第71話~ナシュマ編~
翌朝、ナシュマは妖祁の許へ青年を連れて行った。彼を目にした途端、妖祁が取り乱しながら青年の肩に手を置く。
「何故だ……まだ目覚めの時ではないはずだ。ナシュマ、どういうことだっ?」
「あー、悪ぃ。昨日お前の研究室に忍び込んでコイツ見つけたんだが、急にガラス管割れちまったからよ。放っておくわけにもいかねぇから連れて来た。昨日寂しいって言ってたし、お前んとこ連れてくるのが一番かなって」
「忍び、込んだだと?」
「ん、バレないように結界勝手に解除した!」
「…………」
妖祁が不機嫌そうに眉を寄せて絶句した。そして青年の額に唇をつけて短く言葉を唱えると、青年が意識を失い妖祁の腕へ倒れ込む。そして優しく髪を撫でてからソファーへと寝かせた。妖祁にとって彼もまた特別な存在なのだろう。
「で、この子なんなんだ? 随分特別扱いだな」
「お前には関係なかろう」
「こんなに巻き込まれて関係ないわけにもいかんわ」
「貴様……自分がどれだけ罪深き者なのか分かっていないようだな。私の研究室に無断で入り、あまつさえ結界を解くなど命数を刈っても足りぬ所業ぞ」
「それについては悪かったって。つか、城の中は自由にしていいって言ったのはお前だぜ」
「ああ、そうだな。確かに私は自由にしていいと、そう言った」
温和な妖祁の表情とは裏腹に、両の手には覚えのある赤い光が集約していく。過去、妖祁にかけられた呪いの光だ。
「ヤバ……こりゃ相当頭にきてるな」
「相当? 違うな、絶頂だ」
身構えるより早く、妖祁の手から放たれた光がナシュマを包んだ。
全ての細胞が一度壊され、再び結合していく感覚がしばらく続いた。また叉胤を悲しませてしまうと、そんなことを考えながらナシュマは目を開ける。
「…………」
見慣れたくなかった低い視線。思うように動かぬ体。小さく黒い翼がわさわさと動いた。
「ふふ、よい姿だナシュマ。これからも自由に動き回るがいい」
「みー!」
抗議をしようにも喋ることが叶わず、ナシュマは退散するしかなかった。
部屋への長い廊下を飛び、窓際でしばし翼を休める。いつかはこの姿に戻る懸念はあったが、今時分とは露にも思わなかった。不法侵入した手前、自分に責任がないとは言えないが。
だがしかし、考えようによっては人間の姿よりも偵察しやすいかもしれない。この姿になってしまったのは仕方ない。やれることはやろうと心に思う。
「み!」
気合いを入れ窓際から飛び立とうとした瞬間、何者かに鷲掴みにされて思わずもがいてしまった。
「へぇ、紫色のミミットか。珍しいなぁ」
「みぎゅー!」
目線を上げれば、銀髪の活発そうな青年が楽しそうに眺めている。
「ああ、ゴメンね。あまりにも珍しかったから。ここにいるなら妖祁の作品かな? ま、いいやー、お土産に貰っちゃおっと」
「みぎーっっ??」
「オレも錬金術研究してるんだ。オレの師みたいに上手くはないけどね」
「み……」
研究材料にされてたまるものかと思ったが、それを感じ取ったのだろう青年がからからと笑う。
「あはは、小さくなっちゃって可愛いなぁ。取って食いやしないから大丈夫だよ。あ、オレは箏だよ」
箏と言えばカズキを襲った張本人であり、四天王という魔界の中枢人物。上手くいけば深い情報を掴めそうだ。
「じゃ、行こっか。すぐに着くからねー」
箏が風を巻き起こし、それに包まれた――と思えば、既に自分は違う場所にいる。そこは砂漠だった。朽ち果てた石造りの建物らしきものがあちらこちらに散っている。
一番大きな瓦礫の山のすぐ横に箏が立ち、瓦礫の一つを退かすと地下へ続く階段があった。そこを下りると、ナシュマにとっては目を疑う光景が広がっていた。広い地下室に設えられた多くのガラス管の中には見慣れた姿があったのだ。
銀色の髪。紫色の瞳。カズキに瓜二つのヒトが浮いている。ナシュマは理解ができず、しばらくその場から動けなかった。




