6 かわいい後輩ちゃんは一途らしい 1/2
「海斗、今日一緒にスタバ行かない? フラペチーノが飲みたくて」
「ああ、もちろんいいぞ。花恋とならどこだって嬉しいからな」
放課後の廊下で繰り広げる会話。
そんな一見普通にカレカノに聞こえる会話も、花恋が絡んでいるとなると、一足一挙が注目された。
「花咲さん、今日も美しい……」
「未だに海野と付き合ってるとか信じられない」
「海野に仕方なく合わせてやってるんじゃね?笑」
「にしては、花咲さん結構海野のこと好きそうに見えるんだよなぁ……」
相変わらず、視線と噂話の的となることには慣れないが。
すると廊下の奥からドドドドドと何かが迫ってくる音がする。
「コラァ! 廊下は走るなぁ!」
生活指導の先生が叫んでいる。
しかし駆け足は止むことはなかった。
俺と花恋は音源が気になり、足音がする方を向く。
音の主は眼前まで迫っていた。
「せ〜んぱ〜いっ♡ 甘奈志友が会いに来ましたよぉ〜♡」
「ぐわぁ!」
そのまま俺は抱きつかれ、押し倒される。
俺は聞き慣れた声に、見慣れた顔を把握して、仰天する。
「志友!?」
「はいっ♡ 海斗せんぱいのかわいい後輩ちゃん、志友です♡」
中学時代の後輩、甘奈志友。
ふわふわのハーフツインがトレードマークのあざといやつ。
いつもきゅるきゅるした言動を取るが、それが様になるほどかわいい顔をしている。
大きな目、少し垂れ下がった眉、ぷるんとした唇。いわゆるたぬき顔というやつだった。
そして何よりの特徴は声。
甘すぎるぐらい甘いアニメキャラのヒロインボイス。
現役高校生声優として活動していてもおかしくない。
「志友、晴晴《うちの高校》受けてたんだな……めっちゃ勉強嫌いだったじゃねえか……」
俺は覆い被さる志友をそれとなくどかしながら言う。
「愛の力ってやつです。せんぱい、私の執念舐めないでください」
両手をグーにして顎に置く。ラブリーな声も合わさって、志友の全てが甘いのなんの。
もちろん、ギャラリーたちはこの一連はバッチリ見ていたわけで。
「え、なになに? 浮気?」
「新入生の子かな。めっちゃかわいい」
「つーか、海野ってそんな人気なの?」
と、いつも以上に注目が集まる。
それに対して志友は視線を全く気にすることなく、今度は花恋にタゲを移した。
「あ。花咲先輩も晴晴高校でしたっけ。花咲さんほどの学力があれば頭良女学院も行けたはずですのに。わざわざうちに入学してたんですね。わざわざ」
志友はかわいい顔を陰らせて花恋に噛み付く。
すると辺りが一層ざわついた。
「待って、ガチ修羅場じゃん。やばくない?」
「しかも花咲さんを取り合うんじゃなくて、海野を取り合う展開……?」
誰がどう見ても、ただ事ではない状況というのは確かだった。
しかし、当の本人——花恋だけは話に着いてこれてないように見える。
その証拠に花恋は何が何だかという感じで、志友に対して控えめに質問をした。
「えっと……私の彼氏になにか用かな」
すると志友の目が一気に黒くなる。
「は?」
ドスの効いたかわいい声だった。
俺も含め、周りで聞いていたヤツら全員硬直する——言われた張本人、花恋を除いて。
そして志友は再び甘えた声を出しながら、俺の腕を引っ張った。
「ほ、本当なんですか。海斗せんぱいっ」
後ろめたい気持ちがないでもない俺は、歯切れ悪く答える。
「ああ……まぁ……ほんと……」
俺は渋々答えると、志友はあからさまに狼狽えた。
「う、嘘でしょ……そんな……」
ふらり、と後退する。余程ショックだったのか、気を失いそうな勢いだ。
「あぶねっ……!」
俺は志友の背中を受け止める。志友はそのまま、俺に身体を預けた。
「……せんぱいっ、私立ち直れないです。彼女にするのは、私じゃダメですか……?」
上目遣いで俺を見上げる。目は少し潤んでいた。
「いや、ダメっていうか……」
俺が返事に困っていると、志友は俺の左手の薬指を撫でる。そして満足そうに頷いた。
「でも結婚はしてないですし、まだ自由恋愛の範囲なので私がいても問題ないですね」
そしてピョンと立ち上がる。今度は俺を見下す形となって宣言してきた。
「せんぱい、どんなに寄り道しても最終目的地が私であればいいです。私はいつでも待ってますからね♡」
ギュッと目を細める志友。これには周りの生徒も「……かわいい」とちらほら声を漏らしていた。
そして俺は花恋の存在を思い出す。
偽りの彼女だからとんでもなく悪いことをしているわけではないが、やっぱり名目上彼女ということにはなっている。
こんな様子を見せてしまい、罪悪感が芽生えていた。
(花恋……怒ってないかな)
俺は恐る恐る彼女の顔を見る。花恋はどうしたらいいかわからないという表情で、俺たちを見ていた。
そして気まずそうな笑顔を浮かべながら、俺たちの間に入ってくる。
「あの……私たち今からデートだから……」
「だから、なんです? 着いてきますけど」
志友は少しも譲らない様子だった。
これには花恋も困惑している。
「え……いや、別にいいけど……」
こうして、俺たちは三人でスタバへ向かった。
☆
店員さんは困惑していた。
「い、いらっしゃいませ……?」
そりゃあそうだろう。
平々凡々な地味男の両手にはかわいい芍薬と美しい牡丹が咲いているのだから。
志友はというと俺の腕をがっしりホールドして、きゃいきゃいしゃべっている。
「せんぱい、何頼みますか?♡ やっぱフラペチーノです?♡」
「あー、そうしようかな。キャラメルフラペチーノとかにする予定」
「え〜、せんぱいってば、スタバは期間限定を飲むのがいいですよぉ♡ あ、ホイップは無料で増量できますから、店員さんに伝えましょうね♡」
志友は「じゃ〜あ〜」と言ってメニュー表を指さそうとする。
すると横から花恋の指が出てきた。
「じゃあ二人とも期間限定のホイップ増量ね。私もそれにしようかな」
さらり、と言って店員さんに顔を向ける。
「すみません、店員さん。この限定フラペチーノ、ホイップ増量を三つで」
すると店員さんは花恋の美貌に見とれてたのか「は、はい……」と少女漫画のヒロインのような返事をする。
そして花恋の所作だけで毎度の如くオーディエンスができていた。
「すげえ……あの子めっちゃ美人……」
「しかも面倒見も良さそうだな」
「愛想も良さそうだし、あんな子が彼女だったらな〜」
すると片腕の圧迫感が強くなった。
見ると、志友が口を結んで俯いている。
「……せんぱいだけは私のことを見てて欲しい」
か細い声で、そう懇うてきた。
「志友……」
俺は何か声をかけようとすると、花恋の声にかき消される。
「海斗と志友ちゃん、フラペチーノできたって! 席、向こう空いてるから座ろ」
そう言って花恋は「こっちこっち」と俺たちを誘導する。
「行こう、志友」
「はいっ、せんぱい」
そして席についてフラペチーノを飲む俺たち。
「せんぱいっ、どおですか? 期間限定イチゴフラペチーノ! 甘酸っぱくて美味しいですよね!」
そう言われて俺はフラペチーノを飲んでみる。
確かに甘酸っぱい気がするが、それ以上に若干気まずくて味を存分に楽しめない。
俺はちらりと花恋を見る。花恋は普通にフラペチーノを味わっていた。そして秒数を追うごとに、顔が輝いていく。
「ねぇ、美味しい! これすごく美味しいよ!」
無邪気に言う花恋に、俺もつられてもう一口フラペチーノを飲んでみる。
「……確かにめっちゃ美味い」
ベースが爽やかなイチゴ味で、その中にイチゴジュレが入っている。ジュレに酸味とイチゴのつぶつぶ感があり、さすがスタバと思わずにいられない一杯だった。
俺は手に持ったフラペチーノを見ながら、口を開く。
「スタバ行ってもキャラメルフラペチーノとかダークモカチップフラペチーノしか頼まないからさ」
「それなんだよな。俺、常設しか頼まないんだよ。特に、こういうオシャレな店は怖いし、そもそもひとりで入ろうと思えない」
「私も! スタバだと基本オーソドックスなやつしか頼まないから気持ちわかる!」
そして花恋は先程から面白くなさそうにする志友の方へ話を投げる。
「志友ちゃんが勧めてくれなかったら、このフラペチーノ飲むことできなかった」
花恋はふっと表情を柔らかくした。
「ありがとう志友ちゃん」
「……っ」
志友はフラペチーノのカップを親指で凹ます。
そして斜め下を見ながら言葉を返した。
「いえ……どういたしまして……」
そして俺たちはスタバを後にする。




