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2/25

2 カレカノ(嘘)ライフスタート


「海斗。一緒に帰らない……?」


 放課後、ホームルームが終わってすぐだった。


 教室にクラスメイトはほとんど残っている。


 そんな状況で、花咲は俺のところへ真っ直ぐやってきて、みんなに聞こえる声で堂々と誘ってきやがった。


「おま……っ。なんで急に……!」


 動揺する俺に、花咲はしめたという顔で耳打ちしてくる。


「恥ずかしかったら断ってもいいのよ? 私みたいな美少女の隣なんて歩く機会ないもんねぇ? けど、いいのかしら? 恥ずかしくて断ったら、海斗が私のこと『意識してる』ってことになるけど」


 花咲は端麗な顔を存分に歪ませて、煽るような口調で鼻で笑ってくる。どうやら、何がなんでもアドを取りたいらしい。


 俺はそっちがその気なら、と、スクバを片手に席から立ち上がる。


「……いいよ、花恋。俺もちょうど、花恋と帰りたかったところだから」


 慣れない女子の名前呼び。舌をもつれさせながら、何とか成功する。


 途端、教室がザワついた。


「え、花恋ついに彼氏できたの……?」


「まって、でもなんで海野? あのふたり接点あったっけ?」


「中学一緒らしいよ」


「いやいやいや。だから海野は違うでしょ」


 クラスメイトたちは全員、俺たちのやり取りを凝視する。普段、ぼっちで寝たふり活動を勤しんでいる俺にとっては、人生で一番と言って良いぐらい視線を浴びていた。


(し、視線が痛い……けど、ここで日和ってるのがバレたら、あとで花恋になんて言われるか……!)


 俺は精一杯の彼氏面をしながら続けた。


「花恋、バック持たせろよ」


「え、ば、バック……?」


 花恋は表向きに用意している完璧笑顔の仮面が剥けた。


 動揺する花恋のことなんて気にせず、また周りの目線を一層惹きつけるように、俺は花恋のバックを取り上げた。


 彼氏は彼女を手ぶらにさせるべきだと、どこかで聞いたことある。


「たまには俺のことも立たせろよな。彼氏だろ?」


 すると『彼氏』というワードにクラスメイトたちは敏感に反応した。


「やばっ! マジなんだ! 花恋と海野マジで付き合ってるんだ!」


「嘘でしょ!? 大事件じゃん!」


「俺、花咲さん狙ってたのに……!」


「海野がいけるなら、俺もいけたじゃんっ!」


 教室中が阿鼻叫喚の嵐となる。


 気づけば他のクラスの連中も、俺たちの様子を伺いにきていた。


 間違いなく、人生一番の注目度合いに陰キャの俺は限界に達する。


 (やることはやった……! 恥ずかしすぎるから一旦撤退しよう……!)


 そんな心情とは裏腹に、表ではカッコつけ彼氏を演じる。


「行こうぜ。花恋」


「うん、海斗」


 こうして俺たちはおびただしい視線をかいくぐり、教室をあとにした。


 ☆


 帰り道。晴晴高校の連中が帰宅に使わない道を、花恋と並んで歩く。


「アドリブにしてはまぁまぁ彼氏役できてたんじゃない」


「本当にお前ってやつは……無茶ぶりすんなよな」


 俺は大きなため息をついて続けた。


「ていうか、教室であんなことやっちゃって大丈夫だったのか? あれのせいで、俺たちはみんなから見て立派な彼氏彼女だぞ」


「いいの。あれが私の作戦のひとつだから」


「作戦?」


「私を彼女だって思わせることによって、海斗が嫌でも私のこと意識しちゃうでしょ? 周りからの囃し立てもあるだろうから、二十四時間私で頭いっぱいにしてやるわけ」


 花恋は得意気にそう言ってきた。


 たしかにその作戦は有効かもしれない。


 実際、こうしている今も通行人からの視線が凄まじい。


 みんな等しく花恋のことを見ていた。


 俺一人だとこの視線の量を浴びることはまずない。


 すると嫌でもずっと花恋のことを考えてしまう。


 花恋がいるから浴びている視線なのだ、と。


「ていうか、バック。重いでしょ。荷物持ちパフォーマンスお疲れ様。みんなも見てないし、私に返しなさい」


 そう言いながら、花恋は細くて非力そうな腕を出してくる。


 俺はバックを引っ込めた。


「いや、別に持つよ。このぐらい」


 すると花恋は狐につままれたような顔をする。


「で、でも、そのバックめちゃくちゃ重いわよ。クラスメイトは、もう十分アンタの彼氏っぽさを見たはずじゃない」


 再び花恋は「もういいでしょ」と細い腕を出す。


 しかし俺はどうも返す気になれなかった。


「クラスメイトに見せつける目的でやったってのはあるけど、一番は花恋を惚れさせるためにやってんだ。だから、お前に返したら俺の作戦が台無しだろ。返さねーよ、ばーか」


「なっ……!」


 悔しそうに顔を真っ赤にする花恋。


 俺は口端を上げた。


 こいつの苛立つ顔はなかなか身体に良いもんだなと思う。


「にしても、本当に重てえバックだな。何入ってんだ?」


「あ、ちょっ! 勝手に開けないで!」


 花恋の言いつけを無視してチャックを開ける。


 バックから顔を覗かせたのは、おしくらまんじゅう状態の参考書たちに、パンパンに膨れたペンポーチだった。


「……勉強道具」


 俺がボソッとつぶやくと、花恋は観念したかのようにしゃべり出す。


「……家に帰ったら勉強するでしょ。そのために使うの」


「でもこの量はエグいだろ。少しは置き勉しろよ」


「全部必要なの。隙間時間も使わなきゃ、私の思うペースで参考書が進められないもの」


 俺は教科書を一冊拝借する。


 まだ高二になって数日だというのに、新しめの教科書にはもうマーキングや書き込みがされてあった。


 俺は思わずこぼしてしまう。


「すげーな。普通に関心しちゃった」


 俺は顔を上げて花恋のことを見ながら言った。

 すると花恋は眉を八の字にしながら聞いてくる。


「……それも私を落とすための策略?」


「? いや、すごいと思ったからすごいって言っただけだけど」


「海斗ってそういうこと平気で言えちゃうタイプなのね」


「何言ってるかよくわかんねぇけど、すごいって思ったらすごいって伝えた方がよくねえか?」


 俺はまたもや許可を取らずに、花恋のバックから参考書を取り出す。


 参考書はまだ高校二年生の一学期と思えないぐらいの書き込みと使用感が施されてあった。


「中学の頃から思ってたけど、やっぱお前努力家だよな」


 俺は参考書をパラパラと捲りながら賞賛する。


 花恋はというと、もうつっこむのも疲れたようで、俺が参考書を勝手に覗いていることを咎めなかった。


「……そりゃあどーも。常に完璧でいたいもの。努力は惜しまないわ」


 暫しの沈黙。


 先に口を切ったのは花恋だった。


「海斗こそ……また勉強しないの? 前は頭良かったじゃない。そもそもまともに勉強しないと、うちの高校入学することできないし」


「……俺はもういいんだよ」


 俺は吐き捨てるように言った。


 思い出したくもない中学時代。あの時代のせいで陰キャが加速したと言ってもいいだろう。


「張り合い、あったのに」


 花恋は少し寂しそうにつぶやく。


「そうかい」


 俺は簡単な言葉で返しておいた。


 中学の頃の記憶が一瞬頭を掠める。俺は首を左右振った。過去について考えすぎることこそ、無意味なことはない。


 そして花恋に向けて意地悪い笑顔を浮かべてやる。


「まあ、花恋の悔しそうな顔見ると寿命が伸びそうだからやってもいいか」


「はぁ!? なんなの、海斗! マジムカつく!」


 地団駄を踏んでお怒りの花恋。


 その顔が余計に俺のサディスト心を刺激してくる。


 が、俺はやられっぱなしではいられないようで。


 花恋はすぐさま切り替えて、ド級にかわいい笑顔を振りまいてきやがった。


「悔しそうな顔じゃなくて、今の私の作った笑顔を見なさい。どう? すっごく可愛いでしょ?」


「……っ!」


 俺は息を呑んだ。


 花恋の本気で作った笑顔がありえないぐらいかわいかった。


 花恋は俺が照れているのをわかってか、一瞬だけ悪い笑顔を浮かべる。


 そしてすぐに作り物の笑顔に切り替えて、俺へ迫ってきた。


「海斗……好き」


 花恋は俺の胸に優しく手を添えた。


 そして意味もなく、手を胸でなぞる。


「ばっ……か! やめろ!」


 俺は片手で口を抑えて、もう片方の手で花恋の顔を隠す。


 すると手のひらに輪ゴムで弾かれたような感覚が走った。


「はい、私の勝ち〜。今ので海斗は惚れました〜」


 花恋がデコピンをしてきたのだ。


 ムッとした俺は仕返ししてやろうと、手首を握って裏路地へ連れ込む。


「へっ……!? な、何するのよ……!」


 もちろん、俺は答えない。


 そして壁側に花恋を預けさせ、彼女に覆い被さるように俺は壁に手をつく。


「花恋の可愛い顔ならずっと見てられる」


「……!?」


「なぁ、もっかい好きって言ってくれよ」


 俺はずいずいと花恋に迫る。


 花恋は俺が近づく度に、顔退けようとした。


 しかし背後は壁なので、後退には限界がある。


「は、はぁ!? 言うわけないでしょ! 調子乗んな!」


 手の甲で口元を隠す。しかし、それぐらいじゃ顔が真っ赤であることなんてバレバレだ。


 俺は詰めるのを辞めた。その代わり、最上級の煽りをお見舞いする。


「あー、チョロいな〜。学年一の美女とは言えども、さすが恋愛経験ゼロ! 俺のギャルゲー知識を駆使すればこんなもんよ」


「ソース弱っ! 弱すぎてゾッとするんだけど!」


「俺の参考文献はギャルゲーとエックスだからなぁ」


「ネットリテラシーの欠如ね」


 仕方ない、俺の参考文献にラブコメ青年誌も足しておくか。

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