5話
ルミナが“美しさ”を得てから、数日。
伯爵家の空気は、一変していた。
「お嬢様……本当にお美しい」
「先日の夜会でも、皆様が見惚れておりました」
使用人たちは口々に称賛する。
その視線は、かつてとはまるで違う。
(当然よね)
ルミナは鏡の前で、ゆっくりと微笑む。
角度も、表情も、すべてが完璧だった。
視線を集めることが、こんなにも心地いいなんて。
「……でも」
ふと、指先で頬に触れる。
ほんの一瞬だけ。
違和感のようなものがよぎった気がした。
(……気のせい、よね)
すぐに消える。
代わりに残るのは、満たされた感覚だけ。
「ルミナ」
父の声がする。
「今日も、教祖様のもとへ行く」
振り返ると、そこには以前よりも明らかに“焦り”を帯びた父がいた。
「お父様も、願われるのですか?」
「ああ」
迷いはない。
むしろ、確信に満ちている。
「この機を逃すわけにはいかん」
その目は、ルミナと同じ光を宿していた。
――欲望に満ちた光。
再び訪れた、あの広間。
熱気は、以前よりも増している。
「救いを……」
「どうか、私にも……」
変わらない光景。
ただ一つ違うのは、その中心にいる存在への“信仰”が、より深くなっていること。
「ようこそ」
壇上の男が、静かに微笑む。
「本日も、多くの願いが集まっております」
その声だけで、人々は安堵する。
絶対的な存在。
疑う余地すら、与えられない。
「前へ」
父が呼ばれる。
堂々とした足取りで進み出る。
「お名前を」
「――グラント伯爵」
誇らしげに名乗る。
その肩書きが、すでに物足りないもののように感じながら。
「どのような救いをお望みですか」
問われる。
父は、一瞬も迷わなかった。
「更なる地位を」
ざわめきが広がる。
「我が家を、より高みへ」
声に、熱がこもる。
「伯爵では足りぬ」
「私は――選ばれる側でありたい」
言葉が、次々と溢れる。
「誰もが従う地位を。揺るがぬ権力を」
「すべてを手に入れたい」
最後に、強く言い切る。
「それが、私の望みだ」
沈黙。
そして。
「……素晴らしい」
教祖は、ゆっくりと頷いた。
「非常に、純粋な願いです」
その言葉に、父の顔が歪むほどの喜びが浮かぶ。
「では」
手が差し出される。
「お受け取りください」
父は迷わず、その手を取った。
瞬間。
空気が変わる。
何かが、流れ込む。
「……っ」
父の目が見開かれる。
理解している。
“与えられている”と。
「これで……!」
震える声。
歓喜に満ちた表情。
数日後。
その願いは、現実となった。
「――グラント侯爵」
その名が、正式に告げられる。
異例の昇格。
誰もが驚き、誰もが恐れた。
「素晴らしいですわ、お父様!」
ルミナが駆け寄る。
その笑顔は、以前よりもさらに眩しい。
「当然だ」
父は満足げに頷く。
「我々は“選ばれた”のだ」
その言葉に、疑いはない。
――だが。
「……ねえ、お父様」
ルミナが、ふと呟く。
「最近、私を見る人……減っていません?」
一瞬。
空気が、わずかに揺れる。
「何を言っている」
父は即座に否定する。
「お前は美しい。誰もが見ている」
「……そう、よね」
笑う。
でも。
どこか、引っかかる。
以前ほどの“熱”を感じない瞬間がある。
ほんの、わずかだけ。
一方で。
父の周囲では。
「……急な昇格だな」
「裏で何が……」
囁きが広がり始めていた。
羨望と、疑念。
そして――敵意。
それでも。
父は気づかない。
いや、気づこうとしない。
すでに。
手に入れたものを、疑えなくなっているから。
遠くで。
「ええ、順調です」
イシュヴァルは静かに呟く。
穏やかな微笑のまま。
「願いは、すべて叶えられている」
その通りだ。
何一つ、嘘はない。
「だからこそ」
目を細める。
「美しいのです」
崩れていく過程すら。
最初から含まれていたかのように。




