置いた距離と離れた距離
私はあれからも例の男に癇癪を起こし、彼に暴力を振るった。
その度に先生に呼び出され、怒られた。
それでも私はなぜか感情が制御できずにいた。
一年生が終わる頃にはそれも落ち着き、無視をできるようになった。
ただ、自分に怯える気持ちは消えなかった。
◇◆◇
そして冬を越え、春がきた。
私は二年生になった。
クラスメイトはある程度変わり、苦手だった人や例の男子とは離れたクラスになった。
そして、部活の中のいい人が同じクラスになったことが、私は何より嬉しかった。
担任は去年と同じだったが、あの人は私の気持ちもちゃんと聞いてくれた。
だから気持ちの制御ができるようになったのだろう。
何もかも新しくできる気がして、私はとても嬉し買った。
茉莉が同じクラスにいることを除いては。
「茉莉ちゃん同じクラスだぁ〜!」
「今年も仲良くしよ!」
茉莉は去年からよく一緒にいる子にそう言われていた。
私にはそんなことを言ってくれる人はいなくて、むしろまた同じクラスかと呆れたような顔をしている人もいた。
茉莉に対して私が抱いていたもの。
それがようやくわかった。
この気持ちは嫉妬だ。
人に優しく、誰からも好かれる祭りへ。
そして、ずっと仲が良かった茉莉を取られたという自分勝手な気持ち。
茉莉の方をずっと見ていたら、茉莉と目が合った。
私は気まずくてその視線を逸らしてしまった。
話さなくなってからどれくらい経ったのだろう。
私は窓から空を見上げた。
「あの頃とは……違うんだろうな……」
誰に言うでもなく、私は小さく呟いた。
「あ、花奏だ。おはよ」
「あ、おはよう。今日遅かったね」
「道路が混んでてさー」
同じ塾に通っている渚が登校してきた。
渚は同じ部活で、そこそこ仲がいい。
普段は支援室にいるけど、新学期だから教室に来たのだろう。
「今年も同じクラスだね」
「そうだね」
「知ってる人いてよかったわー。知らない人ばっかだったらどうしようかと思った」
「知らない人でも花奏は仲良くなれそうだけどね」
「そうかなぁ」
「うん」
くだらない会話だった。
でも、私はこういう時間が嫌いじゃなかった。
去年はなぜか教室にいるだけで疲れていた。
なのに今は気楽だ。
「楽しくなりそう」
「そうだね」
そう思っていた矢先、また小さなトラブルが起きた。
◇◆◇
私は演劇部に所属していて、毎年夏に地域の大会がある。
配役は基本オーディションで決める。
私はそれで幼馴染でもあり親友とも言える、千紘と同じ役になった。
茉莉よりも付き合いが長く、ずっと仲が良かった。
「同じ役志望かぁ……。花奏上手いからなぁ……。負けないように頑張る!」
「そんな謙遜しなくても千紘も上手いじゃん。お互い頑張ろうね」
私と千紘はオーディションの前に互いを応援し合った。
勝てる自信は特になかったけど、どうしても負けたくはなかった。
でも、結果は私の負け。
すごく悔しかったけど、私はその場で笑顔で千紘に「おめでとう」と言った。
見せつけられた……。
実力の差を。
私はその日から千紘に対して劣等感を抱き、千紘から距離を置いた。
嫌いになるのが怖かった。
嫌いになりたくなかった。
傷つけたくなかった。
私は千紘との関わり方がわからなくなり、友人に相談した。
「最近ちょっと気まずい子がいてさ。嫌いになりそうで怖いんだよね」
「それって千紘の話?」
「え?」
「千紘が言ってたよ『最近花奏が冷たい。私何かしたかな』って。なんかあったの?」
「ちょっとね……」
詳しくいいたくなかった。
千紘に劣等感を抱いて、自分勝手に避けているなんて。
「まあまあ、仲良くしたいなら早く話し合いでもしなよ」
「……そうする」
結局のところ時間に任せるしかないかと思ったけど、ちゃんと話し合うのも大事だよね。
それから私は何度も千紘に話しかけようとした。
でも、無理だった。
「ねえ、まだ仲直りしてないの?」
千紘のことを相談した友人が言ってきた。
「いや、勇気が出なくて……。本当に、このまま嫌いになりそう……」
私は千紘と全く関わってないわけではない。
部活の配役は死亡していた役の彼氏役になったからだ。
ある程度話し合いなどはするが、彼女は自分の意見ばかり主張し、私の意見を聞いてくれようとしないことが多かった。
正直、私はそれが嫌だった。
それと劣等感も相まってさらに関わりにくくなってしまっていた。
「そろそろ千紘が可哀想だよ」
友人が言った。
可哀想……か。
「なんの話してるのー?」
友人の取り巻きたちが私のところへ来た。
「花奏が千紘を避けてる話」
「あー!それ私も聞いたー」
「めっちゃ悲しそうだったよね」
なん……でこんなに広まっているの……。
私はこんなに大人数に周知されるほどあからさまにしていない。
しかも、聞いた?
千紘から?
どういうつもり……?
「ねぇー、早く千紘ちゃんと仲直りしなよー」
「そうだよ。千紘が可哀想だと思わないの?」
「ま、待ってよー。私にも気持ちの整理の時間が……」
「それって必要なの?」
「……え?」
思わず聞き返した。
「だって、もう結構経ってるじゃん。千紘ちゃんもずっと気にしてるみたいだし」
「そうそう。花奏が普通に話せば済む話じゃん」
「でも……」
言葉が詰まった。
簡単に言わないでほしい。
私だって、何度も話しかけようとした。
何度も声をかけようとした。
でも、そのたびに怖くなった。
千紘と話したら、また自分の中にある嫌な気持ちが出てくるんじゃないか。
このまま一緒にいたら、本当に千紘を嫌いになってしまうんじゃないか。
それが怖かった。
「……私だって、仲直りしたくないわけじゃないよ」
「じゃあ、すればいいじゃん」
「…………」
「私にも……」
そこまで言って言葉が止まった。
私にも気持ちがある。
そう言いたかった。
でも、それを口にするのが怖かった。
胸の奥が、ざわざわする。
まただ。
去年と同じだ。
自分の気持ちを言おうとすると、誰かの言葉に押し戻される。
でも、去年とは少し違った。
私は何も言わずに笑うことができなかった。
「……私、千紘のこと嫌いになりたくないんだよ。だから……ちゃんと自分の気持ちを整理してから話したい」
「…………」
「今のまま話したら、千紘に酷いこと言っちゃうかもしれないから」
それだけ言って、私はその場から少し離れた。
逃げたかったわけじゃない。
ただ、今は誰かに何かを言われたくなかった。
廊下に出ると少しだけ息がしやすくなった。
「……私、間違ってるのかな」
誰に聞くでもなく呟く。
千紘は悪くない。
私が勝手に嫉妬して、勝手に劣等感を抱いて、勝手に距離を取った。
だから、私が悪い。
……でも。
「それでも辛いものは辛いよ……」
その言葉だけは、今度は飲み込めなかった。




