その応答を細い領域へ維持し続けたせいか、頭の奥にも鈍い熱が残っている。


 けれど、制御は最後まで崩れなかった。


 狙った場所へ届いた。


 余計な標的を巻き込まず、必要な一点へだけ作用させた。


「……できた」


 思わず声が漏れる。


 訓練場は静まり返っていた。


 エリオン殿下は口を開いたまま、標的を見ている。エルネストも何か言いかけたまま黙っていた。


 レオニス殿下だけが、表情を変えずに中央の木人を見つめている。


 その中で、ジークフリートが歩き出した。


 大柄な身体が、まっすぐこちらへ近づいてくる。


 何かまずかっただろうか。


 威力は想定より大きかった。王城の訓練場で試すには、もう少し抑えるべきだったかもしれない。


 そんな考えが浮かんだ時、大きな手が伸びてきた。


 反射的に肩が跳ねる。


 その手は、僕の頭へ置かれた。


「……え?」


 ぐしゃり、と髪をかき回される。


「はっはっはっ!」


 ジークフリートの笑い声が訓練場に響いた。


「いい雷じゃねえか、小僧!」


「ドルンベルク卿、あの、頭が……」


「細ぇし、派手さもねえ。俺のとはまるで違う」


 なおも乱暴に頭を撫でられる。


「だが、狙った一点へあれだけ綺麗に通しやがった。周りをほとんど巻き込まずにな」


 ジークフリートは、中央の標的を見る。


「俺の雷で同じことをやれって言われりゃ、そりゃできる。だが、今のお前みたいなやり方にはならねえ」


 それは、先ほど彼自身が求めた答えだった。


 ドルンベルクの雷を真似たわけではない。


 同じ自然現象へ、別の道から辿り着いた。


「よくやった」


 まっすぐな言葉だった。


「……ありがとうございます」


 するとジークフリートが、唐突に話題を変えた。


「ところでお前、うちのエルヴィはどうだ?」


「……はい?」


 思考が止まる。


「気が強ぇし、負けず嫌いだし、すぐ意地を張る。だが根性はあるし、顔も悪くねえ」


「いえ、その……エルヴィーラ様は立派な方だと思いますが」


「そうかそうか。見る目があるな」


 満足げに頷かれた。


 横を見ると、エリオン殿下が明らかに笑いを堪えている。エルネストはなぜか空を見ていた。レオニス殿下だけが、額へ手を当てている。


「まあ、これだけ優秀ならエルヴィにはもったいねえか!」


「いえ、そういう話では」


「分かってる分かってる。父親の軽口だ。真に受けるな」


 絶対に分かっていて言っている顔だった。


 ひとしきり笑うと、ジークフリートは僕の頭から手を離し、レオニス殿下へ向き直った。


「殿下」


「何だ、ドルンベルク卿」


 先ほどまで笑っていた声に、再び武人らしい重さが戻る。


「こいつは、王国でちゃんと守った方がいい。雷の威力だけの話じゃねえ。今のを見ただろう。俺の術を真似したわけでもねえのに、現象を見て、自分のやり方で別の雷を作った」


 ジークフリートは、穴の開いた金属板へ顎をしゃくる。


「こんな奴が何を作れるのか分かったら、欲しがる連中はいくらでも出る。妙なところに利用される前に、王国として目を届かせておいた方がいい」


 言葉は乱暴だが、意味は分かる。


 レオニス殿下は怒るでもなく、静かにジークフリートを見返した。


「相変わらず率直だな、ドルンベルク卿」


「回りくどい話は苦手でしてね」


「知っている」


 短く返し、今度はこちらへ視線を向ける。


 応接室で向けられていたものより、ずっと深い目だった。


 僕が説明した理論。


 それが実際に、従来とは異なる方法で魔術を成立させるところまで見られた。


 王太子は、その事実をどう見るのだろう。


 無意識に背筋が伸びる。


「見事だった」


 レオニス殿下が口を開いた。


「ユリウス・ヴァルディエル。君の雷、確かに見届けた」


 静かな声だった。


 けれど、その一言は、先ほどの雷鳴よりもはっきりと胸へ残った。

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