3 花恋の好みを把握済み
「花恋と海野が付き合ってる? いやいやいや。それはないでしょ」
「それが昨日一緒に帰ってたんだって。ふたりとも、下の名前で呼びあってたし」
「でも海野でしょ……? 釣り合ってなさすぎない?」
かりそめのカップルを初めて二日目。
日の当たらない場所で過ごしていた俺は一変、一気に学年で、いや学校中で噂の的となった。
「花恋、今日もかわいいな」
「海斗にかわいいって言われたいから、私は今日もかわいくしてるんだよ」
そう言いながら花恋は柔らかく笑った。
実際、悔しいことに花恋はめちゃくちゃかわいい。
綺麗なEライン。高い鼻。ちょうど良い二重幅。そして艶やかな髪。
こうしている今も絶え間ない視線が花恋へ向けられている。
(この子が嘘でも俺の彼女……)
心臓が跳ねる。不覚にもドキドキしてしまった。
(いけないいけない。これじゃあまるで俺が花恋に惚れかけてるみたいじゃないか)
気を取り直して作戦決行。
今日こそ花恋に俺のことを惚れさせてみせる……!
「花恋、一緒にご飯食べないか?」
「私も海斗と食べる予定だった」
「屋上にしようぜ」
「わかった。ちょっとまってて、購買でパン買ってくる」
そう言いながら花恋は購買へ向かおうとする。
しかし俺は腕でそれを制した。そして手に持っているものを見せつける。
「これだろ?」
俺は購買で買ってきたクリームパンを出した。
すると花恋は目を丸くする。
「え、なんで知ってるのよ」
素っ頓狂な声を出す。
もちろん、完璧美少女である花咲花恋は、みんなの前でこんな声は出さない。
俺は思わず、小さな声で煽りを入れる。
「オーディエンスがいるのに、素が出てるぞ〜? 大丈夫かぁ〜?」
すると花恋はふわりと口角を上げた。
そして全てを抱擁するような笑みを浮かべる。
「ありがとう、海斗。本当に私のことよくわかってるんだね」
まさに天使のような、とはこれのこと。
俺たちの一部始終を野次馬していた生徒たちもこれには反応をせずにはいられない。
「でた……! 花咲さんの女神スマイル……ッ!」
「しかもいつにも増して美しくない?」
「じゃあやっぱり海野と付き合ってるのガチなんだ……」
「マジでなんで海野なの? 弱みでも握ってるのか?」
(弱みを握ってるは当たらずも遠からずだなぁ……)
俺は花恋と並んで屋上へ向かった。
☆
屋上のベンチにて。
俺たちは並んで座っていた。
「で、本当になんで知ってるのよ」
花恋は俺から受け取ったクリームパンに手をつけず、文句を垂れていた。
「なんでって、お前購買でいつも買ってるじゃんクリームパン」
「だーかーらー、なんでそれを知ってるんだって言ってるの」
口をとんがらせて、抗議する花恋。
あまり言いたくなかったが、答えないと押問答な気がしたので渋々口を開いた。
「……たまに俺も購買でパン買いに行ってるからな。そのとき、お前が視界に入るんだよ。んで、しょっちゅうクリームパンを買ってたから覚えてたってだけだ」
茶化されるのを覚悟して白状した。
しかし返ってきた言葉はなんとも単調なものだった。
「……そう」
急にしおらしくなった花恋。
そして自分の中で落としどころを見つけられたのか、クリームパンをひとくち食べた。
「んっ……!」
花恋の目が輝く。
彼女はその勢いのまま、ふたくちめ、さんくちめと食べ進める。
そしてクリームパンを半分食べたところで、俺の方を向いた。
「海斗、ありがとう。美味しい」
その笑顔は破壊的だった。
時代が時代だったら一国を築けるほどの美しい笑顔。
今、この笑顔を作り出したのは俺という事実に胸の高鳴りが止まらない。
「……どういたしまして」
俺は速まる鼓動に静まれと言いながら、なんとか言葉を振り絞る。
そして、視界に花恋の頬が掠めた。
「花恋、口の周りにめっちゃクリームついてる」
俺は花恋の頬を指さす。
「え!? 嘘! 鏡、鏡……」
花恋は慌ててポケットを探ろうとした。
対して俺は指していた指で、そっと花恋のクリームを拭う。
そして手に着いたクリームを舌でぺろりと舐めた。
「んっ。美味い」
さすがは晴晴高校で一番人気のクリームパン。
濃厚カスタードにバニラビーンズがふんだんに使われていて、およそ購買のレベルとは思えない。
俺がクリームを味わっていると、横から花恋の声が飛んでくる。
「な、何するの!?」
「何って……花恋からクリーム取った」
「意味わかんないし! く、クリームぐらい自分で拭えるわよ!」
なにやらお怒りのようだ。
そしてなにやら閃いたのか、動揺しながらこう言ってくる。
「わかった。これも作戦なんでしょ! 間接キスでドキドキさせてやろうっていう……!」
ベンチから立って、ビシッと指をさしてくる花恋。
しかし的外れである。
「? いや。花恋、クリームパン持ってるし、手が塞がってるじゃん。だから俺が取った方が早いかなーって」
「だ、だ、だからって……!」
しりすぼみになっていく花恋。
そして大人しくベンチに座った。
クリームパンをもそもそと食べ進める花恋。
「ごちそうさまでした」
花恋は手を合わせて、食事の終わりを示す。
が、しかし。
ぐぅ〜。
花恋のお腹が盛大になった。
花恋は顔を赤くしてプルプルと震える。
俺はビニール袋からパンを取り出した。
「ちなみに焼きそばパンとジャムサンドも買ってあるぞ」
「!? なんでそんなに準備がいいの!?」
俺は花恋にパンを渡しながらしゃべる。
「高一のとき、クラス離れてしゃべる機会なかっただろ? ずっと心配だったんだよ、俺。花恋のこと。だから見つけたら目で追ってた」
「え……そうだったの……?」
花恋の返事が心做しか、か細く感じた。
「まっ。心配も虚しく俺は嘘告されたんですけど」
「……!」
すると花恋はバツが悪そうにする。
「そ、それはごめんなさい……」
「俺以外にはするなよ、こんなこと」
「したくてもできないわよ。もう、私と海斗は付き合ってることになってるんだから」
そう言ったあと、花恋は焼きそばパンをかじる。
「んっ。ほいひい」
そしてその勢いのまま、ぱくぱくとパンを頬張り始めた。
「食いしん坊なところも変わんないな」
「うるさいわね。悪い?」
「いーや、全然。体型維持のために毎晩ランニングしてるもんな。それだけ頑張ってるやつはいっぱい食べていいんだよ」
「ねえ、そんなことも覚えてたの?」
「俺の家の前もランニングコースに入れてるじゃん」
「だって家まぁまぁ近いでしょ。仕方ないじゃない」
花恋はいつの間にか焼きそばパンを食べ終えており、最後のジャムパンを食べている。
すっかりリラックスしているようなので、ここはひとつかましてやろうと思った。
「そうか。俺はてっきり俺のことが好きだから俺の家の前を走っているのかと思ったぞ」
すると花恋は「へ……?」と感嘆を漏らし、ジャムパンを落としてしまう。
俺はジャムパンが宙に浮いている間に、すかさずキャッチした。
「危ないな! お前動揺しすぎだろ!」
「う、うるさい! 仕掛けた側が説教するんじゃないわよ!」
花恋はふいっとそっぽを向く。
横顔すら美しいなんともずるいやつだと思った。




