20 舞浜さんと遊びに行くことに 2/2
書籍コーナー新刊エリアには人だかりができている。
「ど、どうしよう。ババロア先生人気だからやっぱり売り切れかな……」
「大丈夫だ。人気のサイン本はだいたいレジで売ってるものだからな」
俺はサイン本じゃないババロア先生の画集を指さした。
「ほらな」
付近に貼り付けられてる札には『サイン本レジにて販売中!』と手書きで書いてあった。
「ほんとだぁ〜……よかった」
「油断は禁物だぞ。早速レジに並ぼう」
俺たちはすぐに列へ並ぶ。
その際、俺は舞浜さんの肩を優しく押して列へ促す。
「へ? へ?」
舞浜さんは顔を赤くして目をぐるぐるさせた。
「あ……悪い。舞浜さんが先に買えた方がいいかなって思って」
「で、でもそれだと海野くんが買えないかも……」
「いや。元はと言えば舞浜さんの付き添いとして来たわけだからな。舞浜さんが買えないと意味ないだろ」
「あ、ありがとう……」
こうして俺たちはドキドキしながら自分たちの番を待つ。
一歩、また一歩と順番が近づく度に、ヒリヒリとした気持ちになる。
そしていよいよその番がきた。
舞浜さんが店員さんの元へ向かう。
(頼む……あってくれ……!)
俺は祈りながら舞浜さんの動向を伺った。
店員さんはバックヤードへ向かう。さあ、あるのかないのか。
そして店員さんが戻ってきた。手には画集が大事に抱えられている。
「「……!!!!」」
俺たちは遠くから顔と顔を合わせる。舞浜さんは目を見開き、口を『ワ』の形にして喜びを表していた。
俺は思わず声を出してしまう。
「よっしゃああああ!」
すると店員さんが片手を上げて呼ばれる。
「次の方どうぞー」
「あ……はい……」
俺は一気に気まずくなり、おずおずとレジへ向かった。
そして俺も無事サイン本を手に入れて、ほくほくした気持ちになる。
舞浜さんも余韻が収まらないようで「嬉しい! ありがとう、海野くん!」と何度もお礼を言われてしまう。
舞浜さんはそんな浮き足立った気持ちのまま、こんな提案をしてきた。
「他の階も見てもいいかな!」
「もちろんいいぞ。俺も見たいからな」
「……! やったあ!」
いつもより何倍も大きな声で可愛らしく喜ぶ。
そして店内をくまなく創作する。俺たちのビニール袋は膨れていた。
俺は重たくなった袋を見ながら口を開く。
「いや〜、買いすぎちゃったな」
「ね! こんなに買う予定なかったのになあ。私いつもこうなの。お品書きとか見て、これだけしか買わないって決めてても、現物見ると弱くって……」
「その気持ちすごくわかるぞ。困ったことに、オタクってのはそういう風にできてるんだよなあ」
俺たちはそんなことをしゃべりながら甘味を求めてミスドへ入店する。
注文を済ませて席についた俺たちは、早速今日の戦利品をテーブルに広げた。
「こうみると、私たちって好きなジャンルすごく似てるね!」
「しかも推しキャラがめちゃくちゃ被ってるんだよな」
「だからテーブルの上が眼福だよ〜! ねね、写真撮っていい?」
「もちろんだ」
舞浜さんは嬉しそうに写真をカシャカシャ撮る。
そして満足したのか、グッズを袋の中へ戻していった。
「じゃあ食べよっか! 海野くん!」
「ああ」
俺のお皿の上にはドーナツが二つ。舞浜さんのお皿の上にはドーナツが三つ、汁そばとチャーハンがひとつづつ置いてあった。
(本当によく食べるんだな……)
舞浜さんは「やっぱりミスドの汁そばは美味しい〜!」と嬉しそうに食べている。たくさん食べる女の子がかわいいのはどうしてだろうか。
俺は舞浜さんの食べる姿を横目にエンゼルクリームを食べる。飲めそうなぐらいふんわりシュワっとした生地に、中から溢れんばかりのホイップが飛び出す。
「うっま……」
思わずそう漏らしてしまうほど美味しかった。
すると横から視線が飛んでくるのに気づく。
「……エンゼルクリーム」
「よだれ垂れてるよだれ垂れてる」
舞浜さんは指摘されて慌てて紙ナプキンでよだれを拭う。
そして矢継ぎ早にしゃべりはじめる。
「海野くんがエンゼルクリーム食べてるの見て、私もホイップ系頼めばよかったな〜って思ってるだけで……!」
舞浜さんのチョイスはポンデリングとオールドファッション。確かにクリームが足りない。
「じゃあ、俺の食べるか……?」
「え! いいの!?」
俺は食べかけのドーナツをどうあげようか考える。
しかし考える間もなく舞浜さんは俺の手に持っているエンゼルクリームにかぶりついた。
「ん〜! 美味しすぎる……! クリーム爆弾は正義だぁ」
舞浜さんはすごく美味しそうに食べた。
しかし俺は放心状態になる。
(い、今のって間接キス……だよな!?)
しかもちょうど俺が食べたところを食べられた。
俺が固まってるうちに、舞浜さんはドーナツを飲み込む。
そして舞浜さんはどうして俺が何も言い出さないのかという顔をしたあと、自分がしてしまったことに気づいたようだ。
「ごめんっ、ちょっと待って!?」
言われなくとも俺は固まっている。
それに対して舞浜さんは激しく動揺していた。
「友達とか家族にやる癖が出ちゃっただけなの! だ、だからわざと間接……もにょもにょ……したわけじゃなくて……! 邪な気持ちとか一切なくて……! あ、そうだ。私ってば貰ったままだね……! わ、私の汁そば食べる!? って、これも間接もにょもにょになっちゃうね!?」
俺は舞浜さんをなんとか落ち着けようと考える。
(あ、荒療治だが、しょうがないか……)
俺は舞浜さんのオールドファッションを手に取って、一口大にもぎって彼女の口に放り込む。
「……!?」
舞浜さんはもそもそと咀嚼する。
「美味いか……?」
「……美味しい」
オールドファッションは口の中の水分を持っていく。俺はカフェオレを差し出す。舞浜さんはチューチュー吸った。
そして落ち着いたのか、舞浜さんは半泣きで俺の方を見る。
「なんか私、手とり足とりだね……?」
「……別にいいよ。なんかほっとけなくてかわいいし」
暫しの沈黙。
そして俺はほとんど無意識のうちに言ってた『かわいい』を思い出し、今度は俺が慌てる番だった。
「違っ……!? いや、このかわいいは推しキャラに言うかわいいみたいなもので……! みらくるちゃんに言うような……!」
「へ……!? そ、そうだよね! みらくるちゃん……だよね!?」
舞浜さんは「あ〜、なんか変に汗かいてお腹減ってきちゃった……!」とドーナツを頬張る。
俺もそれには俺も同意だった。話の節目を感じ、一気に気が緩んでお腹が減ってたのを思い出す。
(俺も食べよ)
二個目のドーナツ、ハニーディップを食べ始めた。
ドーナツにかかっているシュガーレイズドが柔らかな生地によくあっている。
「……海野くん、さっきみらくるちゃんのことガチ恋するって言ってたよね」
舞浜さんはなにか呟いていたが、俺はハニーディップを食べることに集中していて聞こえなかった。
☆
帰りの電車から最寄りまで俺たちは一緒だった。
話に夢中であまり気になってなかったが、最寄りも一緒で帰り道もここまで同じだと、話題に出しざるを得ない。
「舞浜さん、家、この辺なのか?」
「うん。そうだよ」
「舞浜さんと俺、意外と家近いな……」
「え? そうなの?」
舞浜さんは驚いた顔をしていた。
俺はとあることに気づいてしまって、こんなことを投げかける。
「ていうか、ここから五分だったら、俺の通ってた中学校の区域なんじゃないのか? 舞浜さんって、どこ中?」
すると舞浜さんは少し気まずそうな顔を浮かべて言った。
「あー……私、実は高校入学と同時にこっちに引っ越してきたの。だから、中学校はこの辺じゃないんだ」
俺は「あ〜、なるほどな」と大きく頷いた。通りでこんなに近いのに舞浜さんと中学校が一緒じゃないわけだ。
「海野くん、すごいよね」
出し抜けに舞浜さんは言った。
「すごい……? 俺、何かしたか?」
「だって、最近すごくかっこよくなったし、見た目だけじゃなくて文化祭もみんなのピンチを救ったし、勉強だってめちゃくちゃ頑張ってるの知ってるよ? オマケにかわいい彼女まで作ってるんだもん」
舞浜さんは目を細める。
「すごいと思う。海野くん」
「あ、ありがとう……」
なんだか褒め殺しを受けているな、と思った。なかなか恥ずかしい。
舞浜さんの声色は一層優しくなり、続けた。
「変わらないね。海野くんのそういうところ」
大きな瞳を瞬かせる。
「優しくって、ほっとけないところ」
俺は「いやいや、そんな……」と謙遜する。その後すぐに、舞浜さんの言葉の違和感に気づいた。
「ん……? ちょっと待て。『変わらないね』ってどういうことだ? まるで俺たちが昔から知り合いみたいに……」
すると舞浜さんは「そうだよ」と肯定する。
「海野くんは覚えてないかもだけど、私がイラスト描こうと思ったの、海野くんがきっかけなんだ」
俺は息を飲んだ。
「それって、どういう……」
すると舞浜さんは人差し指を唇に置いて秘密のポーズを取った。
「ふふっ。まだ内緒」
彼女のボブヘアがいたずらに揺れる。
俺は「えっ。ええ〜?」と不満の感嘆を漏らすが、舞浜さんはクスクス笑うだけで何も教えてくれない。
舞浜さんの茶目っ気ある一面を見てしまった。




