1 嘘告だって知っている
花咲花恋は完全無欠の美少女だ。
小さな顔に切長の大きな目。
薄い唇。程よく膨れた涙袋。くるりとカールした長いまつ毛。
高めの身長に、モデルのようにスラリとした手足。
その全てを最大限に活かしている、万人受けの黒髪ロングストレート。
しかもそれだけではない。
進学校である晴晴高校でのテスト順位は常に一位。人望も厚く、困っている人がいるとほっとけない性格。誰にでも分け隔てない女神のような人格。
中学のときからそうだった。花咲はいつもみんなの注目の的で、高嶺の花だ。
そんな誰もが憧れる花咲に俺、海野海斗は嘘告されていた。
「私、海野のことが好きなの」
花咲の瞳がいじらしく揺れる。
「付き合ってください」
真っ直ぐに俺のことを見つめる花咲。
正面から見ると改めて欠点がないビジュアルだと思わされる。
容姿、頭脳、性格、どれをとっても百点満点。
だが、たった今、花咲に一つの欠点ができた。
「嘘告だろ? それ」
俺は淀みもせずに、堂々と言った。
対する花咲は、あからさまに動揺して身体を退ける。
「いや……そんなこと……」
「聞いちゃったんだよ」
誤魔化される前に言葉を被せる。
「花咲の友達のギャル——九条ジュリと話してるのを聞いたんだよ。『嘘でもいいから告ってみれば?』って言ってたのを」
花咲はきまり悪そうにする。
俺は畳み掛けるように続けた。
「お前らの話盗み聞きしたけどよ、花咲ってばそんなに『彼氏がいないこと』がコンプレックスだったのか? 嘘告してまで彼氏が欲しかったのか?」
そう。花咲と九条の会話で、花咲が「恋愛もだし、彼氏ができたことないんだよね」と目を伏せながら言っていた。
そして俺は知っている。花咲は完璧美少女であることにこだわっていることを。
「……ごめん、海野」
バツが悪そうに顔を伏せる。
その表情は心の底から申し訳なさそうにしている顔だった。
そんな顔をするんだったら、なんで嘘告なんてしたんだよ。そう思わなくもないが、丁度いい。
せっかく舞い降りたチャンス。ここで逃すわけにはいかない。
俺の高校生活、このままだと思い出のひとつも作れなく終わってしまう。
だったら、この嘘告を延長戦へもつれ込ましてやる。
「俺はお前に説教を垂れるつもりは少しもない」
花咲が少し怯えた顔をしていた。何が始まるんだという困惑の色も混じっているように見える。
「ただ、このまま帰すわけにもいかない」
俺は顔を歪めた。
「勝負しようぜ」
「はあ!?」
驚く彼女を無視して、俺は勝負内容を考える。
「テストの点数……は、ありきたりだな。だったら人望? さすがに花咲の圧勝か。そしたら、ゲーム? いやぁ、これは俺が余裕で勝っちまうか」
案を出す度に、俺は指を一本二本と突き上げた。
そして考えたのち、俺は良い案を思いついてしまう。
「じゃあ、先に惚れた方が負けな?」
するとさっきまで呆然としていた花咲が、事が良くない方へ転んでいるのを察して反論してきた。
「いや、意味わかんないし! 惚れた方が負け……? 何その勝負、私はそんな挑発乗らないわよ!」
「言っとくが、花咲に拒否権はねえよ」
俺は一層挑発的に続けた。
「だってお前から持ちかけた話だぜ? 逃げられるとても思ってんのか?」
すると花咲は言い返す。
「逃げる? 私が? 舐めないで。私は売られた喧嘩は全て買うわ。けど、喧嘩の売り方ってものがあるでしょ? 惚れた方が負けなんて、そんな幼稚な勝負内容ある?」
「あれれ? 怖気付いたか? 花咲さんよぉ」
「怖気……っ!? そんなわけ!」
花咲の言動を見るに、完全に俺のペースになってきている。
俺はギアを上げた。
「それに俺だってやられっぱなしじゃつまんねえ。どうせ、今の俺にとって学校生活なんて無味乾燥なんだ。だったら、この嘘告を使って、俺の青春に花を持たさせてもらう」
俺は花咲に宣戦布告の意味で指をさした。
「俺の青春の全てをかけて、花咲のことを落としてみせる」
そして、最後に俺は花咲が一番コンプレックスに感じているであろうところを刺激してやる。
「だって花咲、そんなに完璧美少女なのに彼氏のひとりもできたことない、恋愛経験ゼロ女なんだもなあ?」
すると花咲は顔を真っ赤にして動揺する。
「う、海野……なんでそれを知って……!」
俺は花咲の言葉に被せるように言った。
「聞いてたからな。お前が俺に嘘告する作戦を練っているの」
「……!」
「いや〜、こんなに美人で完璧な花咲が、まさか恋愛経験ゼロなんてクラスメイトが聞いたらどう思うかな〜? バラしちまってもいいんだぞ? みんなの反応が楽しみだな〜」
「私に勝負を持ちかけたこと、絶対に後悔させてあげる!」
そう言い残して、花咲は屋上のドアを開けた。
「絶対負けない絶対負けない絶対負けない……!」
花咲は大きな独り言を放ちながら、恐らく教室へ帰っていく。
中学のときから変わらない異常な負けず嫌い。
一年ぐらいしゃべってなかったが、挑発にすぐに乗るところも変わってないらしい。
俺はその姿を見送ったあと、冷静に今の状況を考えてみた。
学校一の美少女が、何故か嘘告の相手に俺を選び、勢いのまま惚れた方が負けとかいう勝負を持ちかけた。
「あんな啖呵切っちゃったが、俺に勝算はあるのか……?」
しかし俺にだってプライドがある。
きっと嘘告相手に俺を選んだのも、俺が陰キャで大人しいからだろう。
俺に惚れさせて、認めさせることができれば、きっと花咲は嘘告したことを公開するに違いない。
「とにかく、絶対落としてみせる……!」
この日から、俺の平凡以下の日常が非日常に変わっていった。
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