5 テスト勉強でわかる、努力家な花恋のこと 2/2
それから一時間後。
花恋は首をぐるりと回したあと、大きなあくびをひとつした。
「ふわぁ……結構頑張りすぎちゃった……」
「眠そうだな。少し仮眠取っていけよ。花恋の家、走ってすぐだし」
「私がランニングしてることまだいじるわけ?」
「いいや。ランニング自体はとっても偉いからむしろ褒める対象だ。俺がいじってるのはなんで俺の家の前をランニングコースにしてるかであって……」
「あーあーあー! ゴホゴホ! げふんげふんっ!」
芝居かかった咳のせいで、全てを言うことが叶わなかった。
そして花恋は机に置いてある参考書を片し始める。
「じゃあお言葉に甘えて少し寝ていこうかしら」
俺は花恋に枕がわりに小さなクッションを渡す。
「変なことしないでよ」
「しねえよ、アホ」
こうして花恋は机に突っ伏した。
かと思えば、すぐに寝息が聞こえてくる。よほど疲れていたのだろう。
花恋が起きるまで本でも読むかと思い、立ち上がる。
すると花恋のバックから一冊のノートが飛び出ているのが見えた。
それだけだったら特に気にならなかったのだが、ノートの表紙の『海斗』と書いてあるのが見えてしまう。
(? なんだこのノート……)
変なことをするなとは言われたが、好奇心が勝ってしまう。
俺は自分の心に従うまま、そろりそろりとノートに手を伸ばした。
(ちょっとだけ借りるぞ)
心の中で勝手に断りを入れる。もちろん、持ち主からの是は返ってこない。
『海斗に絶対負けないノート!』
表紙に大きく書いてあったのはこの文言だった。
開けちゃいけないんだろうな、そう頭ではわかっていたが無理だった。
俺の中の悪魔がもっともっとと叫んでいる。
(すまん、花恋!)
俺はページを捲った。
『目標・海斗を惚れさせてギャフンと言わせる!』
初っ端これだった。
俺はついフッと笑ってしまう。
「……ギャフンってなんだよ」
そして下には作戦がいろいろ書いてあった。
『私のかわいい顔を最大限に使ってドキドキさせる!』
『完璧な私を見れば惚れるはず!』
『ボディタッチも(できたら)してみる!』
きっと本人は真面目に書いているつもりだろうが、俺から見たら少しアホっぽく感じる。
(そんなことしなくても、花恋は十分——)
そこである文言が目に入ってしまう。
『最近海斗が少しだけかっこよく見えるから油断しないこと!』
下には目立つようにマーカーが引いてある。
「……バカ真面目なやつ」
俺はずっと疑問に思っていることがあった。
(こんなバカ真面目なやつがどうして嘘告なんてしたんだ……?)
今度何気なく聞いてみようか。
いや。そんな勇気は今の俺にはないな。
だって。
(もし、本当に俺のことがどうだってよくて、一ミリの好意もない状態で嘘告してきてたら……?)
「花恋……」
俺は花恋の頭を撫でる。
滑らかでよく手入れされた髪の毛だった。
どうせ花恋のことだから、アフターバスのケアも欠かさないでやっているのだろう。
(こんなに頑張り屋さんで、どこか危うくて、客観的に見てもすごくかわいい……)
「本当に俺の彼女だったら——」
俺は自分の口を抑える。
完全に無意識でしゃべっていた。
(やばい。今の台詞、花恋に聞かれてないかな……)
俺は恐る恐る花恋の様子を窺う。
「すぴー……すぴー……」
ぐっすり眠っているようだ。
俺はほっと胸を撫でおろす。
窓の外を見る。もうすっかり夕暮れ時だった。
それから十分後、花恋の肩が揺れる。
「んー……おはよ、海斗……」
突っ伏した姿勢から、ゆっくり身体を起こす花恋。両腕を突き上げて伸びをする。
「おはよう、花恋。よだれ垂れてるぞ」
「え!?」
眠そうな目は一気に見開き、急いでハンカチを取り出そうとする花恋。
俺は意地悪な笑みを浮かべながらネタばらしをする。
「嘘」
「海斗の馬鹿!」
「いて」
俺は花恋の手に持ったハンカチを投げつけられてしまった。
「痛くないくせに」
「ごめんて」
俺は花恋にハンカチを渡す。
壁掛け時計を見ると、もう随分良い時間だった。
「送ってこうか?」
玄関口まで来て、俺は聞いた。
花恋は首を振る。
「大丈夫よ。私いつもこのぐらいの時間にランニングしてるから」
「そうだよな〜。知ってた」
「うざいわね」
花恋は靴を履いて玄関を開ける。
「じゃあね、海斗。また明日」
「おう、また明日」
俺たちはお互い軽く手を振って別れた。
☆
海斗の家を後にした私は、暗くなってきた道を歩く。
この辺は住宅街とはいえ、公園もあったり、コンビニもあったりするから、人通りはそこそこだった。
私はついさっきまでのことを思い出す。
うつらうつらしてきたときに聞こえてきた言葉。
『本当に俺の彼女だったら——』
夜風が顔を冷やす。
しかし熱が全然冷めない。
「……海斗の馬鹿」
私は涼しくなろうと、楽に走って風を切った。
いつもしているランニングだが、なぜだか今日は気持ち良い。
荷物がある分、いつもより自由が効かないはずだが、なぜだか身体は軽く感じた。




