後編
それから少しずつ、私は自分の気持ちを意識するようになった。
透真さんから連絡が来ると嬉しい。
会えれば安心する。
他の女の子と話していると、なぜか気になる。
それでも、それを「好き」とは考えなかった。
考えてしまえば、何かが変わってしまいそうだったから。
そんな私の変化に、最初に気づいたのは8人だった。
ある日の楽屋で、ゆなちゃんが私の顔を覗き込んだ。
「ねね、最近ちょっと変じゃない?」
「そう?」
「うん。なんか、ぼーっとしてる」
みゆちゃんも頷いた。
「前より楽しそうなのに、たまに急に考え込むんだよね」
私は苦笑した。
「疲れてるだけだよ」
そう答えたけれど、みつきちゃんが私を見ながら言った。
「黒川くん?」
心臓が、どくっと鳴った。
「……なんで?」
「やっぱりそうなんだ」
「違うって」
慌てて否定すると、みんなの表情が少し変わった。
「ねね」
ゆなちゃんが静かに言った。
「私たち、黒川くんのことを悪く言いたいわけじゃないよ」
「うん」
「でも、ねねには傷ついてほしくない」
その言葉に、私は黙った。
みんなが心配してくれているのは分かる。
だからこそ、何も言えなかった。
「透真さんは……私には何もしてないよ」
ようやくそう言うと、ゆなちゃんは少しだけ目を伏せた。
「それは分かってる」
「じゃあ……」
「でも、私たちはいろいろ見てきたから」
8人が透真さんを警戒している理由は、私にも少し分かっていた。
女の子との距離が近いと思われること。
近づいてきたと思ったら、いつの間にか離れていること。
私は最初、それだけを見て彼を軽い人だと思っていた。
でも、今は違う。
少なくとも、私が知っている透真さんは、そんな単純な人ではなかった。
「ねねが自分で見て決めたいなら、それでいい」
ゆなちゃんはそう言った。
「ただ、私たちはねねの味方だから」
その言葉が嬉しくて、私は小さく笑った。
「……ありがとう」
それからしばらくして、8人と透真さんが直接話す機会があった。
「黒川くん」
ゆなちゃんの声は、いつもより少し低かった。
透真さんも何となく察したように、足を止める。
「ねねのこと、どういうつもり?」
その場の空気が変わった。
私は何も言えずに立っていた。
「……心配してるんだと思う」
透真さんはそう言った。
「だったら、ねねに近づくのやめてくれる?」
みつきちゃんが続けた。
「女遊びしてるように見える人が、ねねに近づくのは嫌なの」
透真さんは反論しなかった。
しばらく黙ってから、
「そう思われても仕方ないと思ってる」
と答えた。
私は思わず顔を上げた。
「でも、ねねに無理なことをさせるつもりはない」
透真さんは8人をまっすぐ見た。
「ねねが嫌なら、俺は離れる」
その言葉に、私は胸が詰まった。
透真さんは、自分の気持ちを押し通そうとはしなかった。
私がどう思うかを、一番に考えている。
そのことが、なぜか嬉しかった。
それから私は、もっと透真さんを見るようになった。
仕事に向き合う姿。
メンバーへの接し方。
スタッフさんへの態度。
誰かが困っていれば自然に手を差し伸べるところ。
忙しいのに、人の話を最後まで聞くところ。
私が知らなかった顔を、いくつも見つけた。
そして気づけば、私は最初に抱いていた「軽そう」という印象をほとんど思い出さなくなっていた。
ある日、仕事が終わったあと。
私は一人で廊下にいた。
少し疲れていて、壁にもたれていると、透真さんが通りかかった。
「ねね?」
「あ……」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
いつものように答えると、透真さんは私の隣に座った。
「無理してるときの大丈夫だ」
「……分かるんですか?」
「分かるよ」
それ以上、何も聞かなかった。
励まそうともしない。
ただ、私が落ち着くまで隣にいてくれた。
その時間が、妙に心地よかった。
「透真さん」
「ん?」
「……どうして、そんなに優しいんですか?」
透真さんは少し考えてから笑った。
「ねねだからじゃない?」
また、そんなことを言う。
でも、今までとは違って聞こえた。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
その瞬間、私はようやく気づいた。
どうして、透真さんの言葉がこんなに嬉しいのか。
どうして、他の女の子と話しているだけで気になったのか。
どうして、会えるだけで嬉しかったのか。
私はずっと、その気持ちに名前をつけないようにしていた。
ただの「気になる」。
ただの「仲良くなった」。
そう思おうとしていた。
でも、もう分かってしまった。
私は透真さんと話したい。
透真さんのそばにいたい。
透真さんに、自分を見ていてほしい。
私は隣にいる透真さんを見つめた。
そして、心の中でようやく認めた。
――私、透真さんのことが好きなんだ。
その瞬間、不思議なくらい胸の中が静かになった。
今まで分からなかった気持ちに、やっと名前がついた気がした。
私は何も言わず、ただ隣にいる透真さんを見つめた。
そして、小さく笑った。




