4 テスト勉強でわかる、努力家な花恋のこと 1/2
「花恋、帰るぞー」
放課後。たまたま辺りに生徒がいなかったので、素で花恋に話しかける。
花恋もそれをわかっているようで、いつもの完璧美少女花咲花恋でなく、素の花恋として接してきた。
「ごめん。テスト期間だから無理」
キッパリと断る花恋。
その真面目な面持ちから、とある記憶が蘇ってくる。
(そうだ。こいつこういうやつだった……)
ときたましゃべってた中学時代。花恋はテスト一週間前になると、決まって誰よりも早く帰路についていた。
あのころは放課後にふたりでよくしゃべっていたが、テスト期間になると花恋がテスト期間だからって全くしゃべれなかったのが、少し寂しかった。
(……俺、今寂しかったって思ったか?)
その瞬間、俺の脳裏に中学のころ花恋とふたりで話した記憶が過ぎる。
『私、晴晴高校行くって決めてるから』
『そうなのか? てっきり頭良女学院だと思ったんだけど』
『晴晴の方が校風があってそうで。それに……晴晴だったら海野も来れるでしょ? 共学だし』
『まぁ行けなくはないだろうけど……今の学力だと晴晴は結構ギリギリなんだよなぁ……』
『そこは頑張ってよ。それに、今のまま過ごすのは悔しいでしょ? クラスのみんなを見返せるチャンスじゃん』
『それはそうかもしれねぇけど』
『じゃあやるっきゃないね。見せてやりなさい、海野の本気っ』
『……おう』
俺がそう答えたとき、花恋は拳を突き出してきた。
そして俺はその拳に返すように、コツンと拳を優しくぶつけた記憶がある。
甘くて苦い思い出だ。
甘いのは花恋との出来事で、苦かったのは現実……。
(いやいやいや。あの時はあの時! 今は今だから!)
俺は切り替えて、思考の時間軸を今に戻す。
目の前には高校二年生の花恋がいる。
「じゃあ俺の家で勉強しようぜ」
「え……?」
花恋は呆けた顔をした。そして彼女は軽く首を左右に振る。
「い、いやいや。勉強はひとりでするものだから」
そう言っているが、今度の断り方は先程と違かった。明らかに何かを意識している断り方だ。
俺はしめたと思い、口端を上げる。
「俺のことどうでもよかったら、俺がいても一人で勉強してるのと同じだもんなぁ〜? それとも俺がいると俺を意識して勉強できねぇか〜?」
いつものように煽りながら言う。
すると花恋はチョロいもので、簡単に煽りに乗っかった。
「で、できるわよ……! 自惚れないでよね!」
「よーし。じゃあ決定だな」
こうして俺たちは我が家へ向かう。
☆
「お邪魔します」
花恋は余所行きの声を出し、完璧スマイルを貼り付ける。
「今日は家族みんな帰ってくるの遅いから大丈夫だぞ」
「それを早く言いなさよ」
すると花恋は張っていた肩をなで肩に戻し、うちへ上がっていった。
「お邪魔するわよ」
「さっき言っただろ」
「誰もいないなら素でも言った方がいいかなって。一応アンタの家だし、お邪魔するのは事実だもの」
「意味わかんねえ……やっぱお前変に真面目だよな」
「……? そうかしら」
そう。こいつは昔から変に真面目だ。いや、バカ真面目って言ってもいい。
確かに俺の前だと雑な性格が出てくるが、根が真面目だからズルとかサボるとかができないやつだ。
その上、みんなの前だとさらに完璧を極めている。
どうしてそこまで完璧にこだわるのだろうか。
「ねえ、海斗。早く勉強しよ」
俺がぼうっと思考を巡らせていると、花恋が俺の顔を覗き込んでいた。
胸の内で何を考えているかなんてバレるはずがないのに、俺は少し動揺してしまう。
「あ、ああ……俺の部屋こっちだから」
「なんでそんなに歯切れが悪いのよ。部屋が片付いてないの?」
「……部屋は片付いてる」
頭の整理はついてないが。
こうして俺たちは俺の自室に入った。
「失礼するわよ……って、本当に部屋、整頓されてるのね」
「だから言っただろ。俺、普段特にやることもないから、部屋の掃除ぐらいしかすることないんだよ」
「ふーん……もう勉強ゴリゴリしないんだ」
「だからそれももうしないって。勉強なんてしたって世界は変わんねぇよ。勉強なんて赤点取らないぐらい程よくやってればいいんだ」
「行きたい大学とかも?」
「特にない。いい感じの大学に行けたら行く」
「日本人的な言い方ね。それ絶対行かないやつじゃない」
俺は答えずに「ここ座っていいから」とクッションを渡す。
そしてふたりで背が低く丸い机を囲むように勉強を始めた。
(それにしても、中学のときは想像もしなかったな……花恋を自室に呼ぶなんて)
花恋は勉強している姿も綺麗だった。
ペンを走らせるだけでも様になっている。
(素でもやっぱりめちゃくちゃ美しいな……)
悔しいが見とれてしまう。
(まずい。花恋に何もされてないのに、花恋に負ける気がする……)
俺は花恋から視線を逸らして、目の前にある課題共に集中する。
そして数時間後。
花恋は一区切り着いたのか、ペンを置いて伸びをする。
「ん〜。とりあえずやりたい範囲は終わったわ」
「おー、お疲れ様」
「お疲れ様……ってアンタは勉強してたわけ?」
「……まぁ、それなりに」
花恋は「どれどれ」と俺のノートを覗き込む。
「え。ほんとだ。ちゃんとやってる」
そして今度は俺の顔に視線を移す。
「やるじゃん、海斗」
俺は純粋な視線が照れくさかったので、意味もなく頬をかいて答えた。
「……なんつーか、久しぶりに勉強ガチってやってみようかなって思って」
「なんで突然?」
「花恋が頑張ってるから」
花恋は目をぱちくりさせる。
俺は「それにさ……」と続けた。
「お前も張り合いが欲しいだろ? 昔からテスト期間になるとアイツに負けないコイツに負けない俺にも負けないってうるさかったし」
「そ、そんな昔のこともう忘れたわよ」
「昔って言っても二年前だけどな」
「あー、うるさいうるさい! ちょっと、喉乾いた。飲み物もらえる?」
俺は「はいはい」と立ち上がる。俺が動くのにつられて、花恋の視線も動いた。
花恋は俺の背後にある棚に飾ってあるキャラクターグッズを見る。
かと思えば、彼女の目がどんどん見開いていった。
「え。天沢シュナちゃんじゃん」
「お、覚えてんのか……? シュナちゃんのこと」
天沢シュナ。
俺が中学二年生のときに新星の如く現れた大手事務所所属のカリスマVTuber。
「覚えているもなにも、私たち中学時代シュナちゃんの話で盛り上がってたじゃん」
そう。中学時代、俺がスクールバックにシュナちゃんのアクキーを付けていたら、花恋が目を丸くして話していたのを思い出す。
『え。海野も見てるの? シュナちゃん』
『は。ひょっとして花咲も?』
『見てる見てる! 昨日の配信も見たよ! 百曲歌いきるまで寝れま千ッ!』
『ああ、あれな。百曲はマストで歌い切って、千曲行けそうだったら歌うってやつ。結局百曲で限界来ちゃったけどな』
『ね! 私的には勉強のBGMにしたかったから全然千曲歌って欲しかったんだけど』
『それはシュナちゃん死んじゃうな笑』
『だね笑 そっか〜、海野もシュナちゃんリスナーかぁ。シュナちゃん話できる人できて嬉しいな』
そのとき俺も『それな。俺も嬉しい』とか答えた気がする。
(懐かしいな……)
思い出の浸り、思わず笑みがこぼれてしまう俺。
そんな俺を花恋は懐疑的な目で見る。
「ちょっと。何ニヤニヤしてるのよ」
「いいや。花恋がまだシュナちゃん見てるんだな〜って思うと嬉しくて」
すると今度は花恋の口端が上がる。
俺は花恋の口元を見ながら言った。
「……なんだよ」
「な、なんでもないわよ」
しかし一拍置いて花恋は「……やっぱ今の嘘」と言う。
「私も、海斗がまだシュナちゃんのリスナーでいてくれてすごく嬉しい」
へらりと笑うその姿は、やっぱりかわいかった。
直視したいのに、あまり長く見てると、こちらが光にやられてしまいそうな感じがする。
「? なんでアンタ顔赤いのよ」
「べ、別に赤くねぇし! ほら、さっさと勉強に戻るぞ。ちょっと飲み物取ってくるから待ってろ」
「……? 変なやつね」
それだけ残して、俺はキッチンへ逃げた。




