覚悟
「山口に会わせてくれ?」
「あぁ、頼むよ先生。姉ちゃんのこともあるし、ここで何が起きているか知りたいんだ」
「事情はわかるんだが……」
そういって片桐先生は渋い顔で背後の宴会用個室へ目を向ける。
「今、中で関係者と色々話してるみたいでな」
「なら、余計にだよ! このままじゃ……」
がら、と扉が開く。隙間からひょっこり顔を出しながら、不機嫌そうに山口警部補がため息を吐いた。
「うるせえぞ、弟くん。で、何があった?」
「山口さん、教えてくれ。このスキー場に脅迫とか、犯罪予告とか、そういうのが来ていないか?」
「お、おい鳩山! それをどこで」
片桐先生が目を丸くして詰め寄ってくる。様子から察するに、片桐先生は何かを知っていて隠していたように見える。鳩山を何かから遠ざけようとしているのかもしれない。
山口警部補が片桐先生を目で止める。同じ公務員とは言え、後はこっちの仕事、そうとでも言いたいのだろう。
「……ちょっと待ってろ」
山口警部補は部屋の中へ短く何かを伝えると、そのまま喫煙所の方へ向かっていく。周囲には誰もいない。ここなら誰かに聞かれる心配はない。
「その話、どこで聞いた?」
言いながら山口警部補は煙草に火を付ける。壁に寄りかかり、天井の排気口へ向かい息を吐く。明確に答えを返してはくれていない。だが、反応からすれば『脅迫はあった』そう受けとっていいだろう。
「聞いた話じゃない。状況から見て、推測した」
質問には否定で応じ、鳩山は続ける。
「昨日、ホテルに訪れた時、着物姿で荷物を受け取ってくれた男と、夕方にスキーウェア姿で山口さんに声をかけて来た男。あの二人って、双子だよな」
「なぜ?」
「ひとつはまさるが連れてきたげんちゃんさ。げんちゃんは『着物姿』の男にだけ反応している。恐らく、マタタビの入った漢方か香でも使っているんだろうよ」
山口警部補は呆れたように煙をふかす。
「……職場では、利き手がそれぞれ違うのと、目元の黒子で見分けてるらしいぞ」
「それも気づいたけど、マタタビを理由にしたのは伝えたいことがあるからさ」
「なんだ?」
今度は鳩山が息を吸って吐く。これで確認は済んだ。あとは考えを述べる番だ。
もちろん、山口警部補は、これからする話を把握しているかもしれない。だが、脅迫があったから双子を含めて犯人を捜した山口警部補と、双子だと気づいてから片方が警告していると気づいた鳩山とでは、辿ってきた思考が違う。
「片桐先生が見つけてきた置物を思い出してくれ。あれを見つけたのもげんちゃんで、ホテルのロビーに置かれた雪だるまに反応したのもげんちゃんだ」
話の核心。最初は鳩山も、あの置物は強迫の一つだと思っていた。しかし、雪だるまと置物を用意した人物が同一だとしたら。
山口は目をわずかに細める。事情聴取をしていたから、雪だるまのことを知らないのかもしれない。念のため、スマートフォンで画像を表示する。角貝から送ってもらった写真だ。
「これが雪だるまだ。これは腕木信号で『SOS』を表している」
「おいおい、それって……」
「山口さんが想像した通りだよ。げんちゃんに反応される香りを纏う人間。つまり、着物姿の男はホテルが脅迫されているのを知っている。それで、犯行の概要を俺たちに伝えようとしていたんだ」
吸われてゆっくりと吐き出される煙。排気口に向かって白煙が立ち上っていく。
「お前がいう着物姿の男が『賀央 竜介』で弟。スキーウェアの方が『賀央 樹林』で兄だ。で、片割れの弟は犯行を知っている、と」
鳩山は山口の目を真っすぐ見て頷く。
「あー……。くそ、そういうことか」
山口は新しく火を付けていた煙草の先を見つめると、そのまま灰皿に押し付けた。
「さっきの部屋に戻るぞ。あそこに雀部さん、えーと。兄に騙された女と龍屋オーナーがいる」
「どういうこと?」
山口は扉に手をかけて、振り返る。その目は冷たく、しかし燃えていた。
「兄、つまり『賀央樹林』がホテル周辺施設のマスターキーを持って行方をくらました」
「そ、それって……」
「お前の推理と俺の持っていた情報、それを符合したらどうなるか。言わなくてもわかるよな?」
『温泉汲み上げ施設』やその他の出入りを自由にするマスターキーを必要とする兄、そして、脅迫に気づいていて『SOS』を発する弟。山口は鳩山からの情報で犯人に行き着いたが、今度は鳩山が犯人に行き着く番だった。
(やっぱり、兄が脅迫犯なのか……)
確証はなかったがこれで決まりだ。もうのんびり話を聞いている暇はない。姉が消えたのは、このホテルを取り巻く状況に関係があり、なおかつ、双子の片割れが警告している。おまけに、双子同士で隠し事はそう通用しない。
そう仮説を立てた時点で、姉は何かに巻き込まれたのかも、とは考えていた。ホテルへも危険が迫っているのだろう。でも、行方知れずになった姉の方がもっと心配だった。
「山口さん……。俺、姉ちゃん探しに行かないと」
「ダメだ。お前は俺のそばにいろ。それに、もう少しだけ話を聞いていけ」
「どうして! 俺なんてただの中学……」
反論していると山口に肩を掴まれる。有無を言わさない、そんな意志を感じる掴み方だった。淡々と、それでいて熱のこもった言葉が山口から紡がれる。
「お前の姉ちゃんから『雪崩が起きて誰かが死んだら、遺族の男への手紙には気をつけろ』と言われた」
さらにな、と山口は続けた。
「龍屋オーナーは『曲げても手を取り合って話せ』と言われたそうだ。これは強迫犯と交渉しろと受け取れるし、兄に騙されて鍵を渡した雀部は『相手をよく見て気づけ』と警告されたらしい」
「え? それってもしかして」
鳩山の目が、驚きのあまりに見開かれる。
「そうだよ。そこから推察されることは一つ。君のお姉さんは、双子の兄『賀央樹林』が脅迫犯だと気づいていた。ホテルに脅迫があったことだけは、片桐が話していたらしいしな」
山口は扉を拳で叩く。ひっ、と小さな悲鳴が扉の奥から聞こえた。乾いた音が耳に残って、鳩山は視線を落とした。
「弟くんの意見を聞いて脅迫犯は決まったと言っていい。君の姉さんに先を越されたのは俺の落ち度だ。だから、ここからは俺が責任を持って捜査する。君は姉さんが心配だろうが、姉さんの本心も汲まなければいけない」
遺族の男へ手紙なんて書かないからな、と山口は小さく溢した。
「俺くらいには言ってくれてもよかったのに」
『目ざとくなってきた』なんて言われても、姉ちゃんには遠く及ばなかった。姉ちゃんは、運動だって、勉強だって、なんだってできる。
口に出されたわけじゃないが、もしかしたら、『二、お前じゃ力不足だ』そんな風に思われていたのかもしれない。だから、一人で解決しようとして、行ってしまった。相手は男で、しかも大人だと言うのに。
「何か理由があったんじゃないのか? ……比べちゃ悪いが、賀央兄弟だって兄が脅迫して、弟はそれを防ごうとしている。双子っては意外なところで通じ合っていると考えれば、君に何かを期待していたのかもしれない」
「期待……。姉ちゃんが……俺に」
まあ、わからんよ、そう言って山口は扉を開けて個室へと促してくる。本来なら守秘義務に関わる取り調べ現場に同席させることはないだろう。姉である市白の意思を汲む、それと同時に山口警部補も期待をしているのかもしれない。
(俺に何ができるか)
大層なお題目はない。姉ちゃんを助ける。いや、追い越さなければいけない。ただただ、そんな気持ちだけだった。もっと頼りがいのある男に、そう。
(俺だって……名探偵と呼ばれたばあちゃんの孫なんだ。姉ちゃん、俺はやるよ)
名探偵とはなれなくても、せめてこの警部補の助けになるくらいの役割は。




