第6戦 図書室のあの子(後編)
先に謝ります、事件解決編とても長いです。
次回、ギャグ回に戻ります!
(o_ _)o
その日の夜。
紫苑はソファに座り、名探偵コシンを観ていた。
「あら〜。しーちゃんがコシンを観てるなんて、いつぶりかしら〜」
そう言いながら、母が紫苑の右隣に腰を下ろす。
「パパもまぜて〜!」
今度は父が紫苑の左隣に座ろうとした。
バシィンッ!!
紫苑はノールックのままハリセンで父を叩いた。
「いたッ!!いいもん。パパは床で観てまちゅ…」
父は体育座りになり、拗ねたように指を咥える。
気色の悪い大人である。
「麻酔銃ってどこに売ってるのかしら?」
紫苑の言葉に母は首を傾げた。
もしや自分に使う気かとガクガク震えている父。
「明日、私は名探偵になるわ」
真剣な表情で呟く紫苑に、父と母は顔を見合わせて笑い合った。
「あらあら。探偵ごっこかしら〜。懐かしいわね〜」
母が楽しそうに話し始める。
「昔ね。ママのリコーダーの先っぽがなぜかなくなっちゃって、パパが見つけてくれたのよ〜。犯人は見つからなかったけど…格好よかったわ。パパ♡」
父は口笛を吹きながら冷や汗を流していた。
「そ、そんなこともあったけな〜。ははは」
どう見てもこいつが犯人だろうと、紫苑は結論づけた。
「でもね、しーちゃんは赤レンジャーでしょ?」
母の言葉に紫苑がハッとする。
「私としたことが忘れてたわ」
「赤レンジャーはね。名探偵と違って、事件を解決するだけじゃダメなのよ?」
「……?」
紫苑は母の方を向き、首を傾げた。
赤レンジャーの父も一緒になって首を傾げている。
なお、母はヒーローをしたことなど一度もない。
「赤レンジャーに大切なのは・・・」
◇ ◇ ◇
翌日の大休憩。
校長、教頭、理恵先生、委員長こずえ、告発者ゆりこ、容疑者太郎、そして紫苑の七名が校長室に集まっていた。
「紫苑くん。お久しぶりじゃの」
「あら、久しぶりね校長。そういえば学内ルールでまた不明瞭な部分を見つけたわ。後日お伺いしてもいいかしら?」
「あ、あぁ……」
校長がプルプルと震え始める。
「わ、わしはここらで退出しようかの……」
逃げようとする校長の袖を、教頭がしっかり掴んだ。
「犯人は分かったのですか?」
教頭の言葉に、その場の全員の視線が紫苑へと集まる。
ごくりと息を呑む面々。
「えぇ。分かったわ」
紫苑はにやりと笑った。
「犯人は……」
ドンドンドンドンッ!
※紫苑のセルフ効果音である。
「図書委員会の全員よ」
「なんですって!?」
「なに!?」
教頭と太郎が驚いて立ち上がる。
「あら、ごめんなさい。正確には太郎を除く全員だったわね」
「私は、やってないわ」
委員長が苦い表情で呟く。
「でも、知っていたわよね?」
俯く委員長。
「まず、あなたが太郎に『逃げなさい』と言いに来た時点で違和感があったわ」
紫苑は委員長を見つめた。
「なぜ教頭が来ることを予想できたのかしら?」
「それは…教頭先生たちの会話を聞いていたから…」
「あら、そうなの?」
紫苑は首を傾げる。
「図書室に来た時、本題を話さず呼び出すような教頭が、そんなペラペラと皆に聞こえる場所で太郎の名前を出して話すのかしら?」
委員長は答えられない。
代わりに教頭が口を開いた。
「……私は理恵先生たちの会話を階段で聞きましたが、その後すぐに校長室へ連れて行き、話をしております」
委員長は黙ったままだった。
「ずいぶん耳が良いのね?」
紫苑は鼻で笑った。
「次に、太郎が受付を一人でしていたこと」
理恵先生へ視線を向ける。
「一人だから疑われたというのであれば、いくら慣れていても二人体制にするべきだったんじゃないかしら? なぜそうしなかったのかしら、理恵先生?」
「それは僕が受付をやりたいって皆に言ってたから…!」
太郎が庇うように口を挟む。
「一人でやりたいと言ったの?」
「いや……それは言ってない……」
「でしょう?」
紫苑は即座に切り返した。
「で? なぜ一人にさせたのかしら? 先生に聞いているのよ」
理恵先生は張り付いたような笑顔を浮かべる。
「ほら……十二人しかいないでしょう? 毎日の担当を回すのに、本の補充や整理の方に人を割きたかったのよ。一人で受付をしてくれて、本好さんには本当に助けられていたわ」
「生徒が疑われる状況を作ってでも?」
紫苑が問い詰める。
理恵先生は少し俯いた。
「…それについては本好さん、本当にごめんなさい。先生、考えが足りていなかったわ」
深く頭を下げる。
「一年前にも、本を破った生徒がいたそうね」
紫苑の言葉に、理恵先生が顔を上げた。
「そんなこともあったわね。ちょうど見かけて、その子はちゃんと謝ってくれたわよ」
「ちょうど見かけた?」
紫苑が目を細める。
「それは初耳だわ。私、本を間違えて破くってどういう状況なのかずっと考えてて、教えてもらえるかしら?」
「…そこまでは先生も見ていないわね」
「ちょうど見かけたのに?」
首を傾げる紫苑。
理恵先生は苦笑しながら肩をすくめた。
「ごめんなさいね」
その瞬間。
ゆりこの顔が青ざめた。
紫苑が話を続ける。
「そういえば、私が図書室にいた時、注意してきたのは太郎だけだったわ。私ってほら、オーラがあるじゃない? 話しかけるのも勇気がいるはずよ」
当たり前のように自画自賛する紫苑だった。
「太郎。あなたは責任感が強いのね。それは日誌を見ても伝わってきたわ。細かいところによく気づく」
太郎が嬉しそうにヘコヘコする。
「でも、それは図書委員の人たちに対しても同じだったんじゃないかしら?」
紫苑はゆりこへ視線を向けた。
「貴方たちは太郎のことが、当たり前に好きなのよね?」
ゆりこは黙っている。
「だったら、なぜ先生に『気持ち悪い』なんて言ったのかしら。そして、なぜそれが本を破いた犯人だと言われるところまで話が大きくなったのかしら?」
ゆりこの顔は真っ青だった。
紫苑は今度は教頭を見る。
「教頭。あなたに太郎が本を破いたと証言したのは、ゆりこではないかしら?」
守秘義務があるのだろう。
教頭は何も答えなかった。
やがて、ゆりこがぽつりと呟く。
「ごめんなさい…」
目に涙を浮かべている。
「本当にここまで大事になると思ってなくて…」
そして震える声で言った。
「…全部…私たちがやりました」
驚いた表情を浮かべる太郎と教頭。
「太郎先輩、本の取り扱いとかすごく厳しくて。そのくせ顔が本にべったりつくくらい近づけて匂いを嗅いで興奮してるのが…気持ち悪くて…むかついて」
言葉がぐさりと突き刺さる。
太郎は吐血していた。
「私たち、太郎先輩を図書室から追放しようって考えたんです…」
太郎はすでに息をしていないようだった。
「でも!」
ゆりこが顔を上げる。
「委員長は私たちを止めてくれました! 先生には太郎先輩の相談はしていましたけど、本を破っていたことまでは伝えてません!」
焦ったように言葉を続ける。
「それに、私が破ったのは一、二冊だけで…。まさか皆があんなに破るなんて思わなかったの」
校長室に沈黙が落ちた。
やがて教頭が立ち上がる。
「貴方たちは!! 自分たちが何をしたか分かっているのですか!?」
怒声が校長室に響いた。
「理恵先生! 貴方も貴方です! 片方の意見だけを聞き、一人で受付をやらせるなど! そのせいで冤罪が生まれるところだったんですよ! 先生失格です!」
「申し訳ございません……」
理恵先生が掠れた声で謝る。
しかし、
「それは貴方も同じでしょう。教頭」
紫苑が鋭い目で教頭を見た。
教頭の肩がぴくりと揺れる。
「昨日、片方の意見だけを鵜呑みにして、太郎を一方的に責め立てたのは貴方よ」
教頭は口を開きかける。
だが何も言い返せなかった。
完全な図星だった。
「まぁまぁ」
校長が場をなだめるように手を上げる。
「この件については、わしの方でどうするか考えるとしよう。今日のところはそれで良いかね?」
「えぇ」
紫苑が頷く。
他の面々も異論はなく、そのまま解散となった。
校長室を出たあと。
太郎は今にも死にそうな顔で呟いた。
「僕……立ち直れないかも……」
「別に、どう思われたっていいじゃない」
紫苑はあっさりと言う。
「え…?」
「貴方は私が知る中で、一番立派に仕事をしていたわよ」
太郎の目に涙が浮かぶ。
「戦時さん…」
感動で声を震わせる太郎。
しかし紫苑は続けた。
「あぁでも、本の匂いを嗅ぎながらヨダレを垂らして、ブヒブヒ言うのだけはやめた方がいいわね」
「ヨダレは垂らしてないよ!!!」
太郎が全力で突っ込む。
紫苑はにこりと笑った。
「その調子よ」
そう言って歩き去っていく。
全身真っ赤な少女の背中は、太郎にはとても大きく見えた。
◇ ◇ ◇
放課後。
珍しく図書室には灯りがついていた。
紫苑が扉を開ける。
ガラッ。
その音に気付いた人物が振り返った。
「どうしたの? 紫苑さん」
「うまくいって良かったわね」
紫苑はふっと笑う。
「望月理恵先生」
理恵先生の肩がぴくりと揺れた。
数秒の沈黙。
「ごめんなさい。何の話だか分からないわ」
「その破られた本、処分するつもりなの?」
紫苑は机の上を見ると、そこには何冊もの本が紐でまとめられていた。まだ作業の途中らしい。
「えぇ。勝手に在庫を減らせなくてね。この件が明るみに出たおかげで、ようやく廃棄できるわ」
理恵先生は微笑む。
「ありがとう、紫苑さん」
「どういたしまして」
本が積まれた机へ歩きながら、紫苑は言った。
「でもね。私は今日、言ったわよ」
机の上の本月圭吾の本を手に取る。
「この事件の犯人は図書委員会の全員だって」
理恵先生の表情がわずかに固まる。
「本月圭吾の本を破ったのは、貴方よね?」
「何の証拠があって……」
「否定はしないのね」
紫苑がくすりと笑う。
理恵先生も微笑み返した。
「私はやってませんよ」
「一年前。ウサギとカメシリーズが鈴木賞を受賞した。その頃から図書委員会内の不満が溜まり、本が破かれるようになった」
紫苑は本をめくりながら続ける。
「校長室でゆりこは言っていたわね」
『私が破ったのは一、二冊だけで、まさか皆があんなに破るなんて思わなかった』
「私は今日、校長室を出たあと図書委員全員に確認したわ」
手元の本をパタリと閉じる。
「その結果、本月圭吾の作品は誰も破いていなかった」
「…破いたことを忘れちゃったのかしらね?」
理恵先生は穏やかに笑う。
「この数を破いて忘れるバカがいるかしら?」
紫苑は嘲笑うように言い放ち、話を続ける。
「誰かがこの事件を利用して憂さ晴らしをした。ではいったい誰ができるのでしょう」
「誰かが見つからないように破いたのでしょう」
少し苛立ったように理恵先生は答えた。
「そうかしら?」
紫苑は首を傾げた。
「大休憩にしか開いていない図書室で、図書委員が至る所にいる中、受付に置かれた返却本を破く。図書委員以外に、それができるのかしら?」
「…」
「でも皆やっていないと言ってるわ。そしたら、自由に鍵を開けられる人物が怪しいとは思わない?」
「…つまり私だと言いたいのよね?何の目的でそんなことしなきゃならないのよ」
理恵先生はいつもの作り笑顔を忘れ、真顔で答えていた。
「この作者の作品だけ、奥付まで破られていたわ」
紫苑の視線が鋭くなる。
「相当な恨みがあるのかしら。たとえば…盗作されたとか?」
「それは違うわ!!」
理恵先生が思わず声を荒げた。
普段は見せなかった表情だ。
「それは?」
紫苑が問い返す。
「じゃあ、どれが正しいのかしら?」
「…」
「先生は太郎を庇った」
紫苑は静かに言う。
「あのままなら、恨んでいた作家の息子に罪を着せることもできたはずなのに」
理恵先生の肩が震える。
「それは罪悪感から?」
一歩近づく。
「それとも、母親として?」
「何を馬鹿なこと言ってるのよ!」
理恵先生が叫ぶ。
「妄想も大概にしなさい!」
しかし紫苑は動じない。
「先生のリレー小説、とても綺麗な終わり方だったわ。子供が書いた物語を、大人が綺麗にまとめる」
紫苑は微笑む。
「まるで本月圭吾の小説みたいだったわね」
理恵先生は目を閉じ、紫苑に背を向けた。
「…もう呆れたわ」
本を縛る作業を再開する。
だが、その手は少し震えていた。
「そういえば」
紫苑がおすすめ棚へ向かう。
「ウサギとカメシリーズは、最新作だけ破られていなかったわね」
棚から一冊の本を取り出した。
『ウサギとカメは恋をする』
「それは貴方が関係していないから?」
返事はない。
紫苑は歩きながら話を続ける。
「貴方、これ読んでないでしょう?」
そして、その本を理恵先生へ差し出した。
「本月圭吾の最後の作品よ。読んであげなさい」
理恵先生は本を受け取る。
「最後…?」
「えぇ」
紫苑は扉へ向かって歩いた。
「読めば分かるわ」
そう言い残し、図書室を出ようとする紫苑へ、理恵先生が声をかけた。
「…なんでこの話を校長室でしなかったの?」
紫苑は立ち止まる。
振り返らないまま答えた。
「私が、赤レンジャーだからよ」
理恵先生には最後まで意味が分からなかった。
手元に残された本を見つめ、理恵先生は呟く。
「意味が分からないわ…」
そして椅子に座った。
「なんで私が、こんなの読まなきゃいけないのよ」
そう言いながらも本を開く。
一ページ。
また一ページ。
自然と読み進めていた。
「相変わらず子供みたいな文章ね」
文句を言いながらも、その手は止まらない。
『ウサギとカメは恋をする。
全く文才のないカメと、才能に溢れたウサギ。
子供の頃から二人はよく物語を書いていた。
カメにとってそれは大切な時間だった。
最後はいつもウサギが上手に仕上げてくれる。
それだけが、カメには悔しくて羨ましかった。
大人になり、周りがどんどん進んでいく。
けれどカメの歩みは遅かった。
焦りから悲観的になるカメを、ウサギはずっと支え続けた。
いつしかカメにはそれが当たり前になった。
うまくいかないことをウサギのせいにするようになった。
そんなカメに怒ったウサギは離れていった。
一人で作品を書くようになったカメは、初めて賞を取る。
それは、かつてウサギと書いた物語だった。
カメの横にウサギの姿はない。
いくら褒め称えられても日を追うごとに悲しさは増していった。
昔の作品を読み返すたび、涙が溢れた。
カメはそのノロマな脚で、ウサギを探し始める。
もう一度、二人で物語が書きたい。
"僕"はいつの間にか、一番大切なものを失ってしまったんだ』
それは本月圭吾が理恵先生へ向けて。
そして世間へ向けて書いた告白だった。
「なによ……これ……」
文字が涙で滲む。
理恵先生の脳裏に、昔の記憶が蘇った。
『なぁ理恵!! ペンネームさ、本好と望月を合わせて本月とかどうかな?ほんずきとほんづき』
『なにそれ。ダジャレみたい』
苦笑する理恵。
『下の名前はどうするのよ?』
『僕たちの好きな作家から取っちゃう?』
『『圭吾』』
声が重なる。
二人は顔を見合わせて笑った。
『いいじゃん! 本月圭吾!!』
『もう、それでいいわ。貴方に任せる』
呆れながらも笑っていた。
あの頃は、本当に楽しかった。
「本月圭吾……馬鹿な作家ね……」
理恵先生は涙を流しながら笑った。
久しぶりに心の底から。
◇ ◇ ◇
放課後の廊下を歩く紫苑。
「赤レンジャーに大切なのは、犯人も救ってあげること…ね」
母の言葉を思い出しながら呟く。
ベルトからはピコン♪という音が鳴り響いていた。
『そう、これは戦隊村出身の超絶エリートな少女が、天才的赤レンジャーへと成長するまでの物語である』




