21 甘奈志友と天沢シュナ 1/3
放課後。花恋に用事があったため、俺はひとりで下校していた。
『こんシュナ〜! 天沢シュナでーすっ♡ 今日はお待ちかねの歌枠っ! リクエストじゃんじゃん応えちゃうよー!』
イヤホン越しに聞こえるシュナちゃんの声。
俺は彼女の声だけで癒されて、思わず口元が緩んでしまう。
(配信アーカイブ残っててよかった〜……リアタイ出来なかったのが悔やまれるが、こうして好きなタイミングでシュナちゃんの声が聞けるのは本当にありがたい……)
俺は心の中で推しに敬意を示し拝む。
(それにしても、シュナちゃんの声ってどっかで聞いたことある気がする……)
俺は記憶の中にある様々な声のレコードを取り出す。人気のアニメ声優、今をときめくアイドル、心地よい声のASMR配信者。どの声もシュナちゃんに近いようで遠い。
俺が悩んでいると、後ろから駆け足が聞こえてくる。
そして振り返ったときには、駆け足をする張本人が眼前まで迫っていた。
「せんぱ〜い!♡」
そしてそのまま抱きついてくる。
「会いたかったですっ♡」
嬉しそうに口角を上げ、目を細め、眉を八の字にする志友。
「なんでお前はそういつもドラマチックなんだよ……」
「それはせんぱいと出会えるのはこの上ない喜びなので……♡ そりゃあドラマチックにもなりますよ♡」
志友は自分の身体を抱いて、くねくねと動く。
「そうだ、せんぱいっ! 私、まだせんぱいからご褒美貰ってないです!」
「ご褒美……? なんのだ?」
「高校合格祝い♡」
なんで俺が、とも思ったが、実際志友はめちゃくちゃ勉強を頑張ってうちの高校に入ったのだろう。
(……俺も高校合格したとき、ご褒美欲しいなって思ったな)
俺は頷く。
「いいぞ。何したいんだ?」
すると志友の顔が晴れていく。
「え、いいんですか!?」
「なんで自分で提案して驚いてるんだよ」
「断られるの前提だったので……」
それは俺に彼女がいるからだろうか。口には出さないが、志友の顔にそう書いてある。
(その心配、実はいらないんだよな。花恋は本当の彼女じゃねえし……)
すると志友は少し照れながらこんな提案をしてきた。
「ではでは、私と休日デートなんてどうでしょうか? 少し贅沢すぎますかね……?」
上目遣いと同時にハーフツインがふわりと揺れる。
(やっぱ志友ってかわいいよな。なんでこんなかわいい子が俺なんかに……)
俺はスマホを開き、カレンダーアプリを開いた。
いつもは空欄の休日ダッタが、今週に限っては珍しく予定が入ってる。
「あー……今週末は用事があるんだよ」
「なんのです?」
「天沢シュナちゃんのリアイベだ」
俺はイベントホームページを見せながら言った。
「まあリアイベっつってもグッズ展開だけだから、シュナちゃんに会うことはできないんだけどな」
すると志友は食い気味に尋ねてくる。
「それってひとりで行くんですか?」
「……? ああ」
「同行します!」
背伸びをして、限りなく俺の顔に近づきながら宣言する。
「いいですよね? いいですよね?」
「わかった! わかったから! 顔が近い……!」
俺が許可を出すと志友は「やった〜!」とぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ。
一通り喜んだあと、はたりとなにかに気づいたのか俺の方へ振り返る。
「……そういえば、どうして花咲先輩のこと誘わなかったんですか? だって花咲先輩も天沢シュナのファンなんですよね……?」
「あー。アイツさ、休日めちゃくちゃ忙しいんだよ」
「と、言いますと?」
「勉強してるんだ。負けず嫌いだから」
俺は勉強をしている花恋の姿を思い浮かべる。どうせ今日もゴリゴリとペンを走らせるのだろう。
「だから俺も最近は久しぶりに勉強頑張ってるんだよなー。ちょけられたらムカつくし」
「……そうですか」
志友は露骨に落ち込んだ。しかしすぐに気を取り直して、俺にべったりくっついてきた。
「てことは今週末は私がせんぱいを独り占め良いということですね♡ 花咲先輩が頑張り屋さんでほんっとうに良かったです♡ このまま知識をバンバン詰め込んで、ぜひせんぱいのことを忘れて欲しいですね♡」
なにか怖いことを言っているが、聞かなかったことにした。
☆
週末。
俺は秋葉原で志友のことを待っていた。
(待ち合わせ時刻まであと一分だけど……大丈夫か……? ひょっとして迷ってるんじゃ……)
心配になった俺はLINEで志友に電話をしてみようとする。
しかし前方からパタパタと走る音が聞こえてきた。
スマホから目をあげると、そこには志友が息を切らして中腰になっている。
「せ、せんぱい……遅くなりました……」
「……っ!」
俺は目を見開く。
(志友が……いつもに増して可愛い……!)
いつものハーフツインはふわふわに巻かれていた。それに合う黒を基調としたドレスのような服、いわゆる地雷系の服を身にまとっている。かわいいハートのポシェットも、志友にとても似合っていた。
「トイレの鏡で最終確認してたんです……せっかくのせんぱいとデートなので……」
志友はハーフツインを毛の流れにそって手ぐしをしながら言う。
「せんぱい、どうですか……? かわいくしてきたつもりなんですが……」
志友は心配そうに言う。
いつもは目を逸らすなんてことはしないが、今に限っては俺のことを見ては逸らし見ては逸らしを繰り返している。
そこも含めて俺は思ってしまった。
「……めちゃくちゃかわいいっ」
すると志友は両手で口元を抑えて、目を輝かせる。
「せんぱい……結婚してください……」
「ちょっとまて。今のどこに婚姻届要素あったんだよ」
「私はチャペルまで見えました……♡」
志友は普段のモードへ戻ったところで、俺たちはシュナちゃんのリアイベへ向かうことにした。
そして歩くこと数分。
「おっ、着いたな。結構駅近だ」
すると志友はなぜか声を低くして答える。
「げふんげふん。あー、あー……そうですね。せんぱい」
「? どうしたんだ? 急に声を低くして」
「気にしないでください。せんぱい(ハスキーボイス)」
すごく気になるが、言われた通り一旦気にしないことにした。
天沢シュナのリアイベと言ったが、正確には天沢シュナの所属する事務所のポップアップショップだ。
俺は入るなり、テンションが上がってしまう。
「うをおおおおお……! きた……きてしまった……!」
辺りを見渡すとグッズ、グッズ、グッズ……。
常設グッズもあれば限定グッズもあって、財布の紐が既に緩んでいた。このままだと予定外のモノも買ってしまいそうだ。
「志友……俺が散財しそうになったら止めてくれ……」
「そう言いながら早速カゴにグッズが三つも入ってますよ!? 幸先不安ですが大丈夫ですか!?」
もちろん、幸先良いはずがない。いや、欲しいグッズが手に入るって意味では幸先良いのかもしれないが、財布の方はすでに震えていた。
「くっ……ランダムアクキーの罠がこんなところに……とりあえず五つだけ……五つ買えばシュナちゃん出るから……いや、出すから……」
「……そんなに欲しいんですか? ブラインド商品なら、あとでメルカリで買えばいいのにって思うんですけど」
「まあ言いたいことは分かるんだけどな。だが、推しは自分で出したいと思ってしまうんだ。もうこればっかりは俺の性だな」
すると志友は困り眉にさせて笑う。
「ふふっ、やっぱせんぱいは我がちゃんとありますよね。そういうところ、私すごく好きです。誰になんと言われても、自分の信念を貫くところ」
志友は俺のことを愛おしそうに見る。
普段は俺を悩ますはっちゃけた後輩だが、今この瞬間だけ何故か大人びて見えた。
認めたくないが、俺は今かなりドキドキしている。そしてダメ押しの一言。
「かっこいいと思います。すごく」
地雷ワンピースについている装飾が、店内のライトに照らされてキラリと光った。
すると店内の奥からオタクの話声が聞こえてくる。
「お。天沢シュナ、コーナーできてるじゃん」
「最近人気だよなー」
俺はマジか! と思い、声のする方を向いた。
確かにそこには棚いっぱいにシュナちゃんグッズが並んでいた。デビューから追ってる俺としては、この人気に感慨深い気持ちになってしまう。
俺は浮き足立った歩みでシュナちゃんコーナーに向かう。
しかし俺は先程のオタクの会話で歩みが遅くなる。
「あー、でも俺天沢シュナあんま好きじゃないんだよな」
つい、聞き耳を立ててしまった。
「天沢シュナって別に面白くなくね? この事務所にいるからなんとかやっていってるだけで、個人だったら誰も見向きなんかしないだろ」
「おい、お前ここで言うのはやめとけって」
連れが制しても、止まることのないシュナちゃんへの愚痴。
「だって、この前の宇佐美々トトちゃんとのコラボ、天沢シュナだけ地蔵だったし、周りについていけてないところとか見るに耐えなかったんだよ。正直コラボしないで欲しいわ」
嘲笑しながら言うやつに、俺の堪忍袋の緒は完全に切れた。
「あの」
後ろから志友の「せんぱい……!」という声が聞こえた気がしたが、もう抑えるのは不可能だった。
「あなたがシュナちゃんのことどう思おうが勝手ですけど、リアイベにはシュナちゃんが好きな人がいっぱいいるんで、あんまりそういうことは言わない方がいいですよ」
「う、うるせえな。どう思おうが人の勝手だろ。つーか、俺事実しか言ってねえし。天沢シュナとコラボさせられる宇佐美々トトちゃんが可哀想だ」
「でしたら、あなたの推しの宇佐美々トトちゃんがこんな風にいじわる言われてたらどう思いますか? 面白くないとか、地蔵とか、誰ともコラボするな、とか」
「それでもトトちゃんの隣にいて欲しくねえんだよ! 天沢シュナさえ出てこなければ今頃トトちゃんは事務所トップだったはずなんだ……! お前らシュナの囲いがシュナなんてチヤホヤしなければ……!」
俺は下唇を噛む。
そして視線をシュナちゃんのグッズに移した。
「そうですか」
もっともっと言い返したい気持ちはやまやまだった。
けれど、俺はそうはしない。
お目当てのシュナちゃんぬいぐるみを手に取る。ぬいぐるみのシュナちゃんも、配信のときと同じで微笑んでいた。
「でも、俺はシュナちゃん大好きなので」
不思議だ。
さっきまで怒っていたはずなのに、シュナちゃんのことを思い浮かべると笑顔になってしまう。
するとシュナちゃんアンチはバツが悪そうにして、謝罪してくる。
「……悪かったよ」
そして連れに「行こうぜ」と言ってこの場を逃げるように去った。
俺の立っていた肩が重力に従って落ちていく。
「せんぱい……!」
傍で観ていた志友は心配そうな声色で俺の元へやってきた。
「ごめん、志友。怖かったよな」
「いえ……! 私なら全然……!」
志友は迫るように口を開く。
「もう、あんな人は相手にしないでください! せんぱいが危ない目に合うかもしれないんですよ!?」
普段は俺のことを全肯定気味な志友が、こんなにも怒るなんて珍しい。俺はどこか他人事のようにそう思ってしまう。
自分で自分のことに呆れて、でもこれが自分だから仕方がないよな、という思いで俺はへらりと笑った。
「いや……さっきも頭の中ではわかってたんだよ。わかってたんだけど……」
俺は自分のカゴに目一杯入ったシュナちゃんのグッズを見る。
「なんか……シュナちゃんだけ特別なんだよな」
「特別……?」
尋ねる志友に頷く。
「こういうのは変かもしれないけど、俺、シュナちゃんと志友を重ねてるところがあるんだ」
「どうして……ですか……?」
俺は星空を見るように、斜め上を眺める。「そうだなあ……」
「まず歌が上手いだろ。志友の鼻歌、俺結構好きなんだ。かわいいし、鼻歌なのに上手い。あと、尖ってるけどちゃんと周りに合わそうと不器用に頑張ってるところ。シュナちゃん、明言しないけどコラボとか多分苦手だと思うんだ。けど、頑張ってコラボして、周りの空気を読んで、配信を盛り上げようとしてて……なんだか今の志友みたいだなって。お前、入学してから結構無理してるだろ?」
「……なんでわかるんですか」
「中学の頃、お前とどれだけしゃべったと思ってんだよ。わかるに決まってるだろ」
そして俺は一番大事なものを付け加えた。「あとはな……」
「声が愛おしく思ってしまうんだ。これはもう、理由はない。あの子の声がとにかく好きなんだ」
俺はシュナちゃんを初めて見つけたときを思い出す。
初配信とサムネのインパクト。それに負けない本人のキャラクター性。
「……今のキモかったな。なんかごめん」
「いえ、キモいなんて絶対ありえないです」
志友は強めに否定してくる。
そして笑顔で言った。
「きっと、シュナちゃんも喜んでいると思いますよ……!」
どうしてだろうか。
志友の今の笑顔もシュナちゃんに重なった。




