透真視点①
俺は、ねねのことを特別だと思ったことなんてなかった。
少なくとも、あの日までは。
同じ事務所で活動しているから、もちろん存在は知っていた。
9人組の女性グループの末っ子。
15歳でデビューして、今では20歳。
ステージに立っているときのねねは、いつも明るくて、周りをよく見ていた。
メンバーと話しているときも、スタッフといるときも、誰かが困っていれば自然に声をかける。
でも、俺が個人的に話すことはほとんどなかった。
会えば挨拶をする。
仕事で一緒になれば少し話す。
それくらいだった。
だから、ねねから見た俺がどういう人間なのかなんて、考えたこともなかった。
たぶん、軽そうな人だと思われていたんだろう。
実際、周りからそう見られていることは知っていた。
女の子に声をかけられることも多い。
一緒にいるところを見られることもある。
でも、俺自身は女の子に興味があるわけじゃなかった。
好意を向けられても、どう返していいのか分からない。
だから、相手が本気になっていると分かれば距離を置いた。
それだけのことだった。
ある日、スマホを見ていると、ねねの名前が目に入った。
記事には、ねねと別の男性アイドルが一緒にいる写真が載っていた。
熱愛を疑うような内容。
もちろん、写真だけで本当に付き合っているのかなんて分からない。
でも、記事を閉じても、なぜか気になった。
別に、俺には関係ない。
そう思った。
それなのに、仕事をしていても頭の片隅から離れなかった。
ねねが誰かと付き合っている。
そう考えたとき、胸の奥が妙にざわついた。
そのとき初めて気づいた。
俺は、ねねのことを思っていた以上に見ていたらしい。
誰と話しているのか。
誰と一緒にいるのか。
楽しそうに笑っているのか。
そんなことまで気になっていた。
でも、それが何なのかは分からなかった。
ただ、一つだけ思った。
誰かに取られるのは嫌だ。
その気持ちだけは、はっきりしていた。
それから、俺はねねに話しかけるようになった。
最初は、本当にちょっとしたことだった。
「ねね、今日このあと帰る?」
「え? はい。帰りますけど……」
「じゃあ、一緒に帰ろう」
ねねは少し驚いた顔をしていた。
当然だと思う。
今までほとんど話していなかった俺が、急に距離を縮めようとしているんだから。
それでも、断られなかった。
帰り道に話してみると、思っていたよりずっと話しやすかった。
好きなものの話。
仕事の話。
最近あったこと。
そんな何気ない話をしているだけなのに、楽しかった。
ねねが笑うと、もっと話したくなった。
次に会ったときも話したくなった。
いつの間にか、ねねの好きな飲み物まで覚えていた。
自分でも少し驚いた。
こんなに誰かのことを気にするなんて、今までなかったから。
それでも、まだ俺は自分の気持ちに名前をつけなかった。
ただ、ねねといる時間が好きだった。
ねねが俺を見る目が、少しずつ変わっていくのも分かった。
最初は警戒されていた。
たぶん、俺のことを軽い人間だと思っていたんだと思う。
だからこそ、少しずつでいいと思った。
無理に距離を縮めるつもりはなかった。
ねねが嫌がることはしたくない。
ただ、俺のことを知ってほしかった。
俺が思っていることを、いつかちゃんと分かってもらえたらいい。
そんなふうに思うようになっていた。
そして、ねねと話すことが当たり前になってきた頃。
俺はようやく認めた。
あの記事を見たときに感じたあの気持ちは、ただの興味なんかじゃなかった。
誰かに取られたくないと思ったのも。
もっと自分を見てほしいと思ったのも。
ねねと話せると嬉しいと思ったのも。
全部、同じ気持ちからだった。
俺は、ねねが好きなんだ。
そう気づいたとき、不思議なくらい納得した。
だから、急に近づいた理由も。
ねねの小さな変化まで気になる理由も。
他の誰かと楽しそうにしていると、少し寂しくなる理由も。
全部、分かった。
でも、すぐに何かを求めるつもりはなかった。
ねねには、ねねの大切なものがある。
グループも。
メンバーも。
ファンも。
それを知っているからこそ、俺は急がないと決めた。
ただ、いつか。
ねね自身が俺のことを見てくれたらいい。
最初は「軽そうな人」でもいい。
そこから少しずつ変わっていけばいい。
そう思いながら、俺は今日もねねに声をかける。
「ねね、今日一緒に帰る?」
少し驚いたあと、ねねが笑う。
「はい」
その返事を聞くだけで、俺は嬉しかった。
まだ、この気持ちをねねに伝えるつもりはない。
今はただ、もう少しだけ。
ねねの隣にいたかった。




