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家族に捧げられた私、悪魔の教祖様に気に入られて囲われました  作者: 絹ごし春雨


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2/11

2話

 目が覚めたとき、最初に感じたのは静けさだった。


 誰かの足音も、叱責もない。ただ、穏やかな空気だけが満ちている。


(……ここは)


 ゆっくりと起き上がる。


 整えられた寝具。見慣れない天井。


 ――そうだ。ここは、あの人の屋敷。


「……イシュヴァル様」


 名前を口にしただけで、少しだけ心が落ち着く。


 不思議だった。


 昨日まで、あんなにも怖かったのに。


 支度を整えて部屋を出ると、すぐに使用人が現れた。


「おはようございます、セシリア様」


 柔らかな笑み。


 その一言に、わずかに足が止まる。


(……“様”?)


 呼ばれ慣れない敬称。


 戸惑っていると、


「朝食のご用意ができております」


 自然に案内される。


 拒む理由が、見つからなかった。


 食堂には、すでにイシュヴァルがいた。


「おはようございます」


 穏やかな声。


 まるで、ずっと前からそうしてきたかのような自然さで。


「……おはよう、ございます」


 少し遅れて返すと、彼は満足そうに微笑んだ。


「よくお休みになれましたか?」


「はい……」


 本当に、よく眠れた。


 あの家では、いつもどこか緊張していたのに。


「それは何よりです」


 席を勧められ、向かいに座る。


 用意された料理は、どれも丁寧で温かい。


(こんな食事……初めてかもしれない)


 自然と手が伸びる。


 その様子を、イシュヴァルは静かに見ていた。


「……あまり、見ないでください」


 思わず言うと、


「失礼しました」


 すぐに視線を外す。


 でも。


「嬉しかったものですから」


 そう付け加えられて、言葉に詰まる。


(嬉しい……?)


 私が食べているだけで?


 理解できない。


 けれど、嫌ではなかった。


 食後。


「少し、お時間よろしいですか」


 そう言われ、頷く。


 案内されたのは、小さな書斎だった。


「こちらに」


 椅子を引かれる。


 その仕草ひとつが、やけに丁寧で。


(どうして、ここまで)


 疑問が消えない。


「セシリア様」


 名前を呼ばれる。


 視線を上げると、すぐ近くに彼がいた。


「一つ、確認を」


 低い声。


 逃げ場を塞ぐ距離。


「この屋敷での生活に、不満はございますか」


 問われて、少し考える。


 不満。


 そんなもの、あるはずがない。


 むしろ――


「……怖い、です」


 気づけば、そう答えていた。


 イシュヴァルの目が、わずかに細まる。


「ほう」


「優しすぎて」


 言葉を探しながら続ける。


「どうしていいか、分からなくて……」


 沈黙。


 否定されると思った。


 けれど。


「正直で、よろしい」


 彼は、静かに頷いた。


「では、その“分からなさ”は私が引き受けましょう」


「え……?」


「貴女は、考えなくていい」


 さらりと、恐ろしいことを言う。


「ここでは、すべて私が決めます」


 やさしい声。


 なのに、完全な支配。


「その代わり」


 指先が、そっと手に触れる。


「貴女は安心していればいい」


 絡め取るように、指が重なる。


「それが、私の望みです」


 逃げようと思えば、逃げられる。


 でも。


 逃げたいとは、思わなかった。


(……楽、だ)


 決めなくていい。


 否定されない。


 ただ、ここにいればいい。


 それがどれだけ甘いことか、分かっているのに。


「……はい」


 小さく頷く。


 その瞬間、彼の指がわずかに強くなる。


「良い子ですね」


 その言葉に、胸の奥がほどけていった。


 その日から。


 私は少しずつ、“囲われること”に慣れていった。


 選ぶ必要はない。迷う必要もない。


 すべては、イシュヴァルが整えてくれる。


 そして――


「セシリア様に、こちらを」


 与えられるものは、どれも“私のために選ばれたもの”だった。


(……どうして、ここまで)


 疑問は消えない。


 けれど、その答えを深く考えないようになっていく。


 考えなくても、満たされるから。


 夜。


「本日は、いかがでしたか」


 隣に座る彼が問う。


「……穏やかでした」


 素直に答えると、満足そうに頷く。


「それは何よりです」


 そのまま、自然に距離が縮まる。


 肩が触れるか、触れないか。


 逃げ場は、もうない。


「セシリア様」


 名前を呼ばれる。


 それだけで、心が揺れる。


「あなたは、それでよろしい」


 確認のようで、決定の言葉。


「はい……」


 迷いは、もうほとんどなかった。


 その様子を見て、彼は微笑む。


 静かに。満足そうに。


 まるで、最初からこうなると分かっていたかのように。


 ――囲われるというのは。


 閉じ込められることじゃない。


 気づけば、外に出る理由がなくなっていることだ。

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