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家族に捧げられた私、悪魔の教祖様に気に入られて囲われました  作者: 絹ごし春雨


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8/11

8話

 最初の異変は、ほんの一筋だった。


「……え」


 ルミナは鏡の前で、息を止める。


 髪。


 完璧だったはずの金糸の中に、一本だけ――白が混じっていた。


「……違う」


 すぐに引き抜く。


 指先が震える。


(光の加減よ)


 そう思い込もうとする。


 だって。


 私は、あの方に“選ばれた”のだから。


「ルミナ様、本日のご支度を――」


「いいわ!」


 強く遮る。


 使用人がびくりと肩を揺らす。


 その反応に、一瞬だけ満足しかけて――


(……弱い)


 胸の奥がざらつく。


 以前なら、ただ視線を向けるだけでよかった。


 何も言わなくても、相手は崩れた。


 でも今は。


「ちゃんと見なさい」


 思わず、言ってしまう。


「私を」


 使用人は慌てて顔を上げる。


「は、はい……とてもお美しく……」


 その声は、震えていた。


 恐怖からか。


 それとも――


(違う)


 何かが違う。


 “見惚れている”のではない。


 ただ、“怯えている”。


 その差が、どうしようもなく不快だった。


 その日の夜会。


 ルミナは、完璧な装いで現れた。


 視線が集まる。


 囁きが起きる。


(ほら)


 間違っていない。


 私は美しい。


 私は選ばれている。


 そう思った、次の瞬間。


「……あれが、例の」


「確かに美しいが……」


 耳に入る声。


 以前と違う。


 熱がない。


 距離がある。


「少し、印象が変わったな」


 その一言が、突き刺さる。


(……何が?)


 笑みを崩さないまま、歩く。


 完璧に。


 誰よりも美しく。


 なのに。


 視線が、続かない。


 すぐに逸れる。


 次へ流れる。


(どうして)


 胸が、ざわつく。


(もっと……)


 足りない。


 まだ足りない。


 一方で。


「侯爵閣下、こちらの件ですが」


 父のもとには、書類が山のように積まれていた。


 地位は上がった。


 責任も、権限も。


 だが。


「……これはどういうことだ」


 眉をひそめる。


 署名されたはずの契約が、覆されている。


「相手方が、急に態度を変えまして……」


「理由は?」


「それが……明確には」


 歯切れの悪い返答。


 苛立ちが募る。


(なぜだ)


 以前なら、こんなことはなかった。


 誰もが従った。


 逆らう者など、いなかった。


 なのに今は。


「……裏で何か動いているのか」


 疑念が浮かぶ。


 そして同時に。


 誰も信じられなくなる。


 同じ頃。


「……少し、風が冷たいですね」


 セシリアは庭で、小さく呟いた。


 隣には、イシュヴァル。


「では、こちらへ」


 すぐに、肩に羽織がかけられる。


 自然な仕草。


 迷いのない距離。


「ありがとうございます」


 受け取ると、ほんの少しだけ指が触れる。


 それだけで、落ち着く。


「本日は、外が騒がしいようです」


 イシュヴァルが言う。


「え?」


「夜会があるのでしょう」


 ああ、と頷く。


 かつては自分もいた場所。


 でも。


「……あまり、気になりません」


 素直に言う。


 驚くほど、執着がなかった。


「そうですか」


 彼は静かに微笑む。


「良いことです」


 そのまま、手を取られる。


 当たり前のように。


 拒む理由が、もうない。


「セシリア様」


 名前を呼ばれる。


 視線が重なる。


「貴女は、変わりませんね」


「……?」


「求めない」


 指先が、そっと頬に触れる。


「だから、失わない」


 その言葉の意味を、セシリアはまだ完全には知らない。


 ただ。


 その声が、心地よいと感じるだけで。


 夜会の終わり。


 ルミナは、鏡の前に立っていた。


 笑みを貼り付けたまま。


 ゆっくりと、顔に触れる。


(……大丈夫)


 美しい。


 まだ、美しい。


 でも。


 光の加減で。


 一瞬だけ。


 頬に、影が落ちる。


 それが。


 “線”のように見えた。


「……違う」


 首を振る。


「違う、違う……」


 でも。


 もう気づいている。


 ほんの少しずつ。


 確実に。


 何かが削れていることに。


 遠くで。


「……ええ、順調です」


 イシュヴァルは静かに呟く。


 穏やかなまま。


 何一つ変わらず。


「愛されるほど、形が変わる」


 その視線は、冷静だった。


「実に、理にかなっている」


 否定はしない。


 止めもしない。


「願いは、正しく叶えられている」


 それがすべて。


 最初から。


 何一つ、間違っていない。

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