予感
「姉ちゃんがいなくなった?」
「うん。私が起きたら、どこにも……」
服部は落ち着かない表情を浮かべている。自分の知る限り、市白は服部に心配をかけるような行動をする姉ではない。品行方正ではないが、常識をわかった上で多少そこから外れる行動を取るくらいのものだ。
まして、今回は片桐先生や山口さんもいる。おかしいと思いながら、鳩山は角貝に向かって「ちょっと先いってて」と声をかけた。
「散歩とかじゃなくて?」
「ううん。もう一時間以上だよ。何の連絡もないし」
何かあったのかも、と服部は今にも泣き出しそうだ。
鳩山は後頭部をかきながら自分のスマートフォンを取り出す。念のためメッセージを確認したが、服部と同じく市白からの連絡は届いていない。
「とりあえず、食堂行こうぜ。先生に何か伝言してるかもしれないし」
「わかった……」
(望みは薄そうだけど……)
服部も内心では同じ考えだろう。気休めにしかならないことは、言わずとも二人ともわかっている。それでも、ここにいても仕方がない。
(姉ちゃんがいきなりいなくなる? おかしいだろ。そんなの)
階段を下って食堂へ向かう。階下がどうも慌ただしいが、今日も大掃除をしているのだろうか。
「また大掃除でもしてるのかな?」
「わかんない……」
肩越しに見える服部の表情は暗い。何とか元気付けてやりたいが、近ごろはどうもうまくいかない。姉の市白にはえらく懐いているというのに、服部は時々、自分によそよそしい態度を取ってくる。
「うわ、なんだこれ。水浸しじゃないか」
ロビーの床がやけに濡れている。何人かが雪を外に出しているのを見ると、雪が吹き込みでもしたのだろうか。
「あ、じんくん」
「あれ、まさやん。先行っててって言ったのに」
「あー、うん。さっきまでなんか片付けしててさ。通れなかった」
そういってまさやんは指を差す。その先には雪まみれになった階段があった。だいぶ雪は除けられているようだが、ところどころはまだ滑り台のようになっている。
「なにあれ?」
「最初はもっとたくさん雪があったよ。ほら」
差し出されるスマートフォンの画面。そこには、滑り台と化した階段と踊り場に鎮座するやたら大きな雪玉が映っていた。なるほど、この雪を始末しようとすれば、床が濡れてしまうのも当然だろう。
「あれ? こっちの写真は?」
画面には、雪玉の他に三体の雪だるまも写っている。どれも木の枝が腕の代わりに刺してあるものの、不自然な形で腕が曲がっている。
「あぁ、なんかまたげんちゃんが暴れ出してさー。片付けしてるからダメって言ったのに飛び出しちゃって、追いかけたらあったよ。階段の手すり辺りかな。もう片付けられちゃったけど」
「へえ……」
滑り台にされた階段はゲレンデを表現しているとして、三つ並んだ雪だるまに刺さった木の枝は、腕木信号のように思えた。
(SOS……だよな)
ただの偶然、と考えることも出来るが、わざわざ屋内でそんなことをするのだから、意図があったと思う方が自然だろう。
「あれ、瞳ちゃん。元気ないけどだいじょうぶ?」
「うん。ごめんね、まさるくん。心配させちゃって」
「ここのご飯美味しいから、食べたら元気になるよー」
二人の会話を背中に受けながら、鳩山は顎へ手をやって考える。何だろう、もう少しで繋がりそうな気がするが。
「お客様、足元が滑りますから気を付けてくださいね」
「あ、はい」
ながら思考が途切れる。咎めるよりは気遣うような声色だった。すれ違い様、ふわっとした匂いが和服姿の男から香る。確か、ホテルに訪れた時、荷物を持ってもらった従業員だったか。
「あ、ダメだよ。げんちゃん!」
またげんちゃんが暴れている。教室ではいつも大人しいのに、どうもこのホテルでは興奮していることが多い気がする。
(あれ?)
その時、何か違和感を覚える。何かが繋がりそうで、もう少し足りない。
「……なあ、ひとみん。俺と姉ちゃんって、似てるか?」
「何よいきなり。昔はそっくりだったけど、今は見分けるの簡単よ。髪型だって違うし」
「じゃあ、同じ髪型だったら?」
「うーん。私ならわかると思うけど……じんくんはほら、市白姉さんと比べて、耳の形がちょっと丸いから」
「ぼくなら絶対わかんない。二人が遠足で帽子被ってたとき、間違えちゃったもん。やっぱり双子は似てるよ」
「双子……そうだよな」
なぜか暴れ出すげんちゃん。そして、山中で見つかった『選択』を暗示する置物。それから、階段に撒かれた雪とSOSを示した雪だるま。それに……
昨日、山口が告げてきた『ホテルに桃井さんがいる』これは、警察用語で『ホテルに怪しい人間がいる』ことを意味している。
「あの人たちが……双子だとして」
双子は互いに相反することをしているのかもしれない。辻褄の合いそうな仮説が一つ組み上がる。山口警部補と話すことで、確認はできるだろう。
「このホテルは脅迫されている……かもしれない」
突然いなくなった姉のことを考えると、嫌な予感だけが膨らんでいった。




