第六十三話 再会
――ヴァイデン王城――
大陸一の大国ヴァイデンの王城は、その名に相応しく白い城壁に包まれた荘厳な城だった。この城では現在ヴァイデンの各地の領主達が、二年に一度の定例報告を行う為に集まっていた。各地での収穫や野盗や蛮族、そして魔獣の襲撃などの報告、疫病や天災など多くの事案を、領主自らが国王アダム=リュトヴィッツに報告するのである。
王城には領主をはじめ、その家族も招待されており、情報交換や領主間の繋がりなどを広める為、パーティが連日催されていた。
そんな王城に一人の人物が北方より帰還してくる。焔のような赤い髪を後ろに結び、その髪のように赤い鎧に身を包んだ美少女、この国の第三王女クリスタ=リュトヴィッツ。彼女のその類まれなる容姿は男性だけではなく、女性すらも見惚れるほどだった。
「お帰りなさいませクリスタ姉様」
「ただいま、シャルロッテ」
クリスタを迎えたのはこの国の第四王女シャルロッテ=リュトヴィッツ。母親譲りの美しい金髪と愛らしい容姿に似合わず、百年に一人の天才と呼ばれるほどの才女でもあった。仲睦まじい二人の姉妹は、数ヶ月ぶりの再会に喜びながらも、お互い王女としての仕事を淡々とこなした。
「北方の平定お疲れ様でした。今回襲撃してきた蛮族は三千と聞いていましたが、大丈夫でしたか?」
「あんなのどうって事なかったわ! どいつもこいつも馬鹿みたいな攻撃ばっかりしてつまらない!」
クリスタの言葉に苦笑いするシャルロッテ、報告で大勝利とは聞いてはいたものの、もしや苦戦したりしたのではないかと思ってはいたが、そんな事は無かったようだと安堵する。クリスタは戦乙女と呼ばれるほどの武勇の持ち主で、一騎当千という言葉がまさに似合うほどの戦闘力を兼ね備えていた。
「ヴィルヘルミナ姉様は?」
「姉様は三日前に南方から帰還していますよ。ドラゴンによって壊滅させられたクローナハの首脳陣との会合に出席して、様々な取り決めを締結したそうです」
「ドラゴンの事はどうだった?」
クリスタが一番聞きたかったのはそれだった。今から四ヶ月程前、クローナハ共和国の首都デルフロスに現れたシードラゴンは街を壊滅させ、多くの住民を殺したとの報告を受けていた。ドラゴンには剣も魔法も通じず、現れたら人間はただただ蹂躙されるか逃げるかしかの選択しかなかった。
だがそのシードラゴンを殺し、デルフロスを救った者がいるという噂がこのヴァイデン王都に伝えられてきた。多くの人々はそんな事はありえないと述べる中、クリスタとシャルロッテはそれが事実だという事に疑いを持たなかった。
何故ならドラゴンを殺せる人物を知っていたからだ。
「ドラゴンを殺したのは紅い斧を持つ少年だったそうです」
「やっぱり、景虎ね!」
まるで自分の事のように喜ぶクリスタ。景虎という人物がクリスタにとって、かけがえの無い人物だったからだ。そしてそれはシャルロッテも同じ想いだった。
二人とその姉ヴィルヘルミナと景虎は、半年ほど前に出会って一緒に旅をし、そしてフリートラント王国で別のドラゴンと戦った事もあった。
その間にクリスタは景虎に淡い恋心を抱き、いつの日か景虎と共に戦う事を夢見ていた。
「もっと、もっと強くならなきゃ!」
「姉様は十分強いと思いますよ?」
「ダメよ! 景虎と一緒に戦うなら、もっともっと強くならないと!」
クリスタの言葉に笑みをこぼすシャルロッテ、景虎と出会う前のクリスタは、自分こそ最強と自惚れるほど負けた事がないほどだった、だが景虎と出会い、一度も勝てないどころか、ドラゴンと戦う姿を見せ付けられ自分の力のなさに叩きのめされたのだ。
景虎が自分の成すべき事をする為この国を発った後、クリスタは日々研鑽し、技を極める事に従事していた。
「姉様、身体を鍛えるのもよろしいですが、領主会議が開かれていますので、そちらにもちゃんと出席してくださいね」
「……どうしても、出ないとダメなの?」
「ダメです」
シャルロッテの言葉に顔を曇らせるクリスタ。身体を動かしたり戦う事はどんなに辛い事でも我慢できるのだが、パーティなどで貴族達相手に踊りや会話をする事は大の苦手だった。
「わかったわ」
それでも渋々承諾し自室へと戻っていくクリスタを見ながら、シャルロッテは姉クリスタの成長に感動していた。半年前までのクリスタであれば、こういった宴には出席しないかもしれなかった。しかし景虎と出会ってからは、どんなに嫌な祭事でも逃げるようなことはしなかった。
「景虎さん、今頃どこにいるのでしょうか……」
蒼天を見つめながら、シャルロッテは景虎の事を思い出す。
その夜も王城の大広間では、領主達を招いたパーティが開かれていた――。
領主会議の期間は一週間、その間王城では毎日のようにパーティが開かれる事になっていた。領主の家族達が多く参加する中、領主の年頃の息子達は気が気ではない様子だった。その理由はこの国の王女達を是非妻にという野望を持っていたからだ。
二女ヴィルヘルミナ、三女クリスタ、四女シャルロッテ。どの王女も皆美しく、誰もがその姿に魅入るほどの容姿をしているのだから当然とも言える。
しかも現国王の娘となれば、婚姻する事で王家の者となり、次期国王となる可能性もあるのだから必死になるのも当然だった。
「シャルロッテ、お父様とお母様は?」
「今日はお休みになられています。連日の会合で疲れが溜まったとか」
「そう……、ヴィルヘルミナ姉様は?」
「そういえば、昼から見かけませんね」
この手のパーティには率先して参加する姉ヴィルヘルミナが居ない事を訝しがる二人の王女、メイド達に聞いても見なかったと答えるに留まり、ますます不思議に思う。
「ヴィルヘルミナ姉様がパーティーをすっぽかすとは思えないけど、体調でも崩したのかしら?」
「それなら誰かが聞いてるはずですし……」
考えれば考えるほどヴィルヘルミナの動向が気になる二人、特にシャルロッテは凄く嫌な予感がしていた。あの姉は面白い事を見つければ全力で場を乱す事を平気でやる人物なのだ。
「まさか、この場で問題を起こすような事はしないとは思いますが、少し気をつけておいた方がいいかな」
シャルロッテが周りを警戒してる頃、クリスタは一人パーティの中にいた。
少し喉を潤そうと飲み物を取りに行った瞬間に、若い領主の息子達に囲まれてしまったのだ。以前のクリスタなら何もできず戸惑うばかりだったが、今は堂々としたもので、領主の息子達を鋭い眼光で睨みつけていた。
以前クリスタは求婚の条件として、自分と戦い勝った者に限るという条件を出した。当然クリスタに敵う者がいるはずもなく、それ以降クリスタに求婚する者はいなくなったのだが、ダンスの相手などは頻繁に求められた。
「是非私と一曲」
「いえ是非私めと!」
領主の息子達の誘いをうんざりした様子で見つめるクリスタ。一応王女として礼儀を一通り教え込まれているおかげで、この場で騒ぎを起こすつもりはなかったが、それでも段々不機嫌になっていくのは、周りの人々が遠目に見てもわかるものだった。
しかしそれでもめげない領主の息子達も、必死でクリスタに取り入ろうとする。
下心丸見えの領主の息子達に溜息を吐くクリスタ、彼女の周りには小さい頃からこういった人種しかいなかった。だからこそ自分を鍛え、戦場に身を置くようになった。
(めんどくさい……)
声には出さなかったものの、クリスタは今すぐにでもここから出て行きたかった。
しかしこういった状況になった時、クリスタは必ずある人物の事を思い出す。
逃げる事は嫌いだといつも言っていた人物、出雲景虎の事を――。
半年程前に旅立った景虎をクリスタはずっと想い続けていた。景虎はずっと一人で戦い、どんな相手にも臆する事無く立ち向かっていった。そんな景虎の横に並ぶ為、クリスタはもう逃げる事はしないと誓っていた。
何度も挫けそうになる度クリスタは景虎の事を思い出し、その名前を呟いて自身を鼓舞していた。そして、この瞬間もいつものようにその名前を呟いた。
「景虎……」
「お、呼んだか?」
景虎の名前を呼んだ瞬間クリスタの耳に幻聴のようなものが聞こえてくる。疲れているんだなと思い目を閉じ、大きな深呼吸をして再び目を開けた時、クリスタの目に信じられないものが目に映る。
「……かげ、とら」
「よ! 久しぶりだなクリスタ! しっかし相変わらず賑やかだなここ」
目の前にはずっと会いたいと思っていた景虎がいた。その服は見知った黒の学生服ではなく、前に一度着ているのを見た礼服だった。
呆然としたのはクリスタだけではなかった、シャルロッテも景虎の存在を確認して唖然としていたのだが、さらにシャルロッテを唖然とさせたのは、景虎の後ろにヴィルヘルミナが満面の笑みで立っていた事だった。
「ずっといないと思ったら、こんな事を画策していたんですか……」
頭を抱えるシャルロッテ、どうやって景虎を見つけたのかというのもあったが、領主会議という場に景虎を連れ込み、クリスタの反応を見るのが目的なのだというのはすぐにわかった。その目論見どおり、クリスタは景虎を見つめたまま動けずにいた。
一方の景虎はそんな事が行われているかなどわかろうはずもなく、久々の再会に気さくに挨拶をする。だが呆然としてまったく動かないクリスタに流石に痺れを切らし、近づこうとした時、ようやくクリスタが再び言葉をかける。
「景虎……、ほんとに、景虎なの?」
「あ? 見た目あんま変わってねーはずだがな、まぁヴィルヘルミナのねーちゃんにまた変な服着せられたがよ、似合わねーよなコレ」
懐かしい声、懐かしい口調にクリスタの顔が紅潮する。ずっと想い会いたかった景虎が目の前にいる、それが嬉しかった。
「景虎ぁ……」
領主の息子達をかきわけ景虎に向け歩みだすクリスタ、一歩、また一歩と近づく度に眼に熱いものが溢れ始める。込み上げる感情が抑えきれなくなり始め、歩む速度が速くなり、今まさに景虎に抱きつこうとしたその瞬間――。
景虎とクリスタの間に割り込む人物が現れ、そして、その人物はクリスタより先に景虎に抱きついた。
「景虎殿! ずっと、ずっとお会いしたかった!」
景虎に抱きついたのは長い黒髪をなびかせた少女だった。その少女はそのまま景虎の胸に顔を埋め、しっかりと景虎を抱きしめた。
その姿を呆然と眺めるクリスタとシャルロッテ、ヴィルヘルミナでさえ、あまりに唐突な出来事に驚きを隠せないほどだった。
一方抱きつかれた景虎は一瞬驚きはしたものの、その黒髪の少女の感触のようなものが以前味わったものだと思い出し、長い黒髪と埋もれた顔をしげしげと見つめ、その人物が何者かがわかり名前を口にした。
「お前、カティアか?」
「はい! お久しぶりです景虎殿!」
黒髪の少女の名前はカティア=リンディッヒ、ヴァイデンの外れにあるリンディッヒ領の領主の娘で、景虎がこの世界に来て初めて出会った人間の少女だった。
「おお、マジでカティアかよ! ひっさしぶりだなあ~、何かおめぇ綺麗になったな、一瞬マジでわかんなかったわ」
「え! あ、ありがとうございます。か、景虎殿も逞しくなられたように感じます。背も少し高くなったのではないですか?」
「ん? そっかな? まぁ色々あったしな。しかしほんと久しぶりだな、ヨハンや騎士団の人らは元気でやってっか?」
「はい! 皆様元気ですよ。是非またリンディッヒにいらしてください」
久々の再会に景虎とカティアは楽しげに話し、会話が弾んでいた。
だが、その後ろでは――。
「景虎……」
静かに景虎に歩み寄る赤い髪の少女クリスタ、その身体からは闘気のようなものが見えるほどで、その威圧感に領主の息子たちは恐怖に道を開け、怯える様子でクリスタを見つめる。
一歩一歩景虎に近づくクリスタは、震えながらゆっくりとカティアを指さすと、強めの声色で景虎に尋ねた。
「そいつ、誰!」
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