18 舞浜さんの好きな人
文化祭も無事に終わり、帰ろうとしていたら花恋に肩を引っ張られる。
「な、なんだなんだ……?」
すると花恋はむくれた顔で言う。
「このあとは文化祭の打ち上げでしょ! ひょっとして忘れてたの?」
「いやー……でも、俺そういうのはちょっと……」
すると、たまたま俺たちの横を通りかかった生徒二人組が、横から会話に入ってくる。
「え! 海野来ねえの!?」
「今回のMVPが来なくてどうすんだよ!」
そう言ってくれたのは催しを決めるときにガヤを入れてきたやんちゃ君たちだった。
「俺大勢得意じゃなくてさ……」
控えめに言うと、向こうはさらに加速する。
「いやいやいや! 今回の出し物決めたのだって海野だし、本番の窮地を救ったのも海野だろ!」
「俺たちも来て欲しいし、何より美人な彼女も寂しがるだろ!」
やんちゃ君は「なあ?」と花恋へ同意を求めた。
「私もとっても来て欲しい。大勢苦手かもしれないけど、たまにはこういうのもいいんじゃない?」
俺は言葉に詰まった。
(本当に行ってもいいのだろうか。中学時代誰とも馴染めなかった俺が……?)
花恋の顔とやんちゃ君の顔を交互に見る。三人とも笑顔で俺のことを向かい入れる準備がとうにできた顔だった。
「……じゃあせっかくだし行こうかな」
すると三人とも嬉しそうな顔をする。
「おう! そうじゃなきゃな!」
「待ってるぞ! 海野!」
やんちゃ君たちは親指を立てていた。
そして花恋は声をワントーンあげて言う。
「海斗、楽しみだね!」
そのときの花恋はみんなに振りまくような完璧美少女の仮面がなくなっていた。
隣にいたやんちゃ君たちは花恋のことを少し驚いた顔で見る。
「……花咲ってそんな顔するんだな。びっくりした」
「俺も。いつも愛想があるのに一枚壁があるみたいな感じなのに、海野の前だとそんな感じなんだ」
すると花恋はあからさまな動揺を見せる。
「え、ええ……!? そんな顔ってどんな顔!? 私そんな変な顔してたかなあ……?」
むう、としながら花恋は両頬を引っ張る。その姿もかわいかった。
するとやんちゃ君たちは顔を見合せる。そしてすぐに俺たちの方へ向かい直した。
「海野には悪いけど、最初は釣り合ってねえって思ってた。けど、お前ら超お似合いじゃん! そのままゴールインしろよ!」
「結婚式で俺たちのこと呼んでくれよな!」
俺は「け、結婚式……!?」と叫んだが、ふたりはもう聞いてなかった。
「じゃあな! おふたりさん!」
「海野ばっくれんなよー!」
嵐が過ぎ去る。
花恋はチラリと俺の方を見た。
「……そ、そういうわけだから来なさいよ」
「あ、ああ……」
お互い結婚式というワードには触れなかった。
☆
学生向け低価格帯焼肉食べ放題。
「ねー、そっち焼けてる?」
「私もうデザート食べたい!」
「なあ、誰かコーラ頼んだやついる?」
「焼肉のタレ取って! 甘口!」
俺たちは店員さんの配慮により、角に配置された。
なので、皆あまり他のお客さんを気にせず、思い思いに食べ放題を楽しむ。
そして、俺もそのひとり。打ち上げをそれとなく楽しんでいた。
「なあ海野! つーか、海斗って呼ぶわ。どうしたら花咲さんみたいな美女を口説けるんだ!? 教えてくれよ〜」
「お前、最近かっこよくなったよな! やっぱ彼女の影響か!? それとも原石だったってやつ!?」
「とにかく海斗の美女を呼び寄せる秘訣伝授してくれ! 頼む! 焼肉やるから!」
こんな感じで集まってきた野郎どもは、俺と友好的に接してくれている。
俺は焼肉を白米にバウンドさせて、美味しくいただきながらつっこむ。
「いやいや。食べ放題だから、俺だってその焼肉頼めるんだからな? お前身を削ってないからな?」
すると野郎どもはゲラゲラ笑う。
「海野おもれ〜笑」
「コイツ結構切れ味良いな笑」
「なあ、なんでそんなおもれーのにぼっちだったんだよ笑」
俺は持ってきたコーラをちびりと飲む。
(……今までこういうヤツらは俺と違う属性だと思って遠ざけてきたけど、案外しゃべってみると面白いんだな)
こんなことを考えていると、突然誰かが肩を組んできた。
「イエーイ☆ 海野飲んでるー!?」
テンションがぶち上がった九条だった。
「なあ、その言い方だとアルコールの場みたいじゃねえかよ!」
九条は盛り上げたり騒いだりしていたせいか、顔が真っ赤になっている。それが余計に未成年飲酒をしているように見えた。
「ほらほら〜! 全然飲んでないじゃーん! 飲み放題なんだからじゃんじゃん飲みな〜☆」
「飲んでる! 飲んでるから! 顔近いって……!」
こいつにはアルハラの素質がある。
九条が別の人としゃべっている間に、そろりそろりとこの場から逃げる。
「あ〜……だる絡みされるところだった……」
俺は見を置く場所を探すため、空いてそうな席を探す。
するとちょうど空いてそうな席がパッと見えた。
(お。花恋と舞浜さんがしゃべってる)
その二人の正面が空いていた。
そこでちょうど花恋と目が合う。
「あ、海斗。手持ち無沙汰なら私たちとおしゃべりしようよ」
クラスメイトの前での猫かぶり花恋だ。
(くそう。猫かぶりでもかわいい……)
かわいさにつられて花恋たちの元へ向かう。
俺は正面の席に腰をかけながら口を開いた。
「何の話をしてたんだ?」
すると花恋が舞浜さんの肩に優しくもたれかかりながら言う。
「麻衣ちゃんが私と海斗のこと聞いてきたから、海斗の愚痴を言ってた」
「え!?」
「嘘〜」
花恋はふふっと意地悪く笑う。
横にいた舞浜さんは補足した。
「花恋ちゃん、海野くんの素敵なところいっぱい言ってたよ」
「ちょっ、麻衣ちゃん……!」
俺は乗っかるように言う。
「お、なんだなんだ。何言ってくれてたんだ?」
花恋はあたふたし出す。
「私のことは良いからっ! あ、ほら。麻衣ちゃんの話してないじゃん! 麻衣ちゃんは好きな人いないの?」
「わ、私……!?」
変化球が飛んできた舞浜さんは元々丸い目をさらに目を丸くする。
そして少し目線を逸らして、もじもじと告白する。
「いるよ。好きな人……」
もちろん花恋はこの話題に飛びつく。
「え〜! そうなんだ。この学校にいるの?」
「うん、いる。けど、晴晴に入学する前からその人のことが好きだったんだ。それで、偶然高校に入学したらいて……長い間片思い中って感じ」
俺と花恋はほとんど同じ反応をする。
「すごっ」「すごいな」
次に言葉を連ねたのは花恋だった。
「少女漫画みたい。そこまでくると、運命めいたもの感じちゃうね」
すると舞浜さんは「運命……」と何かを噛み締めるように呟いた。
そして柔らかくも寂しそうな笑顔で言う。
「そうだね。私もそう思うよ」
その舞浜さんの表情が何故か強く俺の胸を打った。
花恋も同じ感情だろうかと目をやる。しかし彼女は普通に笑顔で「間違いないよ〜!」なんて答えていた。
そして舞浜さんは続ける。
「だから、この運命を掴み取るために頑張るんだ!」
そう言って、俺の方を見て儚く、しかし力強く笑った。
(かわいいな……こんな子に運命を感じて貰えるやつは前世でどんな徳を積んだんだよ)
俺は炭酸が抜けた残りのコーラを一気に飲んだ。
☆
「じゃあ俺たちこっちだから!」
「みんなじゃーねー!」
「気をつけて帰れよ〜!」
打ち上げが終わり、クラスメイトと別れた俺と花恋。
みんなが見えなくなったことを確認したあと、花恋から話出す。
「どうだった? 今日の打ち上げ」
「……正直、結構楽しかった」
「それは良かったわ」
花恋は嬉しそうにしていた。
「なんでそんなに機嫌良さそうなんだよ」
「そりゃあ海斗のことを中学から知ってる身としては嬉しくもなるわよ」
「そういうもんかね」
「そういうものよ。だって、中学のときの海斗は誰ともしゃべらなかったじゃない。なのに、文化祭では大活躍。みんな海斗の良さに気づいてくれて、とても嬉しいわ」
俺は「そうかい」と言って照れ隠しをした。
すると花恋は歩みを止める。
それに合わせて俺も止まった。
「……? どうしたんだ? 花恋」
しかし花恋は何も返さない。
胸に手を当てて、何かを掘り起こそうとしているようにも見えた。
「本当に嬉しいはずなのに……なんだかモヤモヤするのよ」
花恋は自分でも言葉がまとまらないのか、考えながらしゃべっている。
「モヤモヤ?」
俺がオウム返しすると、花恋は頷いた。「そう……モヤモヤ」
「海斗がみんなと話すのは嬉しいのだけれど、そのまま私と話してくれなくなったらどうしよう……って思ってる、かもしれないわ……」
花恋は今の気持ちを無理やり言葉にしていた。
その姿があまりにも少女漫画のヒロインのように見える。
だから、俺も自惚れてしまう。
「それって……」
と、言いかけたところで、花恋は自分の言っていることの重大さに気づき、慌てて弁明する。
「も、もちろん友達として、よ! 負けてない! 負けてないわ!」
「そ、そうだよな! 友達! 友達だよな……!」
俺は自分で『友達』と繰り返してチクリとする。
(これじゃあ、俺が負けてるみたいじゃんか……)
そもそも俺たちは本当にただの友達だ。
ひょんなことから嘘のカレカノをしているだけの、仲の良い友達だ。
だから、友達という言葉に必要以上に反応して凹む俺はどうかしている。
「それじゃあ、私こっちだから」
花恋は俺から一歩離れる。
「ああ、お疲れ様」
俺も花恋から一歩離れる。
「また学校でね」
そう残して花恋は自分の帰路についていく。
俺はどうしてか、花恋の後ろ姿が完全に見えなくなるまで、自分の帰路につけなかった。




