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紅い刃


「ま、あんたの言う通り、この身体がシーカーに適していないってのは認めるよ。その所為でドベからのスタートだからな」

「……飽くまで実力で編入した、と?」

「それ以外に方法があるなら、是非ともお聞かせ願いたいもんだ」


 無理に弁明する必要はない。

 疑いたいなら疑えばいい。疑わせておけばいい。何をどれだけ調べようが、掘り返そうが、こちらに疚しいことなど一つもない。探られて痛いところなど皆無なのだから、放置しておいても支障はない。


「……一つ、貴方の身の潔白を証明する方法がありますの」


 その思いとは裏腹に、イリーナはそう言う。


「と、言うと?」


 一応、聞くだけ聞いておく。


「ここにいるフレンとの決闘です。彼の序列は92位、なにも勝てとはいいません。数多くの生徒のまえで貴方が彼を相手にして立ち回ることが出来れば、貴方を疑う者はいなくなるでしょう」


 つまり、公開試合をしてこの身体でも戦えると言うことを示せ、ということか。


「なぁ、雨月」

「ん?」

「もし俺がこれを受けたとして、俺の序列に影響はあるのか?」

「んー……ないね。序列は飽くまで総合評価で決まるから。危機的状況において冷静で適切な判断を下せるか、またその危機を打開する術をいくつ持っているか。それが評価基準なの。生徒間での勝った負けたは、そんなに重要視されないんだよ」

「へぇー」


 単純に強い奴が上位になる訳ではないということか。

 一芸に秀でた強者より、多芸に通じる弱者が上位にくる。そう言う制度なら、俺が最下位からのスタートなのも頷ける。この身体だ、あらゆる危機的状況に対応できるとは判断されづらい。


「なら、答えは否だな」


 当然の判断だ。こちらに利益がない。

 それに不特定多数の生徒に対して、自分の情報を公開する不利益のほうが大きい。

 隠していてもいずれは分かることだが、その時期を自ら早めるのは気が進まない。


「……その発言、撤回するなら今のうちですのよ。貴方は自ら弁明の機会を捨てようとしています」

「弁明する必要なんて欠片もないもんでね。疑いたきゃ疑えよ。気が済むまでな」


 俺は何も困らない。

 それに時が経てば自然と序列も上がる。その頃には疑いも晴れているだろう。


「――俺と戦うのが怖いのか?」


 話に乗らないと見るや否や。

 イリーナの背後に付き従っていたフレンが、そんな挑発的な言葉を吐く。


「安い挑発には乗らねぇよ。言ったろ、疑いたきゃ疑えって。どうせ何も出て来やしないんだ。あんたと公開試合なんて、骨折り損の草臥れ儲けも良い所だ」


 言いたい奴には言わせて置けばいい。


「貴方に誇りはありませんの? それを傷付けられたくないという当然の思いは?」

「生憎、真偽もあやふやな噂だけで、好き勝手な憶測を垂れ流す輩に付き合ってる暇はないんだよ。俺の誇りはそれほど柔じゃあない」


 それに、こう言う状況には慣れっこだ。


「何度でも言う。疑いたきゃ疑え、あんたらの気が済むまでな」


 決して話には乗らない。

 再三に渡る意思表示は、ようやく二人に届く。


「……わかりましたわ。貴方のその言動が嘘か真か、しばらく見定めさせていただきます」


 言葉ではそう言いつつ、その表情はすこし不満げだ。


「ごきげんよう、翼さん」


 イリーナはそう言い残してこの場を去った。フレンも、それに追従する。

 来訪者が去ったことで、もとの静けさが戻ったかに見えた。だが、その頃になってようやく気が付く。俺達が、かなり人目を引いていたことに。周囲にいる生徒の殆どが、ぼそぼそと何かを噂している。

 耳障りなことこの上ない。


「そろそろ行こっか」

「あぁ、そうしよう。支払いは――」

「必要ないよ。私の権限で無料になってるから」

「はー、流石は8位」

「えへへ、いいでしょー」


 雨月の有り難みを肌で感じつつ、カフェを後にする。

 それからは雨月に色々と学園の施設を紹介してもらった。

 目にするモノ、耳にするモノ、どれも新鮮なものばかりで驚きの連続だ。

 だが、一番驚いたのは序列8位の特権のほうである。ありとあらゆる施設が優先的に、かつ無料で利用できてしまう。今日という日だけで、この学園において序列がどれだけ絶大な影響力を持つかを再確認させられた。

 そうして、あっと言う間に時間は過ぎる。気が付けば、空が茜色に染まっていた。


「今日はありがとな。休みの日なのに、付き合わせて」

「いいよ。今日のことは出世払いで返してもらうから」

「まったく。……わかった、すぐに返してやるから待ってろ」

「うん、待ってる。じゃあね、また明日」

「あぁ」


 学生寮のほど近くで雨月と別れ、ゆっくりと足を進ませる。

 そうすること数分、人気のない校舎裏で足を止めた。


「出て来いよ。いい加減、息苦しいだろ? 尾行なんて」


 雨月のストーカーか何かだと、初めは思っていた。

 昼間からずっと、カフェで雨月と落ち合ってからずっと、誰かの視線と気配を常に感じていた。標的が俺だと分かったのは、雨月と別れてからも視線と気配が消えなかったからだ。だから、こうして学生寮とはかけ離れた場所にまで、誰かをおびき出した。


「バレていたのか」


 姿を現したのは、背の高い大柄の男子生徒だった。

 首や手首にアクセサリーをジャラジャラ付けた、趣味の悪い男だ。


「まぁ、いい。俺の名はラドニフ・エルローイン。序列は123位だ」

「それで? 俺になんの用だ?」

「なに、俺にもちょいと恩恵を受けさせて貰おうと思ってな」


 恩恵?


「ずっと見てたぜ。随分と良い思いをしてるじゃねーか。幼馴染みだかなんだか知らねーが、序列8位の特権を体験した気分はどうだ? えぇ?」

「……なるほどな」


 よほど序列8位の特権が羨ましいと見える。

 俺を都合の良い傀儡にして、雨月に近付こうという腹だ。

 序列最下位を相手に負ける訳がない。何もかもが半減した相手なら、力尽くで言うことを聞かせることが出来る。こいつは弱い。事実、こいつは序列9位の提案を呑まなかった。

 ラドニフは内心で、そんな風なことを思っているに違いない。だから、こう言う手に打って出た。


「お前から口利きしてくれよ。そうすりゃ今日のところは帰してやる」

「断ると言ったら?」

「そうかい。なら、少々痛い目に遭って貰うしかねーなァ!」


 駆け抜ける。

 巨体に似合わぬ俊敏さを以て間合いを詰め、ラドニフは拳を振りかぶる。


「覆えッ――鉄鋼アームハンド


 その手を覆うは、鋼鉄の鎧だった。

 鈍色に輝く無骨なそれは鉄拳となり、対象を打ち砕く力を得る。

 ラドニフは振り下ろす。鉄槌をそうするように、鉄の拳を躊躇なく振り抜いた。


「まったく」


 迫る鈍色を前にし、それを阻むため、拳の軌道上に片手を差し込む。

 そして、この半減した左の腕でラドニフの殴打を――受け止めた。


「な……に?」


 左手に受けた衝撃が身体を素通りし、足下の地面に拡散する。

 その衝撃は凄まじいものだ。拡散したそれらは激しい音を立てて、地面を著しく傷付ける。その傷跡の上、攻撃を放った張本人であるラドニフは、唖然とした表情をしていた。

 まさか、受け止められるとは思いもしなかった。そんな顔だ。


「このッ」


 瞬時に拳を引き、再度、殴打をラドニフは繰り出した。

 両の手を覆う鈍色の鎧に物を言わせ、次々に鉄拳は突き出される。だが、そのどれもが決定打にならない。すべてこの左手で受け止めたからだ。衝撃の数々はこの身体になんの影響も及ぼすことなく、ただ地面を悪戯に破壊するのみ。


「なんなんだ、テメェはッ」


 一際大きく振りかぶられた拳が突き出される。

 だが、それもこの手は容易く受け止めた。


「素直で扱い易い、いい魔法だな。俺のとは大違いだ」


 何が起こっているのか正しく理解できていない。そんな様子でほんの僅かに思考が停止するラドニフに対し、こちらも対抗手段を用意した。

 体内で練り上げた魔力を以て、使い慣れた得物を構築する。

 この世界に刀として顕現し、外気に触れた刃は凜とした音を纏う。


「じゃじゃ馬を手懐けるのに苦労したもん――だッ」


 紅い剣閃を引いて刀身を薙ぎ、一刀を浴びせにかかる。


「――くッ」


 攻撃動作を見て我に返ったラドニフは、この刃が届く前にその場から跳び退いた。

 だが、ただでは帰さない。


「刻め――創傷そうしょう


 紅い刀に命じることで、魔法はその存在意義を成す。

 創傷の能力は、文字通り傷付けること。

 虚空を裂いた刃は大気を深く傷付ける。傷は真空となり、真空に空気が雪崩れ込む。その一連の動きが風となり、意図する方向への突風を巻き起こす。それは当然のことながら、

退避するラド二フを追う。

 俺は開いた傷跡に手を翳すことで、突風に魔力を孕ませる。

 それは触れるモノすべてを傷付ける無形の凶器と化す。掠め、撫で、触れる。風の刃はラドニフの全身を無数に傷付けながら駆け抜けた。


「――なぜだッ」


 退避の末に地に足をついてすぐ、ラドニフは叫ぶ。

 負った傷も、生じた痛みも、滴る血も意に介することなく、疑問を投げる。


「衝撃の受け流しに、風の刃。なぜ魔法を二つも使えるッ!?」


 その問いを投げ掛けられたのは、一度や二度ではない。

 事前知識なく俺と戦った奴はみんなそう言う。

 言わなくても、疑問に思う素振りを見せる。

 魔法は本来、一人につき一つだけ。二つ持つことなどありえない。

 そう、ありえないのだ。

 一人が二つの魔法を使うことなど出来ない。例外など、ありはしない。俺の魔法は創傷だけだ。傷付けるだけの能力、魔法。衝撃の受け流しは、飽くまでただの体術に過ぎない。


「その問いに答えて、なにか俺に得があるのか?」


 まぁ、それをわざわざ教えてやるほど、お人好しでもないが。


「ふざけやがって、最下位風情がッ!」


 疑問も負った傷も棚上げし、ラドニフは両手の鈍色を振り下ろして地面を叩く。

 怒りに身を任せるように振るった両拳から、異常に膨れ上がった衝撃波が放たれる。それは方向性を保ったまま地表を捲り上げ、加速度的に勢いを増していく。

 地を這う衝撃波。それを見てすぐ回避行動を取り、地面を蹴って空中に跳び上がる。


「馬鹿がッ、いい的だッ!」


 空中にいては身動きが取れない。

 着地点がはっきりしている以上、タイミングを図れば容易に攻撃が通る。衝撃の逃げ場がない空中なら、確実にダメージを与えることが出来る。

 そう思っているのだろう。


「そいつはどうかな」


 地面を蹴った勢いが失せて上昇が終わり、身体が下降へと移る一瞬の間。その刹那に刀を振るい、自身の背後にある大気を傷付ける。

 開いた傷は突風を生み、この半減した軽い身体の背を押して、回避を跳躍へと変えた。

 風を背に受けての加速と方向転換。軽い身体だからこそ成せる攻撃方法。

 それはラドニフの想定を軽々と跳び越え、再び驚愕と動揺を誘う。


「な――」


 加速と共に振るった一閃は、紅い残光を引いて馳せる。

 思考を復活させる余地など与えない。我に返る間など造らない。

 紅い刃は皮膚を裂いて肉を断ち、同じく紅い鮮血を散らして役目を終える。


「く……そ……」


 深刻な手傷を負い、ラドニフは立っていることも出来ずに膝をつく。

 両の手を覆う鈍色の魔法も、維持できずに霧散した。


「安心しろ。身体の表面を撫でただけだ。死ぬほど痛いだろうが、死にはしねーよ」


 そうとだけ言い残して踵を返す。


「くそがッ! 覚えていろ、空縫翼ッ。次にあったら――」

「――いいぜ、付き合ってやるよ。だが、覚えておけ。俺がお前を見逃すのは学生のうちだけだ。じゃないと――」


 右手に携えた刀の柄を逆手に持ち替え、その鋒を真下へと突き立てる。

 瞬間、数多の傷が幾重にも刻み込まれ、地面を切り刻んだ。


「――こうなる」


 こいつは最終警告だ。

 もう俺に敵対するなという意思表示。悪い言い方をすれば脅しである。


「じゃあな、ラドニフ」


 最後にしっかりと名前を呼んで、突き立てた刀を無に帰す。

 去り際に一応の警戒をしていたが、ラドニフが追ってくるということはなかった。


「あー……疲れた」


 夜の帳が薄らと見え始めた空を眺め、一人そう呟いて帰路に付く。

 編入早々にこうなる当たり、やはりこの学園は序列が物を言うらしい。

 効率的に序列を上げるためにも、色々と考えなくちゃあならないみたいだ。


「気張るとするか……明日から」

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