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17 文化祭は落とすチャンス 7/7

 屋上のベンチで俺は花恋を待っていた。


「よ。花恋」


「海斗」


 文化祭はすっかり終わりに近づいて、ステージでは軽音部が締めの催しとして流行りの曲をカバーしていた。


「盛り上がってるな」


「ね。めっちゃ盛り上がってる」


 文化祭二日間をこなしたばかりだというのに生徒たちは騒いだり、合いの手を入れたり、各々の盛り上がりをみせていた。


 しばらく俺たちは心地よい騒がしさに身を委ねた。


 そして一曲目が終わったあと、花恋から切り出してくる。


「あの……今日はありがとう」


「いやいや。花恋こそ、お疲れ様」


 結局、あのあとの焼きそば屋さん改め焼きそばパン屋さんは大繁盛だった。結局買ってきたコッペパンは全て使い、無事売り切れ収支トントンとなる。


 花恋は大きく伸びをした。


「ほんとに……疲れちゃった。こんなに全力疾走したの久しぶりで……」


「俺もだよ。普段ゲームでしか動かないから」


「それ動いているの海斗じゃなくてアバターじゃない?」


 そして訪れた静寂。その間を取り持つように軽音部の二曲目が始める。


 Aメロが始まったところで花恋は再びしゃべり出す。


「私、あの時ひとりでスーパー三軒周る予定だった。間に合わないのはわかってたけど、それしか思いつかなかったから。最悪、オープンを一時間遅れさせたらなんとかなるかなって……」


 花恋はすっかり肩の力が抜けていた。


 午前中はあんなに張り詰めていたというのに。

「でも、海斗のお陰で時間にも間に合ったし、機転を効かせてくれたから焼きそばパンも食べれた」


 花恋は歌うように続ける。


「きっと、少し近い未来であんなこともあったね、って素敵な思い出になってると思う。本当にありがとう。海斗」


 彼女の絹のように綺麗な黒髪が爽やかな風に靡く。花恋は髪を自分の耳に掛けながら言った。


「また何かあったら頼らせてもらうね」


 髪が風によってふわりと持ち上がっているせいで、花恋の顔はいつも以上に露になる。


 切れ長で二重のラインも美しい恵まれた目元。フキよりも筋が通った鼻。横幅にやや大きく、しかし薄い唇。彫刻みたいにはっきりとした輪郭。


 (やばい……負ける!)


 ときめく心に蓋をして、俺は自分にピンチはチャンスと唱える。


 そして俺は精一杯取り繕ってみた。


「つまりそれって俺にときめいちゃったってやつ……?」


 俺はしてやったりの嫌な笑顔を浮かべてやった。


 すると花恋は俺の肩を小突いてくる。


「偽物の彼氏なんだから調子乗らないでよね」


「へへ、いいだろ。今日ぐらい調子乗せろ」


 花恋は「でもまあ」と言って、少し前傾姿勢になって俺の顔を覗き込んだ。


「少しぐらいはかっこよかったんじゃないの」


 その顔は教室でみんなに見せる気取った顔ではなく、自然体の彼女のように見えた。


 (狙ってないのにかわいいのズルいな……)


 なんだか納得いかない俺は、自分のことも意識してもらおうと迫ってみる。


「じゃあ、俺に惚れてくれたか?」


 俺は花恋の顎を優しく持ち上げた。


「え……」


 花恋は何が起きているのか理解できないという顔をしている。完全にペースを奪ってやった。


 俺は親指で花恋の唇をなぞる。


 柔らかな唇は俺の親指を受けているように感じた。


 俺は顔を近づける。花恋は動かない。


 そのまま俺は目を細める。それに合わせて花恋は目を閉じた。


 そして唇が触れそうなすれすれで、俺はフゥっと息を吹きかける。


「……!? な、なによ!??!!?」


 花恋は目を開けて身体を仰け反らせた。さっきまであんなに無防備だった唇は、彼女の手の甲によって隠される。


「なーんてな! 花恋、お前今何されると思った?」


 俺は意地悪く聞いてやった。さすがに一本取っただろ、と思って機嫌がとても良い。


「ななななななな、何もされると思ってないわよ!」


「え〜? ほんとかぁ〜?」


「本当よ! 全く、海斗は油断も隙もないんだから!」


 そう言いつつも花恋の顔は赤い。暗いのに赤いとわかるぐらいだから、光の当たる場所で見たら余程真っ赤なのだろう。


 (やっぱり、花恋ってかわいいな)


 軽音部のバンドは最後の曲を演奏しているようで、下は一層盛り上がっているように感じた。


 ☆


 私、舞浜麻衣はとんでもない現場に居合わせた。


 (う、海野くんと花恋ちゃん……!)


 どうやらふたりともベンチに座って話しているようだ。


 私は慌てて隠れる。


 (別に隠れる必要はないのかもしれないけど……! でも、なんかあの場に出るのはよくない感じがしちゃう……!)


 私はふたりに気づかれないように、この場から撤収しようとした。


 (あっちから通れば良い感じに出入口へ行ける……!)


 そろりそろりとドアへ向かう。


 (あとちょっと……! このまま何事もなく、屋上から出られますように……!)


 するとふたりの会話が耳に入ってきた。


「また何かあったら頼らせてもらうね」


 花恋ちゃんは海野くんにそう言っている。


 私は何故か足が止まってしまう。


 海野くんが花恋ちゃんに向けて何を言うか気になってしまったのだ。


「つまりそれって俺にときめいちゃったってやつ……?」


 かっこよく、決まった台詞だった。


 聞いちゃいけないことな気がする。


 私はその場から去ろうとしたが、その度に私の中の悪魔が少しぐらい大丈夫だって、と囁いてきた。


 そしてついに聞いてしまう。


「偽物の彼氏なんだから調子乗らないでよね」


 (え。今花恋ちゃん偽物の彼氏って——)


 私は悪いことをしている自覚はありつつも、聞き耳を立ててしまう。


 (海野くんはなんて答えるんだろう……)


 私は耳をそば立てる。


 すると。


「へへ。いいだろ、今日ぐらい調子乗せろ」


 私は早まる鼓動を手を当てて抑えようとする。


「海野くんも否定しないんだ……」


 ということは、あの二人はなんらかの理由があって、偽物のカップル関係を結んでいると推測できる。


 そこで私は気づいてしまう。


「私にもほんの少しチャンスがあるってこと……?」


 けど、この考えはあまりに楽観的だ。


 きっとあの二人は気づいてないだけでもう——。


 (いや、違う……気づいてないならまだいける)


 私は祈るように両手を握った。


 (神様、私に勇気を分けてください)


 初めてできた好きな人。ここで引いては私が廃る。


「ごめんなさい、花恋ちゃん。こんな私を許して」


 私の恋はまだ諦めるには早そうだ。

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