10 なかなか花恋を疑いきれない 2/2
中学時代、とある日の放課後。
(くっそ。俺としたことが忘れ物しちまったよ)
部活の生徒たちもほとんど帰ってしまっている時間帯。
宿題を忘れた俺は、静まり返った廊下をひたひたと歩いていた。
(ちくしょ〜……今日はゆっくりアニメの消化でもするかなって思ったのに思わぬロスだ。とっとと宿題終わらせて、軌道修正しなければ……)
こうして俺は教室に着く。
誰もいないと思っていたが、一人だけ生徒が残っているのが見えた。
(うわ、花咲花恋……)
うわ、と言ったのは花咲のことが嫌いだからではない。
俺と違う人種すぎて、花咲を見る度に落ち込む自分がいるからだ。
(すげえな。こんな時間まで自主学習か……? しかもアイツって週五で塾通いもしてるんだろ? いつ遊んでるんだよ……)
俺はできるだけ本人にバレないように、そろりそろりと教室へ入る。
すると俺は花咲に違和感を覚えた。
(なんだ……? 花咲のやつ、教科書閉じてるのに目を伏せてるじゃねえか。目も……開いてるな。ペンも持ってないし、スマホもいじってない。精神統一か?)
気になってしまった俺は、花咲の様子をまじまじと眺める。
すると彼女は声を押し殺して泣いていた。
『なあ、大丈夫か?』
考えるより先に身体が動いていた。
花咲はバッと顔をあげる。驚いた顔をしていた。泣いている姿も美しい。
俺はというと、話しかけて若干は後悔した。
(普段まともにしゃべんないくせに話しかけてキモかったかな……)
すると花咲は俺の顔をしばし眺めたあと、ぽつりとつぶやく。
『……海野くん』
そして彼女は正気に戻ったのか、ハッとして急いで取り繕った。
『ごめんね! 変なところ見せちゃって。でも、大丈夫だから!』
『いや、明らかに大丈夫ではないだろ。どうしたんだよ。無理には聞かないけど、突然泣き出すなんて普通じゃないぞ。限界なんじゃないか?』
すると花咲は普段の完璧笑顔が消え去り、普通の女の子のような表情になった。
『……そうね。限界、なのかしら』
力なく笑う花咲。その姿も美形だが、仮面が剥がれたせいか先程と比べてオーラのようなものがスッキリと落ちている。
そしてそのまま花咲はこぼすように話始めた。
『私、自分が本当に何がしたいか分からないのよ。何が好きか分からないとも言い換えられるわね』
花咲は視線をどこに置いたら良いのか決めかねている様子だった。そして仮置き場として、先程同様教科書の表紙に目を落とす。
『けど、みんなが私を求めてくれるから、私はそれに応えるという役割ができた。それって、ある意味ですごく楽なのよね』
きっと彼女が言いたいのは、求めることに応じて自分を探求しなくて良いから楽だと言いたいのだろう。
けど、俺はそれを楽だとは思えない。
だから、率直に思ったことを言った。
『すげえな。みんなに求められてることがストレスに感じないの。俺だったら絶対無理だ』
『どうしてかしら』
どうしてと聞かれてもなあ、と俺は顎を触った。
そして俺はひとつの結論を付ける。
『ひとりでいることに心地良さを感じてるからじゃねえの? 人目もある程度だったら気にならねえし』
すると花咲はこんな質問を投げかけてきた。
『人目も気にせず没頭できることが海野にはある?』
『ある』
俺は間髪入れずに答えた。
『好きなんだよ。漫画もアニメも音ゲーもギャルゲーも。好きだから止まられないんだ。これはもうどうしようない俺の性分なんだ。クラスメイトと話すよりもギャルゲーの女の子と話してる方がどうしたって楽しいから』
『……羨ましい』
『え?』
『とっても羨ましいわ』
意外な反応がきてしまった。
俺が言葉に困っていると、花咲はひとりでに続ける。
『芯があるのね、海野って。私にはないものを持ってるわ。すごくかっこいい』
俺の人生は好きなことがあるのが普通だった。
だから、好きなことに没頭することがかっこいいことだとは思っていない。
けど、好きなことがなくて、没頭することがなくてつらい人がいることを初めて知った。
それが花咲花恋のような、一見全てを手に入れてたように見える完璧美少女でも。
『……多分花咲は抱え込みすぎなんだよ。俺で良かったら話ぐらい聞くぞ。ほら、俺ぼっちだし、俺なら誰かに広める危険もないだろ』
『もう、ぼっちじゃないわよ』
花咲は俺の顔を覗き込む。綺麗な黒髪ロングが重力に従って垂れた。
『私がいるのに、ぼっちだなんて言わせないわよ』
それから俺たちは放課後の教室でふたりきり、話す機会が多くなった。
☆
ミラノ風ドリアを食べ終えたあと、花恋がティラミスを食べたいと言うので追加注文をした。
「甘くて美味しいわ」
「食レポ向いてないな」
「じゃあ海斗はどうやって食レポするのよ」
「甘みの中から香ばしい苦味が染み出していて食べていて飽きないな」
「やるじゃない」
「だろ」
俺たちは顔を見合せて笑った。
そしてティラミスも食べ終わったあと、俺は花恋に改めて言う。
「さっき花恋が何を言いたかったのか知らねえけど、無理して言わなくていいからな。逆に言いたくなったらいつでも待ってるぞ」
すると花恋は「……ええ」と力ない返事をしたあとに、続ける。
「なんだか海斗に甘えてばかりね……」
湿っぽい花恋に俺は笑いかける。
「別にいいんじゃね? 嘘でも俺の彼女なんだし」
俺は「ははっ」と白い歯を見せた。つられて花恋は「ふっ」と笑って、さっきよりは生気を取り戻した声で言う。
「……そうね。彼女、だものね」
サイゼリヤの喧騒は、今の俺たちにはちょうど良かった。




