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物資


「学内序列765位か」

「凄いじゃん。もうそんなに上がったんだ」


 学園敷地内の至るところに設置された魔導掲示板。

 それは、リアルタイムで常に何かしらの情報を流し、絶え間なく文字が浮かんでは消えていく魔導具である。これに触れて微量の魔力を流すことで、自分自身の序列を確認できる優れ物だ。

 まぁ、順位がデカデカと表示される当たり、序列下位への配慮に欠ける代物だが。


「事の初めは上手く行きやすいもんだ。ダイエットが最初だけ順調なのと同じだな」


 すっと雨月が腹回りに手をやるのを横目にしつつ、魔導掲示板を操作する。

 自身の順位が消えて、次に浮かび上がるのは今後の予定表である。


「……あん? なんだ? この遠征ってのは」


 表示された予定表を上から順に目を通していくと、遠征の二文字に行き当たった。

 日付もそう遠くない場所にある。


「あぁ、それね。シーカーの予行演習みたいなものだよ。毎回、どこかに遠出して何らかの目的を果たして帰ってくるの。それなりに危険だけど、自分の評価を上げるチャンスにもなるんだよ」

「シーカーとしての資質を問う、一つの試験ってことか」


 思うに、この学園における序列とは、シーカーとしての適正順位だ。

 序列の決定が個人の強弱ではなく、総合評価であるのもこれが理由と見ていい。

 つまり、この遠征で優秀な成績を残し、自身の適正を認めさせれば、序列を爆発的に上げることも可能だということ。雨月も先ほど言っていたように、この遠征は序列を効率的に上げる好機だ。


「試験……なぁ、8位ともなると、こう言う試験もパス出来るものなのか?」

「うん、出来るよ。というか、この遠征にも参加しないし、私」


 なんと言う特権だ。


「そうやって順位の上に胡座かいてると足下掬われるぞ」

「今更、遠征でどうにかなるような順位じゃないもん。遠征の間はお風呂に入れないし」

「おい、最後のが本音だろ」

「年頃の女の子には重大な話なんですー」


 一日二日くらい風呂に入らなくてもいいだろ。

 俺が旅をしていた頃は、そんなこと珍しくもなかったことだ。

 と言うか、意識して入らなくても雨に打たれたり、川を渡ったりでそれなりに清潔だった。まぁ、その基準は年頃の女の子とやらには通じないのだろうが。


「まったく、その気になれば雨月の魔法でどうにでもなるだろ。風呂くらい」

「あのね。私にとって入浴は幸福な時間じゃないとダメなの。いつ何処で誰が見てるとも知れない森の中でお風呂に入るなんて私には出来ないの!」

「そんなんじゃあ卒業してシーカーになっても、やっていけないぞ」

「その時はその時、今は今!」


 避けられないなら仕様がないが、避けられるなら避けておきたい。

 そんな雨月の乙女心とやらの主張を、その後、延々と聞かされてその日は終わる。

 それから数日が経って、遠征の詳しい内容を聞かされた。


「こたびの遠征目的は、アルカの森の横断だ」


 飾り気のない黒の衣服を纏う女性教師。

 黒いフレームの眼鏡に、紺色の長髪。その凜とした声音と、鋭い目付き。編入の際に見聞きしたモノと寸分変わらぬ態度と口調で、フィーナ・ベルロンド先生は、そう遠征の内容を告げた。


「一週間の期限つきだが、ただ横断するだけでは物足りないだろう。ゆえに、お前達には一つの探し物をしてもらう」


 そう言って、フィーナ先生は懐から一つの石ころを取り出した。


「探し物というのはこの魔石だ。知っての通り、こいつは大型から中型の魔物からしか採取できない。つまり、お前達は一週間以内に少なくとも一体、自分よりデカい生物を殺さなければならないことになる」


 魔石は基本的に、魔物の体内から自然排出されることはない。

 また精製される位置も種類や個体によって様々だ。よって、入手法は魔石を腹に抱えた魔物を殺し、その亡骸を開くくらいしかない。

 運が良ければ死体に巡り会うことも出来ようが、そんな都合のいいことを期待しているようでは一生シーカーにはなれない。


「事前に通達した通り、軍資金として5000リムを一組ずつに支給する。これを元手として遠征に必要な物資を期日までに調達しろ。後日、領収書と共にリストを提出するように。以上だ」


 先生がそう話し終えると共に、放課後を知らせる鐘の音が鳴り響く。

 フィーナ先生は足早にその場を離れ、教室内はにわかに騒がしくなる。話題はもちろん遠征について。それぞれが定められたペアとなり、作戦会議を行っている。

 そしてそれは、俺も例に漏れない。


「――改めまして、よろしくね。翼くん」

「あぁ、よろしく。エレン」


 エレン・アーシュドロン。序列は472位。

 灰色の髪を一纏めにした小さなポニーテール。サイズの合っていないぶかぶかの学生服。その上に着た淡い桃色のカーディガン。色白で線が細く、その微笑みには可愛げがあり、愛嬌があり、振りまけば万人が言うことを聞いてしまう魔性のような力がある。

 実際、エレンに親切にするクラスメイトは男女を問わず多い。

 しかし、男である。


「物資のことだけど、どうしよっか?」

「そうだな……ご親切に行き先を教えてくれたんだ。まずはアルカの森について調べるのが先決だと思う。たしか、ここには図書室もあったよな?」

「うん。じゃあ、まずは情報収集からだね。この後、時間ある?」

「あぁ、特に用事はないからすぐに行こう」


 話はまとまり、すぐに行動に移る。

 図書室までの長い長い廊下を律儀に歩いて渡り、件の図書室に辿り着く。

 アガレスト学園の図書室は、はっきり言って迷宮のそれに近い。夥しいほど建ち並ぶ本棚の数。それに詰まった数多の書物。奥が霞んで見えそうなほど広い面積。どれをとっても規格外、子供が迷い込めばものの数秒で姿を眩ますに違いない。


「こいつは骨が折れそうだ」


 ため息交じりに言葉を吐いて、無数にある本の中から手分けしてアルカの森についての資料や文献を探し出す。のちに机上に持ち寄った書物の数は小山を築くほどだった。

 とりあえず、互いに適当な本を一冊手にとって見る。読み終えては次の本を。それを数度繰り返した後に、二人で意見を言い合った。


「意外と近い位置にあるんだな」

「そうだね。それに森自体の範囲もそれほどじゃあないみたい。距離だけでみれば、三日か四日くらいで横断できるんじゃあないかな」

「三日、四日か。森に生息する魔物の種類は……どれもC級か、強い奴でもB級止まり。食用に適した魔物もいる見たいだし、森には川が通っている。果物や茸類も豊富にあると書いてある……と、なると」

「仮に一週間まるまる使ったとしても、ご飯には困らないね。じゃあ、食料は最低限にするとして……後は何が必要かな?」


 そう言いつつ、エレンは用紙にペンを走らせる。


「魔物の解体と調理用のナイフ。水の持ち運びに便利な水筒に、火起こしのための火打ち石。救急医療キッドと……ぱっと思い付くのはそれくらいだな。あとは、テントくらいか」


 資料には、アルカの森は頻繁に雨が降ると書かれてある。

 雨による体温低下と体力の消耗は、生死に直結するほど危険なものだ。動きが鈍くなると、あっと言う間に魔物に食い殺される。都合良く洞窟か何かを見付けることが出来れば必要ないが、そう都合良くは行くことは少ない。


「テントかぁ」


 テントと聞いて、なぜかエレンは難しい顔をする。


「どうかしたのか?」

「テントって結構、値が張るんだよ」


 値が張る?


「具体的には?」

「2500リム」

「……ぼったくりじゃないのか? それ」


 テントなんて500リムか、それ以下で買える代物のはずだ。

 明らかに値段設定が可笑しい。王都だから物価がそれなりに高いのか? いや、それにしたって五倍以上になる。


「まぁ、そこは需要の問題だね。普通のテントは何かと直ぐ壊れてしまうから、もっと頑丈に、もっと便利に、って商品開発が進んだ結果だよ。お陰で旧来のテントは姿を消したんだ。売れないからね」

「……たしかに、俺も旅してた頃にはテントをよく壊してたな……その度に直してはいたんだが、最終的には使いもしなくなってた」


 夜は危険な時間帯だ。

 魔物に盗賊。敵は常に闇に乗じて襲ってくる。その度にテントは踏み荒らされ、斬り裂かれ、破損する。直して直しても切りがないほどに、だ。

 最終的には壊れてもいい、そして造るのが簡単な簡易テントで夜を凌ぐようになった。

 そう考えると、頑丈で長持ちするテントの需要は高い。多少、割高でも手が伸びる。常に危険と隣り合わせのシーカーなら尚更だ。寝床は、いいものに限る。


「ふーむ……なら、市販の物は諦めて現地で造るか。――いや」


 ふと頭を過ぎった情報を確かめるよう、積み上げた小山の中から一冊の本を引き抜く。


「ノーレスト・リリーフの手記?」

「あぁ、どこかの国にいたシーカーの本だ。こいつにアルカの森の記述があった。その中に……ほら、アルカの森に降る雨は、私を嘲笑うかのように手製の屋根を打ち破った、って書かれている」

「たしかに……」


 手製の屋根とは、このシーカーが造った簡易テントのこと。

 プロのシーカーが造ったテントを容易に打つ崩すほどの豪雨。それがアルカの森にはよく降る。このことから考えるに、やはりテントは必須と言ってもいい。


「こうなってくると、学園側の作為を感じる軍資金だな」

「テントを用意するとして、残りは2500リム。そうなると結構、いや、かなりカツカツになるね」


 恐らく、そうなるよう仕向けられている。

 これもシーカーに必要な素質を試すための設定か。


「んんん……エレン。明日、時間あるか?」

「うん。明日は休みだし予定はないけど」

「なら、早速市場に行ってみよう。実際に商品を見て勘定してみないことには始まらない」


 実際に市場へと赴き、値段を見極めることとしよう。


「そうだね、それがいいよ。じゃあ、集合場所と時間を――」


 そうして明日の予定を簡単に取り決め、図書室を後にする。

 廊下から差し込む西日はすでに赤みを帯びていた。空に目を向けると青が茜の侵略を受けている。正確な時間を計った訳ではないけれど、数時間ほど図書室に籠もっていたみたいだ。


「それで、この前なんか僕――あっ」


 他愛もない会話をしつつ帰路に付いていると、唐突にエレンは身を隠した。

 ちょうど廊下の角にあたる場所に、貼り付くようにしている。


「なにしてんだ?」


 そう問うてみるも、エレンは返事をしない。

 だが、言葉ではなく行動で。エレンは口元で人差し指を立てた。

 不可解な行動の数々に小首を傾げていると、だがすぐにその理由が判明する。


「あ――空縫くん!」


 数人の女子生徒が駆け寄って来た。

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