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家族に捧げられた私、悪魔の教祖様に気に入られて囲われました  作者: 絹ごし春雨


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3/11

3話

 その日は、昼下がりだった。


「こちらへ」


 イシュヴァルに呼ばれて向かったのは、屋敷の奥にある小さな温室だった。


 柔らかな光と、静かな緑。人の気配がほとんどない場所。


(……落ち着く)


 そう思った瞬間。


「気に入っていただけましたか」


 すぐ後ろから声がした。


「……はい」


 振り返ると、いつもより距離が近い。


 思わず一歩下がろうとして――止まる。


 もう、この距離に慣れてしまっていることに気づいた。


「それは良かった」


 彼は静かに微笑む。


「ここは、貴女のために整えた場所ですから」


「……私の?」


 聞き返すと、当然のように頷かれる。


「ええ」


 その言葉が、胸の奥に落ちる。


(また、“私のため”……)


 どうしてそこまでされるのか、分からないまま。


 でも、嬉しいと思ってしまう。


 ふと、花に触れようとして手を伸ばしたとき。


「お怪我をなさらないように」


 後ろから、そっと手を取られた。


「……っ」


 指先が重なる。


 逃がさないように、でも優しく。


「この種類は、少し棘がありますので」


 説明は穏やかだった。


 けれど、そのまま手は離されない。


(……近い)


 背後に、彼の気配。


 腕の中に閉じ込められているような距離。


 鼓動が、少しずつ早くなる。


「セシリア様」


 耳元で、名前を呼ばれる。


「はい……」


 声が、思ったより近くで落ちた。


「最近、よく笑うようになられましたね」


「え……」


 そんなこと、自分では分からない。


「最初にお会いしたときは」


 指先が、ゆっくりと手をなぞる。


「今にも消えてしまいそうでした」


 その言葉に、胸が締めつけられる。


「……今は、違いますか」


 小さく問うと、


「ええ」


 即答だった。


「とても、良い変化です」


 少しだけ、手に力がこもる。


「――手放したくないほどに」


 その一言で、空気が変わる。


(……今の)


 優しいだけじゃない。


 確かに、“囲い込む”響きがあった。


 なのに。


 怖くない。


 むしろ――


「……あの」


 言葉がうまく出てこない。


「どうされました?」


 すぐに返ってくる声。


 逃げ道は、やっぱりない。


「他の人にも……」


 自分でも驚くくらい小さな声で、


「同じように、されているんですか」


 聞いてしまった。


 一瞬、沈黙が落ちる。


 しまった、と思ったときには遅かった。


 けれど。


「いいえ」


 返ってきたのは、迷いのない否定だった。


 ゆっくりと、手を引かれる。


 振り返らされる形で、向き合う。


 近い。


 視線が、完全に重なる距離。


「貴女だけです」


 静かに、告げられる。


「このように触れるのも」


 指先が、頬にかかる。


「このように、時間を割くのも」


 逃げ場がない。


 でも。


 目を逸らしたくない。


「すべて、貴女だけに」


 その言葉に、胸の奥が強く熱を持つ。


(……私だけ)


 そんなこと、今まで一度もなかった。


 誰かにとっての“特別”なんて。


「……どうして」


 かすれた声で、問う。


 すると彼は、ほんの少しだけ微笑んだ。


「簡単なことです」


 顔が、さらに近づく。


 息が触れそうな距離。


「貴女が、そういう存在だからですよ」


 答えになっていない。


 でも、それ以上聞けなくなる。


 距離が、近すぎて。


「……逃げませんね」


 ぽつりと、落ちる声。


 試すような響き。


「逃げたほうが、よろしいですか」


 返される問い。


 本当なら、逃げるべきなのに。


「……いいえ」


 否定してしまう。


 その瞬間、彼の目がわずかに細まった。


「では」


 指先が、顎に触れる。


 最初の日と同じ仕草。


 でも、意味はまったく違う。


「もう少しだけ、このままで」


 囁かれる。


 距離は、あと少しで触れる。


 でも。


 触れない。


 そのまま、止まる。


 ――寸前で。


(……ずるい)


 そう思うのに。


 離れてほしいとは、思わなかった。


 その日の夜。


 一人になってからも、落ち着かなかった。


(私……)


 頬に、まだ感触が残っている気がする。


 手も。視線も。全部。


(……期待、してる?)


 そこまで考えて、顔が熱くなる。


 ありえない。


 でも、否定しきれない。


 一方で。


「……順調ですね」


 イシュヴァルは、静かに呟いた。


 手の中に残る温もりを、確かめるように。


「もう、十分でしょう」


 微笑みは穏やかで。


 けれど。


「逃げる理由が、なくなってきた」


 その目は、どこまでも深い。


「良い傾向です」


 優しく。確実に。


 彼女を囲い込みながら。

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