1.プロローグ
雪が降っていた。
空から落ちてくる白い贈り物を、アリシアは窓辺でそっと眺めていた。
風もなく静かな夜。廊下を行き交う使用人の足音さえも聞こえない。
ただただ雪だけが降っている。
こういう夜は嫌いだ。
嫌でも5年前の事を思い出してしまう。
何年も前の出来事だというのに、今だに忘れられない。
いや、決して忘れてはならない…
あの夜、お父様は死んだ。
いや、正確にはメイドの手によって殺されたのだ。
その日以来、アリシアは自分以外を信じる事をやめた。できなくなってしまった。
人は嘘をつく。
優しい言葉も、忠誠も、信頼も。
信じられるのは自分だけだ。これまでも、これからも。
ーーコンコン。
感傷に浸っていると、不意に扉が叩かれた。
「アリシア様。奥様がお呼びです」
聞き馴染みのあるメイドの声だった。
「…すぐ行くと伝えてくれるかしら。」
「承りました。」
実に淡白なやり取りだ。だが、アリシアにとってこのくらいが丁度よかった。
* * *
「奥様、お嬢様をお連れしました。」
メイドは私を連れて来ると、お母様の横に立ちわざとらしく丁寧に頭を下げた。
「ご苦労さま。もう下がっていいわ。あなたも休憩なさい。」
「…ですが」
「休憩なさい」
「はい…わかりました。ですが、流石に扉の前で待機させてもらいます。」
「あなたも頑固ね~」
「奥様には及びません。」
さっきから私は何を見せられているのだろうか。正直、この家の空気は掴みづらい。
メイドとのやり取りを終えたのか、お母様は一度咳払いをすると私の方へと向き直った。
「シア。明日はとうとう学園への入学ね、おめでとう。」
「あなたがこの日を迎えられた事を、母として嬉しく思います。」
「ありがとうございます。」
アリシアは両手でスカートの裾を軽く持ち上げ優雅に一礼した。いわゆる令嬢の作法というやつだ。
こういった堅苦しい事はあまり好きではないが、お母様の雰囲気的にしていいた方がいいと思っっての行動だったのだが…
「はぁ」
なぜか呆れたようなため息が返ってきた。
本当に何故だ?
「相変わらずね~」
「もう少し、甘えてくれてもいいのよ?私の胸はいつでも空いているんだから!」
そう言って母様は静かに笑っていた。
だが、これでも精一杯、家族らしくしているつもりだった。
アリシアはどうしたら良いかわからなくなり困った顔をしていると、そんな様子を見ていた母様が少し考え込み、真剣な表情をし口を開いた。
「アリシア、あなたは明日で14歳になります。もう…あの日の事なんて忘れなさい。あなたにはあなたの人生があるの。」
「…」
「いえ、復讐など考えておりません。今となっては私も立場というものがありますし。」
「…そう。あなたが少しは前向きなようで安心したわ。」
その言葉を聞いた母様は安堵したような、しかし少し寂しげな笑みを浮かべた。
「…それでは、失礼します。」
少しの沈黙の後、アリシアは居心地が悪くなり部屋を出る事にした。
「…」
「お嬢様は本当に御立派になられましたね。」
アリシアの退出後側に控えていたメイドがここぞとばかりに口を開いた。
「ええ、そうね。確かに外から見たら凄い成長ね。私もまさか自分の娘が魔術師の頂点である調停者になるなんて思わなかったわ。」
「お嬢様は昔から努力家でしたからね~本当に凄いです!」
…このメイドは昔から思っていたけどシアの話になると何故か上機嫌になる。親として、娘のことを気に入ってくれるのは嬉しいのだけど少し複雑でもある。
仕える主人は私なのに…まあ、今は置いておこう。
「でもそれは、あくまで外の話よ。心はまだ幼いままだわ。あの子は、昔も今も何でもかんでも一人で抱え込んで一人で解決しようとするの。」
「そんなの今は大丈夫でも、いつか取り返しのつかないような事になりかねないわ!」
魔術だってそうだ。家庭教師を雇うことだって出来たのに結局は一人で解決してしまう。頼ってくれても良いのに…
少しは周りを知ろうとすればあの子も変わってくれるだろうか。
「きっとなんとかなりますよ!」
「それにこの先、沢山の出会いがあるはずです。お嬢様もきっと変わられますよ。」
「そうね。そうなる事を願うわ。」
そう言うと二人はしばらくの間、アリシアが出た扉を温かい目で見つめ続けていた。




