3.初日
学園生活が本格的に始まった初日、アリシアは他の生徒よりも早く公爵家を出た。
もちろんこれも、仕事のためだ。同年代の顔をほとんど知らない為、一人一人観察しなくてはならない。
「こんなことだったら、少しは社交会に出ておくべきだったわね…」
昔から、お母様やメイドから指摘される度に何かと理由をつけて茶会やらのお誘いを断り続けてきた。行ったところで事実かどうか分からない噂話を聞かされたり自慢話を聞かされたりと面倒なだけである。
まぁ、その結果がこれなのだけれど。
そもそも、今回の任務は私には荷が重すぎるのだ。学園に堂々と入れるのが私だけという事は分かっている。分かってはいるが…同年代との関係作りが必須となってくる今回の任務は…いや、今更文句を言ったところでしょうがないわね。
そんなことを考えているうちにいつの間にか教室の前まで来ていた。アリシアは窓際の席に座り生徒達が来るのを待った。
しばらくすると、何人かの生徒が登校してきたようだ。この学園は、1、2、3年と3つの学年に分かれている為全員の顔を覚えるのは困難だがある程度は顔と仲の良いグループは覚えられたと思う。…多分。
悠々と時間も過ぎ、教室の中も騒がしくなっってきた。大体は、グループになって話が盛り上がっているが何人かは私と同じ様に静かに席に座っている。正直、安心した。もし、今の私の行動が一令嬢として不自然だったら今後の活動に支障が出かねないと思っていたがどうやら杞憂だったようだ。
生徒全員が揃った頃、朝礼の鐘の音が響くと同時に先生と思わしき女性が入って来た。
年齢は30後半といったところかしら。あまり愛想が良さそうではなく、むすっとしていた。
その女性は表情を変える事なく教卓の前へと行き、
どんっ!
持っていた本を強く打ち付けた。いきなりの大きな音に教室は静まり返り、皆前の女性に注目している。
「はぁ、全員席にお座りなさい。」
あまりの威圧感に文句を言う事なく全員が席へと着いた。
「あなた達は一体何歳なのかしら。鐘の音が鳴って尚あの状態、おかしいと思わないのかしら?将来この国を支えていくという自覚を持ちなさい!」
初日から説教とは中々気合いが入っているようだ。
「次から気を付けなさい。」
「失礼、挨拶がまだだったわね。今日から卒業までの3年間あなた達の担任となったミレーナ・フォルナードよ。よろしく。」
「次に、今日の予定を伝えるわ。今日は午前中に魔法理論の授業、午後は実技となっている。その後、行事の一環として親睦会となっている。一度帰ることになるだろうが、くれぐれも遅れるな。」
「以上だ。最初の授業まで少し時間が空くが準備はしておくように。」
坦々と言う事だけ言うと教室から出ていってしまった。
先生がいなくなると、再び騒がしくなった。どうやら、先生の陰口を言っているらしい。
くだらないわね。
いちいち、そんなことを気にしていて疲れないのかしら。
「…っと」「…ょっと」「ちょっと聞いてるの?」
…
「何かしら?」
誰なのだろうか。いつの間にか話しかけられていたらしい。
「何かしら?じゃないわよ!先ほどから話しかけているのに…。まぁ、良いわ。それより少し話したい事があるんだけど、場所を変えられる?」
何かしら。初対面のはずだけれど喧嘩でも売られるのかしら。
言われるがままに目も前の令嬢に着いて行くと人気のない裏校舎へと連れて行かれた。
目の前の令嬢はいきなり振り返ると、いきなり頭を下げてきた。
…何のつもりなのかしら。
「先ほどは、失礼な事を言ってしまい申し訳ございませんでした。」
「私はベルレイヴ公爵が娘、フィオーナ・ベルレイヴと申します。調停者の一人であるあなた様と同じ学園生活を送れる事を嬉しく思います。」
…このご令嬢は何を言っているのだろうか。と言うか、私が調停者というのはただの勘で言っているのかしら?
「先ほどの謝罪は受け入れます。ですが、私が調停者?あなたの勘違いでは?」
一応とぼけておいた。別に調停者という事を隠している訳ではないが知られないに越した事はない。
調停者の顔を知っているのは大体が高位貴族の当主とその補佐官ぐらいだ。名簿には家名は載らないし、特にアリシアはパーティーに参加しない為知っているのはごくわずかだ。
だから、当主でもない一令嬢が顔を知っている訳がないのだ。
おおよそ、噂を鵜呑みにでもしたのかしら。
「っふふ。とぼけなくても大丈夫ですよ。私はお父様のお仕事のお手伝いをしていて、一応補佐官をしています。式典でお姿を何度か拝見させて頂きました。」
なるほど、そういうことね。それにしても、この年で補佐官って将来有望ね。
「なるほど、そういう事だったのね。っそれで、何か用があったのかしら?」
「ええ、個人的な理由でお礼がしたくてお声をかけさせて頂きました。」
お礼…私はこの令嬢に何かしてあげたかしら?全く心当たりがないのだけれど。
「あなたと話すのは今日が初めてよね?」
「はい。ですが、今回は私の事ではなく兄の件でお礼が言いたくて…兄が以前仕事で助けてもらったって言ってました。」
「あなたが様がいなければ命が無かったかもしれないと。」
以前助けた…やはり思い出せない。
「あの、失礼ですがお兄さんの事は…」
「まあそうですね、騎士団長といえば分かりますか?」
騎士団長?確か、昨年魔物の集団発生の時にそんな事を名乗っている人が居たような。
「…あぁ、金髪の青年のことね。あれは、たまたまそこを任務帰りに通りかかっただけなのでお礼を言われる様なことは何もしてないわ。」
「…失礼かもしれませんが、もしかしてアリシア様は人付き合いが苦手ですか?」
痛いところをついてくるわね。
「苦手というか、今までしてこなかったからわからないだけよ。それに…私は他人を信用できないのよ。どうせいつか裏切るわ。」
「では、私とお友達になりませんか?私は、将来家を継ぎますし長いお付き合いになると思いますよ。それに、情報収集という点なら私もあなた様のお手伝いをできると思います。」
「さっきの話を聞いてなかったのかしら。私はあなたを信用できないの。」
「ええ、ですから最初は私の事を利用する形で構いません。」
利用するにも、信用は必要だと思うのだけれど…今更か。あの王子と契約を交わしている時点で手遅れな事だ。
「私の手伝いって、わかってるの?あなたにも危害が加わる可能性があるのよ?」
「ええ、承知しております。」
…はぁ、何を言っても無駄そうね。
「分かったわ。必要な時はお願いするわね。」
「それでは、お友達契約成立ですね。」
「これからは私の事は、フィナと呼んでください!仲のいい友人からはそう呼ばれているんです。」
「分かったわ。じゃあ私のことも好きに呼んでちょうだい。あと、そんなにかしこまらなくていいわ。」
「分かりました。いえ、分かったわ!じゃあ私はアリシアのことをシアと呼ぶわね。」
理解が早くて助かるけれど、順応するのが早いわね…
「っあそうだ。これは単なる疑問なのですが…なんだけど一つ質問しても良いい?」
「ええ。」
「あの、何で学校に通われているのですか?」
…どういう事だろうか。この歳になったら学園に入ることは当たり前のはずだ。なぜと言われても…
「一定の年齢になると学園に入学するのは当たり前の事だと思うのだけれど…」
「っえ」
いや、っえと言われても困るのだけれど。
「ええっと、もしかしてしらないの?調停者は任務で忙しくなるから申請さえすれば卒業扱いで学園に行く必要がないの。
「もちろん通う事もできるけど、調停者のうち3人は通わなかったらしいわ。」
…いや、初耳なのだけれど。…恐らくシルヴィア様あたりが今回の仕事の件で黙っていたのでしょう。
「知らなかったのね。もしかしたら、任務のために入学したと思ったけど、違った?」
鋭いわね、確かに今は任務があるわ。でもこの令嬢に話していい事だろうか…
騎士団長がいる家で下手なことはできないか。今は情報が足りてなさすぎるし、少しだけ協力して貰おうかしら。
「正解よ。」
「なるほど~。やっぱりそうなのね。ちなみに、その仕事は呪具関連ってとこかしら?」
「本当に鋭いわね。」
「その件は、お兄様も頭を悩まされているようなの。」
それはそうだろう。何せ今回犠牲者となったのは確か騎士団の副団長と言ってたかしら。
「まぁ、いいわ。私は王女様のことも気にかけないといけないから、あなたは呪具の情報を集めてちょうだい。特に学生の中に関わっている人がいないかを。」
「分かったわ!任せて頂戴!」
好奇心旺盛ね。危険なところまで、歩踏み込み過ぎないと良いのだけれど…
その会話を最後にお互い時間をずらして教室へと帰って行った。




