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最下位


空縫翼そらぬいつばさ。年齢、17歳。性別、男。想定魔力量、2450マナ。戦闘能力値、A判定。状況判断、危機察知、口頭伝達、共に問題なし。身長170センチ――体重35キロ。これが本当なら、生きているのかも疑わしい数字だ。すくなくとも健康体ではあるまい」


 俺の情報が書き記された用紙を片手に、イリーナ・ベルロンド先生は言う。

 眼鏡のレンズ越しに見える目付きは鋭い。それも当然だ。常識的な思考回路を持つ人間なら、誰しも機材の不調か、俺の不正を疑う。

 まぁ、他のどれでもなく、体重を改竄してどうするのだ、という話だが。


「お前はこの数字を体質だと言ったな?」

「はい、たしかに」

「それは先天的なものか? それとも後天的なものか」

「後者です。もっとも理由を説明しろ、と言われても出来ませんけどね」


 あれは、あの出来事は、筆舌に尽くしがたい。


「理由はわからないが、いつの間にか体重が平均の半分になっていた。つまり、こう言うことか」

「その通りです。まぁ、半分なのは体重だけじゃあないですけどね」

「なに?」


 指折り数えるように言う。


「味覚、聴覚、嗅覚、視覚、骨密度、筋肉量、血液、体重に――寿命。みんな半分になってしまいました。こうなってしばらくは、立ち上がることも一苦労でしたよ」


 この二年間、各地を旅していたのも身体を治す方法を探していたからである。しかし、ただの一般人という肩書きでは、足を踏み入れることすら許されない場所が幾つもある。

 そこに入るためにはシーカーという肩書きが必要だった。

 それが俺がこの王都で学生をやると決めた理由である。


「……にわかには信じがたい話だな」


 イリーナ先生は、頭を抱えるように呟いた。


「その身体で編入試験を乗り切ったのか? しかも成績はトップクラス……お前、ホントにどうやって戦っているんだ?」

「戦っているんだ? って、見てなかったんですか? 試験」

「あぁ。――本当のことを言うとな。私がここに呼ばれた時点で、お前の合格は決まっていたんだよ。私が受け持つクラスに入ることになるから、今日はその顔合わせも兼ねているんだ。まさか、こんなとんでもない生徒だとは思いもしなかったがな」


 そりゃ驚きもするか。


「まぁ、なんだ。そう言うことだから、明日からお前はアガレストの生徒だ」

「そう……ですか」


 自身がなかった訳じゃあない。

 生徒になれると確信していたし、自分の技量を疑うこともしなかった。

 だが、それでも自信の裏に不安が過ぎる。この身体を、受け入れて貰えないではないか。幾ら強くても、拒絶されるのではないかと。だが、そうはならなかった。

 自然と、安堵の息が漏れた。


「これから寮に案内するから付いて来い」

「あ、はい」


 先に席を立ったイリーナ先生の後に続いて、自分も立ち上がる。

 そうして部屋を出ようとした所、ドアノブを握った先生の動きが止まった。


「あぁ、一つ言い忘れていたことがあった」

「言い忘れたこと?」

「お前はドベからのスタートになる」

「ドベ?」


 なんの話だ?



 このたび在籍することとなったアガレスト魔法学園には、生徒に序列をつけている。

 最上位から最下位まで。順位に応じた特権も用意されており、上り詰めればそれなりに好き放題できるらしい。まぁ、学内に限るのだが、それでも青春を謳歌するのには十分過ぎるだろう。

 ドベ。と言うのは、つまり最下位のこと。

 全校生徒876名中、876番目。それが俺に与えられた順位である。


「なんで序列なんかがあるんだよ」

「生徒同士で切磋琢磨させるため、だってさ。ほら、序列が近い人なら嫌でも意識するでしょ? あいつに負けるか、あいつに追い抜かれてたまるかってね。その思いが成長を促すのだー」

「のだー、じゃあねーよ」


 学園敷地内に設けられた商業エリアの一角。

 カフェテラスの片隅で、適当な食い物を摘まみつつ愚痴を吐く。


「いいじゃん、生徒になれたんだし。それに翼ならすぐに上位に食い込めるよ」

「だと良いがな。俺も早いところ、雨月みたく特権を使えるようになりたいもんだ。こんな良い席を一言で、だもんな。流石は十本の指に入る上位ランカー」

「へへー、いーでしょー」


 流天雨月るてんうづき。序列は8で、一桁ランカー。

 それくらいになると、人気のカフェで一番いい席を確保することなど造作もなくなる。他にも学費の免除だとか、授業参加やら登校の義務がなくなるとか、盛りだくさんだ。

 二年、見ない間に随分と取り巻く環境が変わるものだな。


「ま、それまでは私が色々と助けてあげるよ」

「俺はヒモか何かか」

「先行投資だよ」

「随分と買ってくれるな。こりゃ、気張らねーと」


 つい先日まで根無し草をやっていた身からすると、雨月の好意はありがたいものだ。

 とりあえず、この学園の生徒として最低限の生活は保障されている。

 寮生活で寝床はあるし、金さえ払えばメシが食える。今はそれだけで満足だ。

 各地を旅していた頃は、食う物と寝る所で散々苦労した。そんな思いをしなくて済むだけで、ここが楽園のように思える。


「――貴方が噂の編入生ですのね」


 そんな話をしていると、不意に誰かから声が掛かる。

 そちらに目を向けると、こちらに歩み寄る人影が見えた。

 金の髪をした淑女然とした女子生徒。彼女の声音と口調、歩き方から息遣いまで。その立ち居振る舞いは、平凡な生徒とは一線を画す気品を帯びている。追従するように、彼女の側に一人男子生徒がいるあたり、やはりただの一生徒ではなさそうだ。


「どちらさん?」

「申し遅れました。学内序列9位、イリーナ・クリルクラウといいます。以後、お見知りおきを。空縫翼そらぬいつばささん」


 9位。


「……どうやら、自己紹介の必要はなさそうだな」


 編入生と言ったかと思えば、正確な名前まで把握している。

 この学園に編入してから、まだ数日ほど。クラスメイトですら、俺の名前を覚えている奴はまだ少ない。それだけ浸透していない時期に、わざわざ名前を調べてまで彼女は俺に会いに来た、ということか。


「翼に何か用? イリーナ」

「あら、雨月さん。そこにいましたの? 小さくて目に入りませんでしたわ」

「ふーん。その歳で目を悪くするなんてお気の毒にね」

「なんですって?」


 かと思えば、すぐに雨月と言い争いをし始めた。

 会話の内容から察するに、以前からの知り合いと見える。仲が悪いのは一連の流れを見ていればわかるが、どうもきな臭くなってきた。


「よう。それで俺になんの用なんだ?」


 言い争いが終わるのを悠長に待っているのも面倒なので、そう割って入るように言葉を投げる。


「いえ、大した用ではないのです。ただ雨月さんと同郷の生徒が編入してきたと聞いて、どんな殿方かと思って来ただけのこと」


 それに、とイリーナは付け足す。


「噂の真偽も確かめたかったことですしね」

「噂?」

「あら、ご存じない? 何もかもが半減した生徒だと、学内ではもっぱらの噂ですのよ」


 何もかもが半減した生徒、か。

 たしかに間違ってはいないな。今のこの現状を別の言葉で言い表すなら、それもまた正解だ。失うも、減るも、死ぬも、結局は同じ事だ。そう大した違いはない。


「ねぇ。貴方もこの学園の生徒になったのなら、シーカーを目指しているのでしょう?」

「あぁ。そりゃ、もちろん」

「シーカーとは未開の地を切り拓き、未知を追い求める者。常に危険と隣り合わせであり、いつ命を落としても可笑しくない。貴方のその特異な体質で担えるモノではないし、引いてはこの学園に編入することすら難しいはず」


 この人を疑うような目と、決めつけるような物言い。

 イリーナは雨月と仲が悪い。

 雨月と幼馴染みの俺は、編入審査に合格できるような身体ではない。

 このことから考えるに、つまりイリーナはこう言いたい訳だ。

 何らかの不正を働き、不当に編入してきたのではないか? と。

 なるほど。そこまで含めて噂と言うことか。そして、それを彼女らは確かめにきた。


「――そうか? 意外と簡単だったぜ?」


 そんな彼女の疑いを流すように、俺はそう答えた。

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