表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族に捧げられた私、悪魔の教祖様に気に入られて囲われました  作者: 絹ごし春雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

1話

 その教えが流行り始めたのは、半年ほど前のことだった。


「救われたい者は、すべてを捧げよ」


 たったそれだけの言葉が、貴族たちの間で静かに広がった。


 最初はただの噂だったはずなのに。気づけば、父も、妹も――深く傾倒していた。


「セシリア。あなたには分からないでしょうけれど」


 ルミナが微笑む。


「“選ばれる”というのは、とても尊いことなの」


 その目は、どこか熱を帯びていた。


(……変わってしまった)


 そう思ったのは、一度や二度じゃない。


 けれど私は、何も言えなかった。


 元々、この家での私の価値は低い。魔力も少なく、社交も不得手。


 “いないもの”として扱われることに、慣れてしまっていた。


 だから。


「――今夜、お前を捧げる」


 そう告げられた時も、驚きはあっても反論はできなかった。


「……私を、ですか」


「光栄に思え」


 父は当然のように言う。


「教祖様に直接差し出せるなど、名誉なことだ」


 隣でルミナが、羨ましそうにこちらを見る。


「いいなあ、お姉様。私もいつか……」


(……羨ましい?)


 その感覚が、理解できない。


 でも。ここで拒めば、どうなるかは分かっている。


「……承知、いたしました」


 そう答えるしかなかった。


 連れて行かれたのは、街外れの静かな屋敷だった。


 豪奢ではない。けれど妙に整っていて、息が詰まる。


「ここでお待ちください」


 使用人にそう言われ、一人になる。


 逃げようと思えば、逃げられるかもしれない。


 でも。


(どこに行っても、同じか)


 そう思ってしまった時点で、足は動かなかった。


 しばらくして、静かに扉が開く。


「お待たせいたしました」


 その声を聞いた瞬間、なぜか背筋が震えた。


 振り返る。


 そこにいたのは――整いすぎた、黒の男。


 初めて見るはずなのに。


(……知ってる)


 そう感じてしまう。


 ずっと前から、“どこかで見られていた”ような感覚。


「初めまして、セシリア様」


 名前を呼ばれて、息が止まる。


「イシュヴァルと申します」


 丁寧な一礼。完璧な所作。


 でも。


 何かが決定的におかしい。


「……私を」


 かろうじて声を出す。


「どうするつもりですか」


 震えないようにするだけで精一杯だった。


 イシュヴァルは、わずかに目を細める。


「そうですね」


 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。


 コツ、コツ、と靴音が響く。


 逃げなきゃ、と頭では分かっているのに動けない。


 目の前で、彼は足を止めた。


 そして、そっと顎に指をかける。


「……っ」


 強引ではない。でも、抗えない力。


「やはり」


 至近距離で、囁かれる。


「美しい方だ」


 ぞくり、とする。


 見た目の話じゃないと、直感で分かる。


「随分と、丁寧に“削られて”きましたね」


 その言葉に、胸の奥を掴まれた気がした。


「……なにを」


「ご自分の価値を、です」


 言い当てられる。何もかも。


「本来なら、もっと早く手に入れるべきでしたが。少々、周囲の観察に時間を要しまして」


(……観察?)


 誰を。何のために。


 理解が追いつかない。


「ですが、もう十分です」


 指先が、ほんの少しだけ強くなる。


「貴女は、あの家には過ぎた存在だ」


 断言。迷いのない声。


「ですので」


 一拍、間を置いて。


「本日より、貴女は私のものです」


 逃げ道を、完全に塞ぐ言葉。


 怖いはずなのに。


 なぜか、胸の奥がじんわりと熱い。


「……拒否権は」


 かすれた声で問う。


 すると彼は、柔らかく微笑んだ。


「ございますよ。ただし、戻られる場合に限り」


 現実を突きつける。


 父と、ルミナの顔がよぎる。あの目。あの熱。


(……戻りたくない)


 初めて、はっきりと思った。


「ここにいれば」


 イシュヴァルが、静かに言う。


「貴女を否定する者はいません」


 その一言が、何よりも深く刺さる。


「大切に扱います」


 優しく。でも、確実に囲い込む声音で。


「選んでください、セシリア様」


 差し出された手。


 白く、綺麗で。


 逃げれば二度と触れられない気がして。触れれば、もう戻れない気がした。


(……でも)


 ゆっくりと、手を伸ばす。


 触れた瞬間、指が絡め取られる。


 逃がさないように。でも、壊さないように。


「……はい」


 小さく、答える。


 その瞬間、イシュヴァルは満足そうに微笑んだ。


「良い選択です」


 耳元で、囁かれる。


「ようこそ――こちら側へ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ