4話
広間は、熱に満ちていた。
「救いを……」
「どうか、私にも……」
縋る声が、あちこちから上がる。
壇上に立つ男は、それを静かに見下ろしていた。
黒い衣。穏やかな微笑。
すべてを受け入れるような、優しい眼差し。
「ご安心ください」
その一言で、場が静まる。
「願いは、必ず届きます」
救われる、と誰もが思った。
――ルミナも、その一人だった。
(やっと……)
胸の奥が、熱を帯びる。
隣で父が、小さく頷いた。
「行きなさい、ルミナ」
「はい……お父様」
震える足で、前へ出る。
視線が集まる。
でも怖くない。
むしろ、心地いい。
(見られてる……)
ずっと欲しかったもの。
それが、ここにある。
壇の前に立つと、男――教祖が、ゆっくりと視線を落とした。
「お名前を」
優しい声。
「ルミナ、と申します」
「ルミナ様」
名前を呼ばれる。
それだけで、胸が満たされる。
「どのような救いをお望みですか」
問われる。
迷いはなかった。
「……美しく、なりたいのです」
ざわめきが起きる。
けれど、止められない。
「誰よりも、美しく」
言葉が止まらない。
「誰からも愛されて。羨まれて」
「選ばれる存在に――」
そこで、息を吸う。
「なりたいのです」
言い切った。
沈黙。
ほんの一瞬だけ、空気が止まる。
やがて。
「……素晴らしい願いです」
教祖は、静かに微笑んだ。
否定されない。
それだけで、すべてが肯定された気がした。
「では」
ゆっくりと、手が差し出される。
「こちらへ」
誘われるまま、一歩近づく。
距離が、消える。
「少しだけ、触れます」
断りを入れる声音。
けれど拒否など考えられなかった。
指先が、頬に触れる。
ひやりとした感触。
「……あ」
息が漏れる。
何かが、流れ込んでくる。
「貴女の願い」
耳元で、囁かれる。
「確かに受け取りました」
その瞬間。
体の奥で、何かが弾けた。
熱が、巡る。
満たされていく。
(これ……)
分かる。
変わっている。
自分が、自分じゃなくなっていく。
でも。
(気持ちいい……)
抗う理由が、どこにもない。
「どうか」
最後に、静かな声が落ちる。
「その美しさを、大切に」
意味を考える余裕はなかった。
ただ、すべてが満たされた気がして。
その日から。
ルミナは、変わった。
「……綺麗」
鏡に映る自分に、思わず見惚れる。
肌は透き通るようで、瞳は輝き、仕草ひとつで視線を集める。
「お嬢様……まるで別人のようでございます」
使用人が、息を呑む。
その反応が、心地いい。
「そうでしょう?」
微笑むだけで、相手の頬が赤くなる。
(これよ)
これが欲しかった。
視線。羨望。愛。
すべてが、こちらに向く。
「素晴らしい……!」
父もまた、満足そうに頷いた。
「さすがは教祖様だ」
その目には、完全な信仰が宿っている。
「次は、私の番だな……」
ぽつりと漏れたその言葉に、ルミナはふと違和感を覚える。
(……次?)
一瞬だけ。
ほんのわずかに、胸の奥がざわついた。
けれど。
「お姉様なんて、もう必要ないわね」
そう口にした瞬間、その違和感は消えた。
代わりに広がるのは、満足感。
自分が“上に立った”という確信。
誰も気づかない。
その美しさが、
どのような形で完成されているのかを。
遠く。
それを見ている影がひとつ。
「……ええ、順調です」
イシュヴァルは、静かに微笑む。
まるで、最初から結末を知っているかのように。
「とても、美しい」
その言葉は。
賞賛であり――
終わりの予告でもあった。




