第六十四話 誤解
領主会議の宴が始まる二時間ほど前の事――
美しい白いドレスに身を包んだこの国の第二王女、ヴィルヘルミナ=リュトヴィッツは支度を終え、あとは宴が始まるのをのんびりと待っていた。
退屈しのぎに何気なく城内を歩いている時、城門の方で何やら見知った人物がいるのに気付き、驚いてつい大声を上げてしまう。
「か、景虎!?」
「お! ヴィルヘルミナのねーちゃん久しぶり!」
「こ、こら貴様ヴィルヘルミナ様に何という口の聞き方を!」
何故ここに景虎がいるのかというのがわからなかったヴィルヘルミナだったが、すぐに門兵に自分の客だと言い聞かせて景虎を引き取ると、急いで客室の一つに景虎を招き入れた。
「ディアーナのねーちゃんの指輪見せて入れてもらおうと思ったんだけどよ、なんか確認するとかで結構な時間待たされてて困ってたんよ、いやほんと助かったわ」
「まあその身なりでは怪しまれるのも仕方ないですわよ、ですけど……」
言葉を遮り、ヴィルヘルミナは景虎を抱きしめる。
「よく戻ってきましたわね景虎、お帰りなさい」
「ああ、ちっと用事があってな、ねーちゃんも元気そうでよかったわ」
二人は互いに無事だった事に喜びの言葉をかけあった。ヴィルヘルミナはもう少し景虎を抱きしめていたかったのだが、景虎がそれを嫌った為、渋々抱擁をやめるしかなかった。
「もうっ、もう少しいいじゃありませんの~」
「やだよ!」
「ふふっ、相変わらずですわね景虎は」
「ねーちゃんも相変わらず人をコケにしてるようで何よりだよ! ったく、あ、そーいやねーちゃんに貰った宝石返せなくなっちまった、すまねえ」
「構いませんわよ、どうせ景虎にあげたものですし」
景虎はヴァイデンから旅立つ時、ヴィルヘルミナから餞別として金貨で数百枚の価値はあろうかという宝石が入った袋を貰っており、帰ってきたら返すようにと言われてはいた。だがクローナハで爆発に巻き込まれた時、懐にしまっていたわずかなお金と、ディアーナの指輪以外の全てを失ってしまったのだった。
「いーや、それじゃ俺の気が収まらねえ! ワビと言っちゃ何だがよ、ねーちゃん何でも言ってくれ! 俺が出来ることなら何でもやってやっからよ!」
景虎としては、せっかく貰った餞別を無くした事への謝罪の意味の言葉ではあったのだが、ヴィルヘルミナはその言葉を聞いてニヤリと妖しい笑みを浮かべた。
「そう……、じゃあ、さっそくお願いしようかしら」
その後ヴィルヘルミナは景虎に礼服を着せ、領主会議に出席する事を命じる。何故そんなものにと問う景虎に、ヴィルヘルミナは優しく微笑むだけで何も答える事はしなかった。そしてヴィルヘルミナに促され、場違いな大広間で景虎はクリスタを見つけ、言葉をかけたのだった。
ヴィルヘルミナとしては、クリスタの驚く反応を見れれば十分だったのだが、景虎に抱きつく黒髪の少女の存在までは予期できなかった。
しかしハプニング大好きなヴィルヘルミナはすぐに我を取り戻し、笑いを堪えながら今後の事の次第を見つめる事にした。
「そいつ、誰!」
景虎に抱きつく黒髪の少女カティアを睨みながら、クリスタは景虎に問うた。
一方問われた景虎は、クリスタにカティアの紹介をしようとするが、その前にカティアは景虎から離れ、クリスタに淑女らしい振る舞いで挨拶をする。
「お初にお目にかかりますクリスタ王女様。私はリンディッヒ領の領主エグモント=リンディッヒの娘、カティア=リンディッヒと申します。以後お見知りおきを」
その優雅で気品ある挨拶に周りから感嘆の声が漏れる。景虎もカティアの姿につい拍手をしてしまうのだが、それがクリスタの怒りをさらに増幅させた。
「景虎! こいつ景虎の何!」
一喝するような声色に怯えるカティア、一方唐突に問われた景虎はカティアを見ながらうーんと唸り、しばらく考えた後ポンと手を叩く。
「こいつぁ、俺にとって初めての奴だ!」
景虎の言葉にその場が凍りついた――。
クリスタは完全に停止し、周りの領主やその家族達も動きを止め、さらに当事者でもあるカティアは顔を真っ赤に染め、必死で手で顔を隠していた。
ただ一人景虎だけが周りを見回し、何が起こったかわからないといった感じで頭を掻いていた。このまま時間が止まり続けるかと思った次の瞬間――。
「あっははははははははは!」
凍りついた場を溶かす様に、大声で笑う主はヴァイデン第二王女のヴィルヘルミナ。
いつも優雅で華麗に振舞うヴィルヘルミナが、涙を流し大笑いする姿にそこにいた全ての者が呆気に取られた。ヴィルヘルミナはその後も笑い続け、結局景虎が声をかけるまで笑い続けた。
「はーはー、もう最高ですわ景虎! 貴方が帰ってきてくれて本当に嬉しいですわ」
「あ? 何かよくわかんねーんだけど?」
「まぁ、とにかく今はこの場を何とかしないといけませんわね」
言うとヴィルヘルミナは深呼吸をした後、景虎の傍に近づくとその手を取ってこの場にいる参加者に向け言葉を発した。
「皆様ご紹介致しますわ! この少年の名は出雲景虎、この度の宴の為に来て頂いた、私達の友人にして我が国の恩人ですわ!」
ヴィルヘルミナの言葉にどよめく参加者達、王家の者が直々に招いたのであるなら、余程の人物なのだろうと凝視した。一方の景虎は唐突の紹介に珍しくどうしていいかとうろたえていた。
そんな中ヴィルヘルミナはシャルロッテを静かに呼びよせる。
姉の意図を素早く汲み取ったシャルロッテ。小さく溜息を吐くと、景虎の横に静かに並び、ヴィルヘルミナと同じように参加者達に向け言葉を放った。
「この出雲景虎様はリンディッヒに現れたアースドラゴンを打ち倒し。さらにフリートラント王国に現れたブルードラゴンをも討伐したお方です!」
その言葉に先程よりさらに大きなどよめきが沸き起こる。誰もが信じられないといった感想をもらし、さらに景虎に注目した。
本来なら信じるような話ではないが、ヴァイデンの王女達が言うのであれば、事実なのであろうと認めざるをえなかった。
一方話のネタにされた景虎は見つめられて不機嫌オーラ全開、今にも暴れそうになる所をシャルロッテに止められる。
「景虎さん、こちらに」
「お、久しぶりだなシャルロッテ、実はてめーの……」
「とにかくこちらにいらしてください!」
景虎が話をしようとするのを制止し大広間から連れ出していくシャルロッテ、何が何やらわからない景虎だったが、今はそれに従いついて行く。
景虎が連れられてきたのは大広間に近い客室の一室だった。その後しばらくしてヴィルヘルミナがふくれっ面のクリスタと、何故かカティアも引っ張って客室に入ってくる。
「は~、面白かったですわねえ~」
「姉様、無茶な事をするのはやめてください。本当にこっちは大変なんですから……」
シャルロッテが憔悴しきった顔でヴィルヘルミナに文句を言うものの、当のヴィルヘルミナは思い出し笑いをして楽しげに笑うのみ。
そんな姿を見ていた景虎は、ふてくされてるクリスタに気付いて声をかける。
「おいどしたよ? 不機嫌そうだが何かあったのか?」
「…………」
「あ? 久々だってぇのに随分な態度じゃねぇか」
「…………」
「無視かよ、何かてめー嫌な奴になったな」
その言葉にクリスタは身体を震わせる。何かを言おうとするも言えないクリスタを、ヴィルヘルミナ優しく抱くと、一人場違いなカティアを見て景虎に尋ねた。
「ねえ景虎、その子が初めての子だってさっき言ったの本当かしら?」
「おう、この世界に来て初めて会ったのがカティアなんだわ。けどそん時魔獣に襲われててよ、こいつもう少しで殺されそうになってたんだぜ。初めて魔獣と戦ったり墓作ったりと、ほんと初めてづくしだったんだぜぇ」
その言葉に唖然とするヴィルヘルミナとクリスタ、シャルロッテは頭を抱え、カティアは再び顔を紅潮させ俯いてしまう。
「え、えと、初めてって意味は……そういう事ですの?」
「ん? そうだけど?」
「え、じゃあその……、その子が景虎の初めての相手というか……、伴侶とか恋人とかそう言うのじゃあないのね?」
「あ? あったりめぇだろが! ってか何でそんな勘違いしたんだよねーちゃん?」
あっけらかんとする景虎に溜息をつくヴィルヘルミナ、シャルロッテはこの答えを予想はしていたみたいで、苦笑いをするのみだった。
「まぁ、これが景虎ですわよね」
「そうですね」
一方景虎の答えを聞いて一番喜んだのはクリスタだった。先ほどまでのふくれっ面はもう消え失せており、景虎の元に元気に近寄ると、もじもじとしながら嬉しそうに言葉をかけた。
「か、景虎! その、さ、さっきはごめんなさい! い、言いそびれたけどおかえりなさい!」
「おう、てめぇも元気にやってたか?」
「うん!」
元気に答えたクリスタはようやくこぼれるような笑顔を見せた。ヴィルヘルミナとシャルロッテもその姿にようやく安堵する。しかしただ一人カティアだけはその姿を見て寂しそうな表情をしていた。そんな時、部屋の扉がノックされる。
「ヴィルヘルミナ様、クリスタ様、シャルロッテ様、そろそろ大広間にお戻りいただけませんでしょうか」
王女が全員いなくなった為、領主会議のパーティがざわついているとの事で、大臣の一人が三人を呼び戻しに来たのだった。
「姉様方、そろそろ戻りましょう」
「そうね、景虎、貴方もいらっしゃいな」
「あー、俺もうちっとここで休んでおくわ、慣れないもんで正直疲れちまった。落ち着いたらちゃんとまた行くからよ、少し休んでてもいいだろ?」
見れば確かに疲れているような景虎に、ヴィルヘルミナもそれ以上言葉をかける事はなかった。ヴィルヘルミナとシャルロッテは扉を開けて出て行くが、クリスタは最後まで残ろうとした。
「てめーも王女様なんだからちゃんと仕事してこい」
「か、勝手にいなくなったり、しない?」
「しねーよ、色々報告とか相談しねーといけねーしな、オラ行け行け」
「う、うん」
景虎が居てくれる事を確認するとクリスタは大広間へと戻っていく。部屋に残されたのは景虎とカティアだけになり、静かな時間が流れる。
「カティア」
「は、はいっ!」
「そうビクビクすんなよ、こっちだって結構びっくりしてんだからよ」
景虎の優しい言葉にカティアもほっと胸を撫で下ろす。突然の再会だった為、我を忘れてつい景虎に抱きついた事が今になってとても恥かしくなり、どうしていいのかわからなかったからだ。さらに先ほど見たクリスタとのやり取りを見て、クリスタが景虎に想いを寄せているのもわかってしまったからだ。
大国の王女と一地方の領主の娘、あまりにも身分が違いすぎていたからだ。
「カティアの親父さんやお袋さんや、ヨハンとか騎士団の人らは元気でやってっか?」
「はい……、皆、とても元気ですよ」
「そりゃよかった。色々終わったら一度挨拶に行きてぇな。あそこは良い所だし」
「はい、是非お越しになってください」
虚ろな声で返事をしてしまうカティア、ようやく会えた喜びはすでになく、想いを遂げられない事に心を痛めていた。今すぐにでもここを出て行きたい衝動に駆られ、扉に向かい歩き出そうとした時、景虎の顔が目の前にあった。
「なーに暗い顔してんだよ? ったく、せっかく会えてこっちはすげぇ嬉しいってぇのによ」
「え?」
思いもかけない言葉に驚くカティア、一方の景虎は少し気恥ずかしそうに頭を掻いていた。その姿を見てカティアは景虎が何も変わらない、出会った時のままの景虎だと言う事に気付く。
そう、景虎は何も変わってはいないのだ。暴力的でぶっきらぼうで面倒臭がり、しかし他人の事を思いやる優しく強いいつもの景虎。
変わったのは自分なのだとカティアは自分で自分を戒めた。深呼吸をすると、景虎に向かい優しい微笑みを見せ声をかけた。
「私も嬉しかったです。ずっとずっと景虎殿に会いたかったんです」
「そっか、まぁあれだ。まだちっと色々とやんねーといけない事があって行けねーけどよ、全部終わったら必ず行くからよ、そん時ぁよろしく頼むわ」
「はい! お待ちしております!」
カティアは満面の笑みで返事をした。




