42『幕が上がる……か②』
ポナの季節・42
『幕が上がる……か②』
ポナ:みそっかすの英訳 (Person Of No Account )の頭文字をとって新子が自分で付けたあだ名
『吉岡茜』と、吉岡先生は黒板に大書した。
「草冠に西で、あかねって読むんだけど、まあ、読めるのは三人に一人。だから普段は平がな。よろしくね」
「先生は常勤講師ですか?」
トモちゃんという頭の良さそうな子が聞いた。
「ストレートな質問だな。そうだよ、常勤講師。いちおう採用試験には通ったんだけどね、美術って学校に一人しか先生いないじゃん。で、空き待ちしてる間に有効期限過ぎちゃって。だから、実力は正規の先生と同じ。そこんとこよろしく!」
「美術で、吉岡……ももクロの『幕が上がる』の吉岡先生と同じだ!」
「ハハハ、あれは美人てことになってるけどね。ついでだから、あの吉岡先生は下の名前みどりって言うんだ。正規の先生なのに、半年で辞めちゃうんだよね。陰に採用されない、あたしみたいな合格者がいっぱいいるのにね。ああいうのは好きくない」
「先生は、演劇部作らないんですか?」
由紀が調子に乗って質問した。
「あったら、やるんだけどね。この学校ないんだよね」
意外な答えが返ってきた。
「でも先生、先生は美術だから、美術の顧問しなきゃいけないでしょ?」
「うん、畑中先生がやってたから、やらなきゃなんないでしょうね……」
そう言いながら、吉岡先生は耳をほじくった。
「でかい耳クソ!」
ほじって自分で驚いている。フッと耳クソを吹き飛ばすと、その指を白衣で拭った。女らしくないけど、ポナはカッコいいと思った。むろん眉をひそめる子もいた。
「あ、ごめん。男も女もあんまし関係ないとこにいたから」
「ひょっとして、自衛隊ですか?」
自衛隊に、こんな行儀の悪いやつはいない。大ニイが自衛隊なので、ポナには良く分かった。
「ううん、劇団。学生演劇じゃ、ちょっとしたもんだったんだよ」
「よ、学生演劇の女王!」
「女王てのはなあ……『幕が上がる』の吉岡先生のタイトルだろ。あたしは学生演劇のプリンセス!」
見かけとのギャップが大きいのでみんなが苦笑。
「笑うことはないでしょ。ほんとに、そう言われてたんだから。そうだね、無いんだったら、作っちゃお! だれか演劇部やりたい子いないかな!?」
ここで、手が上がったら、ももクロの映画みたいに出来すぎだ。
「ないか……ま、気長にやるか。じゃ!」
ポンと手を叩いて授業のモードになった。
そのあくる日、食堂で吉岡先生といっしょになった。
「あ……!」
吉岡先生は、ポナのビックリにすぐ気が付いた。
「あら、同じメニュー!」
「これ、ララランチっていうんです」
「なんだか楽しげな名前ね」
「ランチと、ラーメンの組み合わせ、仲間内じゃ大食いってバカにされてます」
「なんか気があいそうね、どうよ演劇部?」
「ん……部活じゃないけど、他にやってることがあるんで……」
「そっか、ま、よかったら、あたしの横に座んなよ」
「はい」
そこに由紀と奈菜が加わってララランチで、また盛り上がった。
正直、この時期に演劇部を作るのは難しいと三人娘は思った。先生があまりに無邪気で熱心なので、昨日学校のパソコンで調べてみた。
高校演劇連盟への加盟は、すでに終了していた。連盟に加盟できなければ、今年のコンクールには出られない。コンクールに出られない演劇部なんて、ラーメンかランチのどちらかがないララランチみたいなもんだ。
癖なんだろう、吉岡先生は髪をかきあげてため息をついた。
ポナが名付けたアールデコがあらわになって、そのラインはそのままバランスを保ちながら女優らしい形になっているのが分かった。ただホッペは、いたずら小僧のように膨らんでいる。自分でホッペを押して「プ!」という音をさせた。いかにもつまらなさそうだった。
ポナの周辺の人たち
父 寺沢達孝(59歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(49歳) 父の元教え子。五人の子どもを、しっかり育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員だったが、乃木坂の講師になる。
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊




