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第73話~ナシュマ編~

 それには、人間についての歴史が記されていた。人間界と魔界、元は同じ世界であり、魔族が人間の命数を狩っていたことは今と変わらない。やがて度重なる命数狩りにより人間が激減。滅亡を危惧した人間の長が魔族との別離を決断する。


 その時の長の名は卯龍(うりゅう)。教会初代番人と同じ名である。人間の長が召喚士一族であるなば、魔族が召喚士の力を脅威に思うのも当然だった。そして扉という結界を創り出すにあたり、人間側の力だけでは抑えが足りぬと思った召喚士一族は、聖獣の力を借りて魔族の魂をも取り込みその糧とした。番人が太陽と月の聖獣の依り代となっているのはこのためだ。


 その力を継続させるために、彼らは魔界の随所に呪術をかけた。人間界に魔族を強制召喚し、人間と魔族双方の魂を受け継ぐ『番人』を創り上げるため。人間種を護るためには仕方のないことだったのかもしれないが、人間界へ落とされる魔族にとってはいい迷惑だろう。


 人間が住んでいたのは、この世界の西の果て。召喚士一族の都も西にあった。魔界では今その場所がどうなっているのか。


 ナシュマはしばし瞑目する。色々な要素はあるとは思うが、ここまで扉に関することが分かっていて、なぜ魔族は抗ずる手を打たないのか、それとも打てないのか。人間側からすれば、現状維持が有り難いのだが。


「これは……?」


 ふと、作業台の上に広げられていた比較的新しい羊皮紙が目についた。手に取り読み解いていくと、こちらは国王から(そう)に宛てられた命令書のようだ。それは次期番人の暗殺――。魔界側はライシュルトの存在に気づき、命を奪おうとしている。扉に関することに手を打てないわけでなく、既に手を打っていたということか。金の杯があるのでライシュルトを暗殺する必要はないはずだが、妖祁(ようき)の言っていた『見物』とはおそらくこのことであろう。妖祁(ようき)なりの符牒か、言葉通りの見物として楽しもうとしていたのか。


 ナシュマは頭を掻いた。


「さて、どうにかして戻らんと……ッッ!! ぅっ……」


 突然襲われた体中の痛みに我に返った。気づけば自分は人間の姿に戻り、肩や腕に硬化した糸が貫通している。糸の元を辿れば(そう)の姿。読み耽るあまりに気配を感じ取れなかった。


「誰だ、キサマ」


 (そう)から更に伸びた糸が額に触れる。そしてそれが額へと吸い込まれるように消えた。


 次の瞬間、脳と心臓が締めつけられたような痛みと不快感に襲われる。口から漏れるものは叫びにもならない呻き声。それがしばらく続き、やがて(そう)がこちらを見つつ静かに口を開いた。


「――ふぅんナシュマ、ね。叉胤(ざいん)もこんな人間のどこに惹かれるんだか理解不能だよ」


 糸を手の内に戻し、血を舐めとりながら(そう)が侮蔑の眼差しを向ける。


 解放されたナシュマは床へ崩れ落ち、肩で何度も大きく息をした。これが記憶を読み取るということか。恐るべき能力だ。


(そう)……おま、え……」


「へぇ、意識あるんだ。召喚士といい、人間ってしっぶといなぁ」


 感心したように(そう)が頷き、ナシュマの横に屈む。そして髪を掴んで頭を持ち上げると、耳元に唇がつくほどの距離で囁いた。


「ナシュマだっけ? まぁ、捜す手間が省けたよ。あんたには捕縛命令が下ってるからさ。ミミットの姿のままだったら気づかれなかったのにね~。残念」


「なに、を……」


「国王が人間の異質な気配を感知してね、捕らえろって命令。今頃妖祁(ようき)も焦ってるんじゃない? 人間界によく行ってるし、扉創り出せるも妖祁(ようき)だけだし。明らかにがあの子引き込んだってことで」


 ナシュマは拳を握る。薄れ行く意識を保とうとしたが、もはや抗うことは出来ずに意識を手放した。


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