2.始まりの鐘
入学の日を迎えた朝、アリシアの机の上には二通の手紙が置かれていた。
その手紙には二枚とも見覚えのある紋様が刻まれている。
一つは自国であるレインフォード王国王家のものだ。アリシアは9歳の時、調停者の一人として任命され王様とやり取りをする機会が増えた。そのせいか、今ではすっかり見慣れた文様となっている。
いつもは大体、仕事内容が書かれた依頼書が封印魔法のかかった封筒に入れられて届けられるのだけれど…今回はいつもとは違って派手な封筒で届けられていた。
何事かと思い、封を開けてみるとその理由がはっきりと分かった。
その内容は学園への入学の祝福の言葉だった。
わざわざ王家が直々にこんな事をする必要があるのかと思ってしまうが、これもおそらくは思惑あってのことなのだろう。
大方、調停者の力が王家から離れるのを恐れての機嫌取りってところかしら。
「ふん…ご苦労なことね。」
もう一方の手紙には…隣国であるグランティア王国王家の紋様が書かれていた。
こちらもアリシアには心当たりがある。
以前の任務の際に隣国の第三王子と知り合い、一つの契約を交わした事がある。その内容は、互いの利益のための情報交換。ただし自国が不利になるような事は互いに聞かない、そして…それ以外の事は互いに干渉しないといった事だ。
恐らく、この時期に送ってきたと言う事はこの国に飛び火しそうな問題でも起こったのだろうと思い手紙を開けて見たのだが…
そこに書かれていたのは、一枚と同様またもや祝福の言葉だった。
「契約と違うわね。互いに干渉しないという約束をしたずなのだけど、一体どういうつもりなのかしら。」
普通なら、嬉しい内容なのかも知れないがアリシアにとってはストレスの原因でしか無い。そもそも第三王子との関係は極秘で行なっている為、バレるとアリシアの立場的にも非常にまずい事になる。
いくら調停者でも他国に何かしらの情報を漏らす行為は国家への反逆と見なされてしまう。
もしそんな事になったら第三王子を一生呪い続けてやる。
そんなくだらない事を考えているとメイドから声が掛かった。
どうやら、いつの間にか時間が経っていたらしい。手紙のせいで急いで学園の入学式に向かう羽目となった。
* * *
アリシアが着いた頃にはすでにほとんどの生徒は集まっていた。
これでも馬車を使わず飛行魔術で急いだつもりだったのだだけれど…それでも遅かったらしい。
この時間に入ってくるのが私だけだったせいか無駄に注目されている。
それに…すでに何個かのグループができており、一人のアリシアは場違い感が半端ない。そもそも普段からあまり社交会やらパーティーやらに参加しないアリシアは顔見知りや友人などいるはずもないのだ。
しばらくすると、どこからか鐘の音がなり式が開始した。
ここからしばらくの間学園の先生による演説を聞くこととなる。正直興味が無かったので適当に流し聞いていたのだが学長の口から思わぬ名前が読み上げられた。
「次に、今年から宮廷派遣員が一人この学園に就く事となりました。宮廷派遣員及び調停者が一人シルヴィア・アーライト様より挨拶がございます。」
調停者の名前に会場がざわめいている。王命のみで動くこの国の最高機関の一人が学園の一役員となったのだ。当たり前と言えば当たり前だ。
アリシア自身も少し驚いた。こういった事は事前に教えておいて欲しかった。
調停者は実力もあり皆天才の集まりだが、一番重要な報連相がイマイチできていない。
シルヴィアはこちらに気が付いたのか軽くウインクをしていた。これほど派遣員という役職が似合わない人はいるだろうか。そう思っていたのだが意外にも真面目に挨拶をしている。
「新入生の皆さんこの度は学園へのご入学誠におめでとうございます。これから三年間あなた達はここで沢山のことを学び、新たな事と出会い、競い合い成長していくことでしょう。あなた達が無事卒業し、王国の元で共に活躍する日を楽しみにしています。」
「シルヴィア様ご挨拶ありがとうございます。以上を持って入学式を終わりたいと思います。この後は……」
入学式が終わり、生徒たちはバラバラに散らばっていった。
この後は今日は初日という事もあり、校内の見学と研究会の体験の時間となっているらしい。研究会は卒業するまでの間にそれぞれのテーマに沿って知識を深めていく活動らしくほとんどの生徒が入っていると聞く。
もっとも、アリシアは入るつもりはない。というか入れないと思う。恐らく学園に通いながらも調停者としての任務も同時に行う事となるだろう。
そう思い研究会の歓迎を無視しながら校舎の方へと向かった。
「それにしても、広いわね。」
飛んでいる時から思ってはいたけど実際に歩くと、とてつもなく広く感じる。
アリシアは人の流れに沿って歩いていた筈なのだが、いつの間にか辺りには数人しか居なくなっていた。
「完全に、迷ってしまったわね。」
仕方なく一度引き返そうとした時、不意に後ろから誰かに抱きつかれた。
「っ…!」
驚いた事に抱き付かれるまで気が付かなかった。普段から弱めではあるけど、魔力感知を発動し続けているのだが近づいてくる気配など何も無かったのだ。
アリシアは無理やり振り解き距離を取ろうとした。だが出来なかった。意外にも力が強くびくとも動かない。
「っだれ!」
「ふふっ。わったし~。」
「…」
聞き覚えのある声に頭だけを後ろに向けると、視界には白銀色の綺麗な髪が宙を舞ってた。
「…お久しぶりです。シルヴィア様。」
そこにいたのは、さっきまで前で挨拶をしていたシルヴィア・アーライト様の姿だった。
「相変わらず堅苦しいわね~!そんなんじゃお友達なんてできないわよ~。」
「あっ、そうそう。この後話したい事があるのだけど、時間ある~?」
話…任務かしら?なんにせよ面倒ごとの予感がするわね。
「…はい。」
「それじゃあ、人のいない場所に行きましょうか。」
そう言うと強引にも手を掴まれ駆け出していった。
っちょ、この人の距離のつめ方おかしくないだろうか。シルヴィアとは同じ調停者だけれどそこまで親しい仲じゃない。
それとも、これが普通なのだろうか…
少し歩くとシルビアは誰もいない部屋へと入って行った。もちろん手を掴まれているアリシアも強制的に連れ込まれた。
ここは何処なのだろうか。
「あの、シルヴィア様。ここは…」
「ここはね~、私の部屋よ!」
「…あの、いくら学園の関係者でも空き部屋を勝手に使うのは流石に、」
私が勝手に使っていると指摘をするとシルヴィアは子供のように頬を膨らませた。
「失礼ね~!ちゃんと許可はもらっているわよ~。今回の任務はちょっと長引きそうだから部屋を借りたの。」
なるほど正式に与えられた部屋という事か。まあもし何か言われてもこの人のせいにすれば良いか…
「それでね、アリシアちゃんをここに呼んだ理由なんだけどちょっとした頼みごと?があるの~」
「なんで疑問形なんですか…それで頼みとは?」
「その返事は、受けてくれるということで良いのかしら~。」
なんだか嫌な予感がする。別にやる事もない為うんと言ってもいいのだけれど…念のため内容を聞いてからにしようかしら。
「内容を聞いてから判断します。」
「じゃあ今から今から話すわね~。今、王都では大きな二つの問題が起こっているの。」
「一つは古代呪具身代わりの心臓、別名オルタナティブの消失よ。」
呪具、聞いた事はあるがたかが道具ひとつ消えたくらいで問題になるのだろうか。
「それって、そこまで強力な物なのですか?」
「…アリシアちゃん、呪具について詳しく知ってる?」
詳しくと言われても人を殺すことに特化した道具としか知らないのだけれど。大体、呪具の情報って機密事項じゃなかったかしら?
「いえ、そこまで知りません。」
「じゃあ、まずそこから説明するわね。呪具っていうのは、簡単に言うと魔道具と似たような物なの~。ただ魔道具は初級、中級、上級、煌級、宝具、古代具といった階級に分けられているけど、呪具は一番低い階級でも上級からしか無いの。それだけ強力な物ってことよ!」
なるほど、今回はその上級以上の呪具が盗まれたのね。それでも、軍を出せば探し出せない事はないと思うのだけれど。
「それで、今回なくなったのは魔道具で言うところの古代具に当たる階級なのよ~」
古代具…なんでそんな重要な物がなくなるのかしら。
「ちなみに、その呪具の効果ってどのような物なのですか?」
「オルタナティブは…そうね、その呪具に登録した血の持ち主を赤黒い炎で焼き尽くす効果があるの。ただ、文献によると強力なだけあって一度使用すると丸一日使えなくなるわ~。」
なるほど…結構えげつない効果ね。確かにこれは被害が出る前に探し出した方が良さそうねだわ。
「なるほど分かりました。被害が出る前に探し出したいから手伝って欲しいと言う事かしら?」
「いえ、実は被害はすでに出ているのよ。最初は平民が何人か犠牲になり、一番最近では騎士団の副団長が犠牲になったの。」
初耳だ。そこまで事が大きくなっているのなら噂でも流れてくると思うのだけれど、アリシアは全く知らない。
「初耳ですね。」
「当然よ~。王家が全力で情報操作しているのだから。まあそれで、これは二つ目の問題でもあるんだけどこの事件がきっかけで反王家連中が動き出したって事ね。」
「元々、裏でこそこそとやってはいたそうなのだけど~今回の件で動きが活発になり、とうとう王家の呪で人が死ぬだとか変な噂を広め始めたのよ。これ以上過激になると物理的手段を取りかねないわ!」
貴族同士のいざこざね。くだらない、でもだからといって放置しておくっていう訳にはいかなさそうね。
「確かに、ここで止めておかないと今まで王家が積み上げてきたバランスが崩れてこの国が滅びそうですね。」
アリシアは冷静に考えてそう答えると何故か目の前に座っているシルヴィアは引いている。
「アリシアちゃん、真顔でそんな怖いこと言わないでくれる~。」
それでも事実は事実だ。反王家を掲げている勢力は今となっては馬鹿にできない。元々は、平民だけだった集まりも今じゃ貴族が筆頭となっている。ただでさえ面倒な連中なのに、そこに武器まで与えてしまっては収集がつかなくなってしまう。
「はぁ、話しを戻しましょう。結局、私は何をすればいいのでしょうか。」
「そうね、アリシアちゃんは貴族連中に探りをいれつつ問題が起これば対処して欲しいの。私は呪具のほうに集中した方が良さそうだから。」
「それとこれはついでなんだけど~アリシアちゃんの一つ上のクラスに第一王女が通われているの。一応気にかけておいて頂戴!」
何か、ついでの様に仕事を追加された気がする。
「…分かりました。出来る限りの協力はします。っあ、でも第一王女の護衛は無理かと。会った事もないので顔が分かりません。」
「それなら大丈夫よ!あったらすぐ分かると思うわよ~。とても目立つ容姿をしてるから。」
目立つ容姿…どんな格好をしているのかしら?
「それじゃ、明日からよろしくね~。何かあったら伝書鳩でも飛ばして頂戴!」
「それじゃ。」
シルヴィアは話したい事だけ話すと勢いのままに部屋から出ていった。
あの人は、勢いだけで突っ切れば何とかなるとでも思っているのかしら。
それにしても…
「明日から面倒ね。」
アリシアはシルヴィアが出ていった後、ため息を漏らしながら部屋を後にした。




