12 文化祭は落とすチャンス 2/7
昼休み。屋上にて。
花恋は文化祭のもろもろで忙しそうだったので、俺はひとりでお昼を食べることにした。
屋上は人が少ないので、のんびりひとり飯ができるスポット。であるのだが、今日は先客がいる雰囲気がした。
正体を確かめるために、俺は人がいそうなところにそろりそろりと向かう。
後ろ姿を発見した。茶髪気味ボブカットの女子生徒っぽい。
女子生徒の方は視線を感じたのか、俺の方を振り返った。
「ふわ!?」
後ろに人がいると思わなかったのか、ギョッとした顔で俺のことを見た。
「……! 驚かせちまったか。ごめ——」
謝ろうとしたところで、言葉が止まる。
目に入ったのは菓子パン三つ、からあげクン、しみチョコ、申し訳程度のサラダ。
「すっげー量食べるんだな……」
「み、見ないでー!」
彼女は両腕で食べ物たちを隠そうとする。もちろん細い腕で隠されたところで丸見えだ。だいたい、隠そうとしても、既に見ている。
「別に隠すことでもないだろ。いっぱい食べる子はかわいいじゃねえか」
するとボブちゃんは赤面して慌てだす。
「そ、そうかな……だといいんだけど……」
ボブちゃんは前髪をササッと整えながら言った。
また、俺は彼女の素性をなんとなく知っている。
明確にするために、話を切り出した。
「ええと、確か同じクラスの……」
「舞浜麻衣だよ」
そうだ、舞浜さん。
栗色のボブカットにまん丸な瞳。
リスを想起させるような小柄で愛らしい見た目。
しかし、その旺盛な食欲のせいかおかげか出るところはしっかり出た身体。
それに加えて抜群の愛嬌で男子から密かな人気を博している。
「舞浜さん……こうしてまともに話すのは初めてかもな」
「そうかもね」
「俺は海野海斗」
「知ってるよ。海野くん」
「え」
「だって花恋ちゃんの彼氏でしょ。知らない人の方が少ないよ」
そう言って舞浜さんは「ふふ」と笑う。
(そうか。俺って今学校でそういう立ち位置なのか……)
そしてしばらく俺たちは雑談をした。舞浜さんは大食いを隠せないと悟ったのか、俺の隣で菓子パンをもぐもぐ食べている。
その最中、舞浜さんはこんな話題を振ってきた。
「文化祭、楽しみだなぁ。やっぱり海野くんは花恋ちゃんと一緒に周るの?」
「んー。どうなんだろうな。俺はそうしたいと思ってるけど」
本当にどうなるんだろう。俺、偽物の彼氏だから花恋の文化祭当日の予定とか本当に知らない。
「えっ、そうなんだ。意外。だって、すっかり晴晴高校の有名カップルじゃん」
「そうなのか……? まあ、花恋が有名だからそうもなるか」
「ううん。最近は海野くんの話題もよく聞くよ」
「え、俺の……?」
舞浜さんは頷く。
「日頃から花恋ちゃんをリードしてる風に見えるし、大人しそうに見えたけどしゃべってみるとすごく面白いってみんな言ってるし……あと最近垢抜けたって女子の中でも話題だしね」
「……なんか照れるな」
「さっきの文化祭の催し物決めも海野くんがまとめてたもんね」
「いや……あれはその場のノリと言うか……」
俺は謙遜していると、舞浜さんの目が揺らいだ。
「……遠くなっちゃったなぁ」
「? 遠くって花恋がか?」
舞浜さんはハッとした表情をする。
「あっ。うん、そういうこと! 花恋ちゃんってもともと遠い存在だけど、なんだかさらに遠くなったなぁって! あは、あはは〜……」
舞浜さんはまくし立てるようにしゃべる。違和感はあったが、心当たりはなかったので別の話題に移った。
「舞浜さんは文化祭誰と回るんだ?」
「私は友達と回るよ」
「え。それこそ、彼氏と回らないのか?」
「いや……だって私彼氏いないもん……」
「え!? そうなのか!? てっきりいるものだと……」
「いないよ……! な、なんか恥ずかしいから何度も言わせないで……!」
俺は「悪い悪い」と平謝りをする。
「そうだ。これもなんかの縁だし、LINEでも交換するか?」
「え……いいの? だって花恋ちゃんがいるでしょ……?」
俺は「あー……」と口にする。バカ正直に花恋は本当の彼女じゃないから大丈夫とは口が裂けても言えない。
「……俺たちには並々ならぬ信頼関係があるからな! 異性とLINEを交換したぐらいじゃ越えないんだよ!」
「……ラインを?」
「そうそう! ……なんちって」
すると舞浜さんはクスクスと笑った。
「ふふっ。海野くん、面白いね」
その姿にきゅんとときめいてしまう。
(こんなにかわいいのに彼氏いないってマジかよ……)
こうして俺たちはLINEを交換した。
☆
私は海野くんがちゃんと屋上から出ていったことを確認した。
すると、硬直していた身体が一気に弛緩する。
「うう……海野くんと久しぶりにしゃべっちゃった……」
海野海斗くん。私の初恋の人。
きっと、海野くんは覚えてない。
初めてしゃべったのは幼稚園生の頃だった。
私はその時から大人しいタイプで、友達もそんなに多い方ではなかった。
『鬼ごっこやる人この指とまれっ!』
目立つタイプの子が人差し指を突き上げて仲間を集う。
たくさんの子がその指目掛けて走り出したが、私はすみっこでそれを見ていることしかできなかった。
(入りたい……けど、緊張しちゃうから無理だな……)
そう思っていつも絵を描いていた。これなら誰にも気を遣わないし、緊張とも無縁だ。
するとそこへ一人の男の子がやってきた。
それが海野くんだ。
『麻衣ちゃんって絵上手だね』
『え。そ、そうかな……』
当時描いていたのはプリンセスの絵。
誰にも見せないで描いていたが、この時初めて絵を見てもらった。
『そうだよ! プリンセスのお顔も可愛く描けてるし、ドレスもふわふわで素敵って思った。これからもお絵かきしてるところ見てもいーい?』
『……う、うん。いいよ』
それから海野くんは一人でいる私に何度も話しかけてくれた。
『麻衣ちゃんのお絵描き見たい!』
『で、でも海斗くん、今からみんなでドッチボールやるんじゃないの……?』
『やるらしいけど、俺は麻衣ちゃんの絵を見たいから!』
私がイラストを描いているところを海斗くんが横から見る。そんな日常が出来上がっていた。
もちろん、茶化されることはあった。
『あー! 海斗くんと麻衣ちゃんまた一緒にいるー!』
『ラブラブじゃーん!』
ヒューヒューと囃されて私は顔を真っ赤にしてしまう。
海斗くんは嫌な思いしてないかな、と彼を見るとむしろ彼は誇りながら言った。
『いいだろ〜。麻衣ちゃんと俺、仲良しだからさ〜!』
そう言って肩を寄せられる。
その時の肩の温度は今でも忘れない。
小学二年生まで一緒だった。
そこから私は親の転勤で、引っ越すこととなる。
(けど、またこの地に戻ってくるなんて思わなかったな……)
中三の春に、またこっちに戻ると親から聞かされた時、もしかしたら海野くんにまた会えるかもなんて思ってた。
そしたら偶然高二の時に同じクラスになる。
『う、嘘でしょ……!? 海野海斗って海斗くんのことだよね……!?』
そこそこ生徒数が多い高校ゆえに気づかなかった。
それが奇跡的にまた巡り会えた。
しかし、同じクラスになってから三週間。なかなか話せずにいたところ、とんでもない噂を耳にしてしまう。
『なあ、花咲さんって海野と付き合ったらしいぞ』
『うっそ! あの花咲さんが!? しかもなんで海野?』
私は相当なショックを受けた。
(嘘でしょ……? 海斗くんが……? しかも相手はあの花恋ちゃん……?)
叶いっこない恋だ。
それに私には彼女持ちの人を狙おうだなんてことはできない。
私はそっと自分の胸に手を置いた。
(海野くんが幸せならそれで……)
けれど、もし……もし万が一海野くんと花恋ちゃんが別れたときに、私は想いを伝えよう。
それまではあの二人を応援するんだ。




