第6戦 図書室のあの子(前編)
僕の名前は、本好太郎。
図書委員会の副委員長をしている。
週に二回、大休憩の時間に図書室の受付当番をするのが僕の仕事だ。
新学期が始まって数日。
僕には一人、気になる生徒がいた。
図書室の隅。
椅子にも座らず床の上で座禅を組んでいる少女。
しかも頭の上には本が積み上げられている。
一冊や二冊じゃない。
二十冊、いや三十冊はあるだろうか。
立ち上がれば天井に届きそうな高さだ。
その異様な光景に、図書室へ来た生徒たちは二度見し、見なかったことにして席へ向かう。
戦時紫苑。
最近転校してきた問題児だ。
気に入らない相手の頭をバリカンで刈り上げるやべー奴として、すでに校内で有名になっている。
正直、関わりたくない。
だが今日は違う。
なぜなら僕は牡羊座だからだ。
今朝の占いで一位だった。
"問題ごとが解決する日でしょう"
ラッキーカラーは赤。
家にあった小さなだるまを持ってきている。
運気は絶好調。
つまり今日の僕は無敵である。
僕は意を決して立ち上がった。
「あの……」
閉じられていた紫苑の目がカッと開く。
「なに」
目力がすごかった。
「えっと…椅子に座らないんですか?」
「地を感じているわ」
「地を?」
「チ。を」
「…?」
太郎が不思議そうにしていると、なぜか紫苑もキョトンとした顔をした。
「…あ、好きなタイプは誠直也なので」
「聞いてないぞ!?」
「ナ。ナンパしてくる男について」
「してないよ!」
なんなんだこの人、会話が成立しない。
「あのさ、頭の上の本なんだけど」
「ええ」
「図書室の本で遊ばないでほしいなって…」
「遊びじゃないわ」
紫苑は真顔で言った。
「トレーニングよ」
「図書室でしないで!?」
紫苑が人差し指を唇に近づけた。
「シーっ図書室では静かに…」
「あ、ごめん」
紫苑が立ち上がる。
積み上がった本は微動だにしない。
「落ちたら危ないって!」
「心配ご無用よ、私体幹つよいので」
紫苑は微笑むと、その場で前屈した。
本はピタッとくっついて落ちない。
横に傾いても落ちない。
「いや、どうなってるの!!???」
「言ったでしょ。体幹が強いって」
「そういうレベルじゃないよね!?頭に新しい重力かなんかあるよね!?」
「こういうこともできるわ」
紫苑が得意げに頭を回した。
本がグルングルするたび周りの生徒達が必死な顔でジャンプして避けている。
ぶつかれば怪我どころじゃすまなそうだ。
「ぎゃーーーーーー」
周囲の生徒たちが悲鳴を上げている。
「やめて!本当にやめて!!!」
「安心して絶対落ちないわ」
「もうそういう問題じゃないよ!当たったら死ぬデスゲームみたいになってるから!!」
「あら、ごめんあそばせ」
そういうと紫苑は回すのをやめた。
太郎は頭を抱えた。
もう無理だ。
この人を説得するのは無理だ。
「ごめん…なんかもう、そこに座っててください」
紫苑は何も言わずスンッとした表情になり、再び座禅を組んだ。
(怖いよ。この子、ロボットかなんかなの?)
太郎は疲れ切った表情で受付へ戻る。
そして返却された本の整理を始めた。
だが、すぐに手が止まる。
「あ、まただ…」
本の最後のページだけが破られている。
「事件の匂いがするわね」
「うわぁっ!?」
紫苑が隣にいた。
さっきまで座禅していたはずなのに。
「いつの間に!?」
「今の間よ」
紫苑は破れた本を手に取る。
「で? いつからなの?」
「君には関係ないだろ」
太郎はこれ以上紫苑と関わりたくなかった。
しかし紫苑は気にした様子もなく本を持ちながら、ウロウロと歩き始めた。
「えー最後のページだけを破るのは、なぜでしょう。本が好きならこんなことはできない。まだ犯人が見つからないということであれば、本を借りた生徒が犯人ではなさそうだ。となれば、1番本に近い人物。つまりは図書委員もしくは図書室の鍵を開け閉めできる人物。以上、戦時紫苑でした」
紫苑は真剣な顔で太郎を見つめ、本を返した。
「何が目的なんだよ」
「それはわからないわ」
その時だった。
ガラガラッ!!
勢いよく図書室の扉が開いた。
一人の女子生徒が飛び込んでくる。
息を切らしながら叫んだ。
「太郎!早く逃げなさい!!」
「え?」
太郎は目を丸くした。
女子生徒は図書委員の委員長だった。
「委員長……?」
だが彼女は太郎ではなく、その隣を見て固まった。
「あっ……紫苑様……」
頬が赤くなる。
「様?」
「ご、ごほんっ!なんでもないわ!」
明らかに何かをごまかした。
しかし委員長は慌てて話を戻す。
「それより大変なの!早く逃げないと捕まるわよ!」
「どういうこと?」
太郎は状況が読み込めていなかった。
「逃しませんよ」
低い声が響く。
図書室の空気が凍る。
入口には教頭が立っていた。
その後ろには図書委員会担当の理恵先生の姿もある。
教頭はゆっくりと告げる。
「本好さん。校長室に来てください」
「え……?」
よく分からないまま太郎は校長室へ連れて行かれ、教頭が険しい顔で口を開いた。教頭の隣には理恵先生が黙って座っている。
「図書室の本を破いた犯人として、あなたの名前が挙がっています」
「…!」
太郎の顔から血の気が引いた。
「僕はやってません!」
「あなたが本に頬を寄せ、開いた本に顔を当てて匂いを嗅ぐ不審な行動をしていたとの証言があります」
「それは、本が好きなだけで…」
「あなたの机から破られた本も見つかっています」
「犯人を探そうと思ったんです!本当に、本当に僕じゃありません……!!」
必死に訴える。
だが、返ってくるのは疑いの目ばかり。
その後も何を言っても信じてもらえなかった。
時計の針だけが、やけに大きな音を立てて進んでいく。その音が、まるで自分の居場所を削っていくように聞こえた。
「正直に言えば帰れるのよ?」
教頭が柔らかな声で言う。
「子供がやったことなら、反省してくれればそれでいいの」
帰りたい。
もう終わらせたい。
やったことにしてしまえば、全部終わる。
太郎は震える手を握りしめた。
「僕が……僕が、やりま……」
その時だった。
ドォォォンッ!!!
轟音と共に校長室のドアが吹き飛ぶ。
全員の視線が入口へ向いた。
煙の向こうから、一人の影がゆっくりと姿を現す。
逆光の中に、握り拳を突き上げ決めポーズをしている全身真っ赤な少女が立っていた。
「戦時紫苑、参上!!」
堂々とした声が校長室に響いた。
教頭が目を見開き、理恵先生も固まっている。
紫苑はずかずかと部屋へ入り込むと、ビシッと教頭へ指を突きつけた。
「私が真犯人を捕まえるわ」
絶望しかけていた太郎の目に、再び光が戻った。
さっきまで理解不能だった少女が、本物のヒーローのように見えた。
そして。
太郎は思い出した。
今日のラッキーカラーが赤だったことを。




