8 金髪ギャルが迫ってくる(怖)
「よーっすよすよす。九条ジュリたんだぞ☆」
突然俺の目の前に金髪ギャルが現れた。
それはもう、立派な金髪ギャルだ。
鮮やかな金髪ロングを、ポニーテールで結っており、毛先が緩く巻かれている。
まつ毛もおそらく自まつげではなく、バッチバチに植え付けられた人工まつ毛だろう。
そしてなっがいなっがい爪。もちろんゴツゴツのネイルが施されている。
もはや九条に校則なんてものは存在しないのだろう。恐ろしき、ギャル。ただ、素材がいいからか、ギャル装飾が全て似合っているのも末恐ろしい。
「ねえ、アンタが海野?」
人生で初めてギャルが迫ってきて、動揺してしまう俺。
「そ、そうだけど……」
すると九条は俺のことを批評的な視線で眺める。
「ほ〜ん。ほんほんほん」
そしてなぜか俺の周りを回り始めた。
「え、ちょっ、なになになに」
三周ほど回ったところで、再び俺の目の前で止まる。
かと思えば今度は長く長く伸びた爪で俺の前髪をめくりあげる。
「うわあ!? な、なにすんだよいきなり!」
状況が飲み込めない俺に対して、九条はマイペースにしゃべり出す。
「えーっ! ちょっ、まって。割とイケメンぢゃん! 花恋ってば、良い男捕まえたな〜」
ダイヤの原石ってヤツ? と九条はひとりで頷く。
何が起きてるか少しも理解できない俺は立ち尽くすことしかできない。
そして九条はこちらにペースを譲らないまま、続けた。
「ねぇ、海野今日暇?」
「え……? ああ、まぁ……」
圧に押されてなんとなく答えてしまう。
すると九条は「よしっ!」と言って、目元でピースをした。
「んじゃあ、行くよ! 海野の垢抜け大作戦ッ☆」
九条は手袋をつけたあと、俺の手首を掴んだ。
手袋の先から長い爪が飛び出ている。
「……は?」
俺が何かを抗議する前に、俺の足は俺の意志と反して動き出す。
九条に引きずられているようだ。
「いや、意味わかんねえって! どういう状況だ、これ!?」
しかし九条はまともに答えてくれない。
「百聞は一見に如かずっしょ☆ ジュリたんに着いてきてくれれば無問題ッ☆」
手首に布の感覚がまとわりつく。
走っているから、俺の汗で蒸れそうで嫌だ。
「なあ、なんで手袋してるんだよ!」
「だって花恋の彼氏を素手で触るのはよくないじゃん」
「無理矢理連行するのはOKなのに!?」
「それはそれっ、これはこれっ!」
つけ爪だろうか自爪だろうか。ともかく綺麗に手入れされてて、そのうえ鋭利だ。ネイルチップもふんだんにつけられているから、凶器度が増している。
NOと言ったらこの爪で刺されてしまいかねない。
俺は大人しく従うことにした。
そしてとあるところで九条は足を止める。
「まずはぁ〜、美容室っ。私予約してあるから、さっさといくよっ」
俺がうんともすんとも言う前に洒落た美容室に連行される。
店員さんも爽やかイケメンで怖かったが、九条が先頭切ってオーダーをしてくれた。
「そうそう。こんな感じで……眉毛もいい感じにカットしちゃってください……はい、はい。素材は良いから絶対イケメンになると思うんですよねぇ〜」
そして散髪。からの完成。
よく言えば無造作ヘアー、悪く言えばノーセットだった俺の髪は、今どきのセンター分けへと進化する。
「きゃあ☆ マジでかっこいいじゃん! やっぱ、私の目に狂いはなかったかぁ〜」
九条は俺の顔をじろじろ見ながら言った。
俺は自分を鏡で見ても、あまり自分だという実感がわかない。
俺は少し生まれ変わった自分と睨めっこしていると、九条が話しかけてきた。
「どーお? 自分でも結構かっこいいって思わない?」
俺は「うーん……」と曖昧な返事をする。
「おでこが全開でスースーする……少し落ち着かないな……」
「大丈夫大丈夫! チャックが全開でスースーしてるわけじゃないんだし!」
九条は次の目的地場所を指をさす。
「じゃあ次! ヘアセットの道具買いに行くよ!」
「その後はスマートな男を演出するために対策を考える! 花恋が重そうな荷物を持ってたらどうするの? 俺が持つよって言わないと!」
「その次は笑顔の練習! はいっ、爽やかに笑ってみて!」
怒涛の講習に俺は目が回りながらも、なんとか九条が出す課題をこなした。
「なぁ……俺いつまで口角あげてないといけないんだ……笑いジワがついちゃいそうなんだが……」
しかし九条は俺の言ってることをスルーし(多分聞こえているんだろうが、九条にとって興味無い言葉は背景に溶けていってる気がする)目の前の建物を指さす。
「そして最後にコンビニ! 甘いものを食べて英気を養う!」
「それは九条が食べたいだけだろ」
「ありゃ、バレちったか〜」
漫画のようなてへぺろをしてくる九条。
そしてコンビニに連行される。
「んまっ! やっぱ今どきのコンビニスイーツはレベル高〜!」
九条はコンビニから出てすぐにシュークリームにかぶりつく。
もこもこした生地の中からたっぷりのカスタードが顔を出す。
あまりに美味しそうに食べるものだから、俺も続いてシュークリームにかぶりついた。
「うっま……」
確かにこれは美味い。
あまりの美味さにすぐに二口目にかぶりつく。
すると、シュークリームと口の僅かな隙間からカスタードが脱走する。
脱走後、カスタードは服の上にボトリと落ちた。
もちろん一部始終は九条にガッツリ見られていたようで、隣でケタケタ笑い出す。
「あはは! 食べるの下手っぴぢゃん! 私のティッシュ使いな!」
「悪いな……ありがとう」
差し出されたティッシュを素直に受け取る。
「あ、使ったティッシュは返さなくていいからね!」
「そりゃそうだろ! 俺も返したくないわ!」
そしてふたりでシュークリームをあっという間に平らげる。
腹も満たされたところで今日を振り返ると、とても楽しかったことに気づいた。
「……俺、九条ってもっと怖いやつかと思ってた」
俺は出し抜けに呟いた。
すると九条は「え!」と声を上げて、ごもっともな返事をしてくる。
「なにそれ失礼すぎるし!」
「いや、ほんとにそれな。人を見かけで判断しちゃいけねぇ」
九条は「ほんとだよー!」とか「心外〜!」とかポップに抗議してきた。
「ていうかさ、花恋(彼女)の友達なんだから、良い人なんだろうなって考え方にならん!? 全く、これだから海野は」
「すまん……」
俺は弱々しく謝罪する。
しかし俺の頭の中である事象が思い出された。
九条が花恋に対して勧めたこと。
『嘘でもいいから告ってみれば?』
俺は目の前の九条を見る。
「ん? どした?」
こてん、と首を傾げる九条。それに合わせて金髪ポニテが揺れる。
今日一日過ごしてみて、九条が良いやつなんだろうなっていうことはわかった。
けど、九条は間違いなく花恋に嘘告を促した張本人なわけで。
(どっちが本当の九条なんだ……? わかんねえ……)
だから俺はこんな質問を投げてみた。
「なんで俺に世話を焼いてくれたんだ?」
すると九条は大きなピースを俺に向けてくる。
「だって花恋が始めてできた彼氏だもん。私が姑活動しなきゃ」
そしてピョンと一歩前に出て、こちらに近寄った。
「花恋の彼氏が海野で良かった! 今日は付き合ってくれてありがとう、海野!」
いひひ、と飾らない笑顔でお礼を言う九条。
その笑顔につられて、俺も微笑んでしまう。
「いいや。俺こそありがとう、九条」
そして少しの間ふたりで歩き、九条は駅の方へ足を進めようとする。
「じゃー、私電車だから。海野は?」
「俺はここから少し歩いて家」
「そか! じゃあまた明日だね!」
そう言って九条は駅へと身体を向けようとした。
しかしどうしてか、俺は九条を引き止める。
「あのさ、一個聞いていいか?」
「ん? どったの」
「九条と花恋って仲良いよな?」
「うん、そうだけど」
「いつからだ?」
「いつ……って入学してすぐ? 花恋がかわいすぎて仲良くなりたい! って思ってすぐ話しかけた。んで、今では親友」
九条は「なんで? やっぱ彼女のことだから気になるの?」と真っ直ぐに聞いてくる。
「あー……まぁそんなところ……」
俺はこう返したはいいものの、なぜこんな質問を突然したのか自分でもよくわかってなかった。
「ごめんな、引き止めて。また明日」
「? うん! じゃね!」
こうして九条と別れた。
途端に静かになった帰り道。
俺はぐるぐるとひとりで考えごとをしていた。
(親友……親友か。親友だから恋バナぐらいするよな、きっと……)
けど、親友が嘘告しろって勧めるか? いや、勧めないだろう。
それに九条のやつ、やっぱり何回考えても良いやつだった。
冗談で嘘告しろ、なんていうような性格じゃないように見える。
ていうか、待てよ?
確かにあの日、俺が花恋に嘘告された日、九条って嘘告しろって花恋に勧めてた……よな?
なのに、まるで俺が本当に花恋の彼氏であるかのように扱ってくれた。
ひょっとして。いやまさか。
「……九条は俺が偽物の彼氏だって知らない?」
俺の中で大きな疑念が生まれた瞬間だった。




